宿場町Ⅱ 2
宿に戻ってきて部屋へと移動する。
そのとき、一緒に行動しているラフィはもう元の彼女に戻っていた。
それは、一歩身を引いた、メイドであるという立場をわきまえた姿。
己の一番さらけ出したくない部分をさらけ出した彼女の面影はもうない。
「エリス様、喜んでくださいますかね?」
「きっと喜ぶよ。ああは言っておきながら、本当は強がってただけだろうし」
「それもそうですね」
ラフィはふふっと笑う。
俺もそれにつられて笑ってしまう。
「ただいま~、って、寝てるし……」
「随分とお疲れだったようですね。馬しか乗っていないですが」
「なんで俺よりも鍛えて、体力もあるのに、俺よりもばたんきゅが早いんだろうか……」
「まぁ、女の子ですから、ね。セリリューとは気持ちの持ち方がいささか違うのでしょう」
「じゃあなんでラフィは疲れないの?」
「それは、セリリューと一緒に居られてるから、ですよ。恥ずかしいこと言わさないでください」
「愚問だったね」
「ん……ふたり、とも、かえって、きたのね……」
エリスが寝てるのをいいことに恥ずかしい問答をしていると、彼女は目をこすりながら、ベッドから起き上がった。
その寝ぼけている姿は、いつものきちっとした彼女とは違って、とても可愛らしく、俺の目に映った。
「おはようエリス。一応食べ物買ってきたけど、どうする?」
「んー、食べる。うがいしてくるからちょっとまってて」
エリスはふらっと立ち上がり、洗面所に入っていった。
俺は持っていた食事をテーブルに置き、自分のベッドへと腰掛ける。
ちなみに、今回俺のベッドは洗面所から遠い場所の方のベッドだ。
本当だったら三つベッドのある部屋が良かったが無いらしい。
今回も仕方なく、エリス・ラフィ、俺という分配になった。
そんなことを考えていたらエリスが戻ってきた。
「フゥ、今日は楽しかったなぁ。あの日以来ずっと気を張ってたからいい息抜きになったよ」
「そう、良かったわね。ラフィとのデートは楽しかった?」
エリスの声音に少し嫉妬の色が見えた気がした。
なんだ、いつもはツンツンしてるのに、ちょっとは可愛いところがあるじゃないか。
そんなことを思いながらちょっとばかり彼女をいじって見る。
「ああ、楽しかったよ。それはそれは、もう。色々目新しいものがあっていい経験になったよ」
「っ! それは良かったわね!」
ふんっとこちらに向けていた目を背けてしまう。
やっぱり可愛い。
どうしようもなく可愛い。
プンプンと音が出るかのように、彼女からしたら本気でプンスカしているのであろうが、俺からしたら可愛くてしょうがなかった。
「落ち着いてくれって。そんなことしてたって、俺を喜ばれるだけだぞ」
「もう知らないわっ!」
そう残して、俺たちが買ってきたものをささっと食べてベッドに戻っていった。
なにもかも、一挙手一投足が可愛く思えてくる。
するとすぐに、すぅ、すぅと寝息が聞こえてくる。
はてさて、照れ隠しのためだったのか、あるいはほんとうに眠かっただけなのか。
俺には判断することはできなかった。
「少し、嫉妬してしまいそうです」
ボソッとラフィが呟いた。
俺のことを好いている彼女からすれば、たしかにそういう思いになるだろう。
ラフィには申し訳ないが、その気持ちには答えることはできない。
なぜなら、俺の想い人はエリスであって、ラフィではないから。
「申し訳ありません。今のは忘れてください」
「別に、二人の時は気にしないでいいよ」
まあ、せいかくには起きているのが二人で、寝ているのが一人だから三人なのだが。
「とりあえず、もう明日に備えて寝る準備をしよう」
「そう、ですね」
こうして、今日という一日が終わりを告げるのであった。
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「ん、くぅ……」
なぜだろうか、体が重い気がする。
昨日張り切ってしまったせいで風邪をひいてしまったのであろうか。
でも、それにしては気持ちにおけるだるさが存在しない。
そう考えると、この重みは体に実際にかかってる重みだと判断できた。
一体何が乗っているのだろう。
そう思って薄っすらと目を開いてみる。
そこには何もなかった。
が、掛け布団がなぜがガサガサと動いていた。
は?
