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宿場町Ⅱ 1

 颯爽と両端に畑のあるあぜ道を走りぬける。

 いや、畑、ではなかったな。

 畑ではなくて、田んぼ、だという。

 植えられているのはコメ、という作物らしい。

 今向かっている国で主食として用いられているそうな。

 昨日アカシアさんと話し合いの後に食事をご一緒したが、そのときにいただいたのが件のコメというやつだった。

 味は悪くない、もっと言えばおいしかった。

 食に対しては育ちゆえかあまり頓着はないが、それを差し引いてもおいしいと思えた。

 異国の文化だというのに、不思議なものだ。

 おっと、いけないいけない。

 今は馬を駆っている最中であった。

 無駄なことは考えないほうがいい。

 なぜなら、俺は、今の今まで馬に乗ったことなど一度もないのだから。




<><><><><><><><><><><><><><><><>




「けっこう難しくないでしょ、セリリュー! うまく乗ろうと思わなくても、この子達、基本的に頭いいから自分で考えて行動してくれるんですよ!」

「……ああっ!」


 隣で併走しているラフィが声をかけてくる。

 いまエリスはそばにいない。

 アカシアさんの隣で併走している。

 いつの間に意気投合したのだろうかという疑問がわいてこないわけでもないが、そんな詮無き事はどうでも良いだろう。

 話は戻るが一応、出発前に彼女から乗り方を教えてもらったが、なるほど、乗ってみるとその感覚が掴めた。

 それに、今俺が乗っている馬は素直で、曲がりたいと思ったらその方向に曲がってくれる。

 すごく素直でかわいいやつだ。


「その子、女の子だったから、セリリューに一目惚れしちゃったのかもしれませんね、ふふっ」

「そんなわけ――」

「ヒヒーーン!!!」


 そんなわけないでしょ、そう言おうとしたら突然俺が乗っている馬が嘶いた。

 マジかよ……

 どうやら俺は、馬にも好かれてしまったらしい。

 嬉しい事なのだろうか、いや、好かれる事自体悪いことではない。

 やっぱり嬉しい事なのだろう。


「そうかそうか、可愛いやつめぇ。つぎの町に着いたらご褒美やるぞ」

「ヒヒヒーーン!!!!」


 愛でて撫でてやったら、これまでよりも一段と速く走り出した。


「本当にその子、セリリューのことが好きみたいですね。まあ、私のほうがセリリューを好いていますけどね」


 にこっとこちらに微笑みかけてくる。

 そこで初めて余所見をする。

 見るのは隣を走るラフィの姿。

 馬を駆る彼女の姿は、まさに王子様という感じだ。

 ものすごく様になっている。

 そして、時折こちらを見て微笑む顔が、とてもかわいらしい。

 今まで考えもしなかったが、もしかしてラフィも可愛いのではないだろうか。

 いや、ラフィは可愛らしい。

 でもそれは王女だったときの感覚で。

 いまは、どうなのであろうか。


「セリリュー、どうかしましたか?」


 ラフィがこちらを向いて首を傾げる。

 その姿を見るだけで、さっき考えていた疑問が氷解した。

 無論、可愛くないはずがなかった。


「いや、なんでもないっ、よっ!」


 俺は恥ずかしくなって、併走していたところから一馬身前にでるのだった。




<><><><><><><><><><><><><><><><>




 次の街に着いたのは太陽がちょうど空のてっぺんに登った頃だった。

 馬を馬小屋に預けて、街の中に入っていく。

 この街は今朝までいた村よりもふた回りくらい大きい。


「取り敢えず、今日はここまでだ。ここから先はちょっと距離あるからな。休み休みいってもだいたい七時間くらいかかる。だから、明日も今日と同じくらいの時間にここ出るぞ。それまでは、まあこの街でも観光してろや。私は、一杯、引っ掛けてくるからよ。落ち合うのは、また明日の朝な」

「では、明日の朝、入口の馬小屋でいいですか?」

「確認してなかったな。おう、そこで待ち合わせだ」

「わかりました。では、また明日、よろしくお願いします」

「おう。というか、お前喋り方変わったな」

「そうですかね? まあ、初対面の相手には自分を大きく見せるために大きな態度してますけど、信頼できるようになったらこんな感じになります」

「そうか」


 明日の確認を終え、アカシアさんはじゃあな、と言って雑踏の中に消えていった。

 というわけで、今からだいたい半日の間、暇が出来たわけである。


「取り敢えず、今日の宿みっけてから、この街の観光でもしようか?」

「そうしましょうかね」

「私は疲れたから、宿で休んでるよ。二人で行って、なんかわたしにも買ってきてくれない?」

「まあ、強制はしないけど、ほんとに観光しなくていいの?」

「そうよ。誰かさんのせいで目覚め最悪で、まだちょっと眠いのよ」

「グッ、わかった。帰りに何かしら買ってくるよ」


 せっかく出来た暇だというのに、遊ばないというのは何事だろうか。

 今は重要なことを為している途中だが、息抜きをすることは大切だと思うのだが。

 いや、睡眠をとる、ということもある種の息抜きになるのだろう。

 好きな人と、で、デートをして見たかったが致し方ない。


「じゃあ、二人で回りましょうか。いいんですかエリス様、半日わたしがセリリュー様取っちゃっても」

「いいわよ。だって、結局はわたしのところに戻ってくるからね。私たち好き同士だし」


 ラフィはどきりとする言葉をかけてきた。

 対してエリスは素っ気なく答えた。

 エリスの答えた言葉は嬉しかったが、その言葉には気持ちが入っていないような気がした。


「ま、まあ、取り敢えず、さっさと宿探そ? そして少しでも長く時間つくろ?」


 この言葉によって、固まっていた場がようやく動き始めるのだった。




<><><><><><><><><><><><><><><><>




「見てっ! あんなところに野菜? みたいなものがありますよ! あっ、あっちには綺麗な器がある!」


 ただ今お昼ちょっと過ぎ。

 今回も宿は早めに見つかり、今は空いた時間を謳歌しているところだ。

 目に入るもの、全てが目新しく、全く飽きない。

 飽きないのだが、飽きないのだが。


「いろんなものがありますねぇ」


 ラフィはそう言いながら、組んでいる腕に彼女の体を押し付けてくる。

 そう、体を押し付けられているのだ。

 と、いうことは、必然的にあの部位が当たるわけで。

 あそこだあっちだと言われても、そっちに集中することができない。

 なんだろう、指示言葉ばかりでよくわからなくなってきた。

 こういう場合は率直に聞いてしまった方が簡単である。


「あ、あの〜、ラフィさん?」

「なんですかセリリュー」

「もしかして、わざと、当ててるわけじゃないよね……?」

「ふふふ、どっちだと思いますか?」


 悪戯っぽく言いながら、彼女はより体を密着させてくる。

 ああ、なんと柔らかいものが当たって……っていかん!

 その感情に飲まれるな、俺の相手はエリス一人なのだ。

 複数の人に手を出しては先代の愚帝と同じになってしまうではないか。

 平