俺はその言葉で頭が埋め尽くされた。
何がいるかも分からないが、恐る恐る捲って見る。
「ふぇっ……?」
「えっ?」
そこには可愛い猫がいた。
否、猫ではない。
猫のように背中を丸めたエリスが上半身をはだけながら、そこにいた。
目が合う。
すると彼女の顔はみるみると赤色に染まっていき、ついに爆発寸前、というところで彼女は耐えた。
「こっち見ないでよ、変態」
「いやいやちょっとまってくれ。今俺が置かれている状況を説明してもらっていいかな……!?」
一つ空間を挟んで眠っているラフィを起こさないように小声でエリスに話しかける。
「見れば、わかる、でしょ? よ、夜這いよ」
信じられない言葉が彼女の口から漏れ出てきた。
夜這い。
一気に俺の中でハテナマークが乱立する。
一旦思考を落ち着かせるために軽いジョークを口にする。
「えっと、これって朝だから朝這いなんじゃないかな、なんつって」
「そんなの、どっちでもいいわよ」
当たり前だがそんなジョークは一蹴されてしまう。
ということは、これは本当の本当に、正真正銘の夜這いなのであった。
俺の中で色々なものが崩れ始めていた。
「ねえ、セリリュー。何か熱いのがわたしのお腹に当たっているのだけれど、何」
エリスが一言呟いた。
その一言によって、俺は理性が崩れ落ちる前に立ち直れることができた。
「エリス、今は、大事なことを成し遂げている最中なんだ。だから、今は、やめにしないか?」
「わたしには時間がないのよ。だから、今じゃないとダメ」
エリスは俺にはよく分からないことを言ってくる。
でも、俺はそれを拒絶して、彼女の体を引き剥がす。
俺もできるならば、このまま甘い朝を過ごしたいが、今の俺の置かれた状況がそれを、俺自身を拒否する。
「ごめん、今の俺には、できない」
「…………そう、わかったわ……」
エリスは長い沈黙の後、了承して、俺のベッドから出て行った。
そして俺は、ベッドから体を起こして今日の準備を始めるのだった。
でも、彼女が言っていたことの意味は一切わからなかった。
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宿を出る頃にはエリスは普通のエリスに戻っていた。
朝のような面影は感じさせなかった。
そして今は、この街を出るために昨日の厩舎のある場所に向かった。
そこにはすでに、美女のアカシアさんの姿があった。
「おう、調子はどうだ? 観光はできたか?」
「はい。観光はできましたし、ゆっくりとベッドで寝ることもできたので絶好調ですよ」
「そうかい、それはいいことだ」
男勝りにはははっと豪快に笑う。
それにつられて俺もクスッと笑ってしまう。
「それじゃあ、次の街に向けて、出発しようか。もうそろそろでないと日が暮れちまう」
「そうですね。早めに出立しましょう。俺たちも、夜になってしまうのは好ましくないので」
「そんじゃ、準備しろ。準備が整ったら行くぞ」
厩舎の管理者に言って馬を引き取る。
「ヒヒーーン!」
どうやら、馬は元気いっぱいのようだ。
うむ、元気なのは良いことだ。
これに続くように、エリスとラフィも己の馬を引き取りに行った。
アカシアさんはすでに出していた馬に飛び乗った。
「準備できたみてぇだな。次の目的地がお前さんたちの目指してる地だ。よし、行くぞっ!」
彼女は馬を駆る。
それに続くように俺たちも馬を駆った。
俺の頭には、ようやく着く、そういう思いに満たされるのであった。
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この時のすでに、物語の歯車はガチャリガチャリと奇妙な音を立てて、本来の動きとは異なった挙動をし始めた。
その変化に、俺は一切気づくことはできなかった。
宿場町編、少しの不安を残して完結。




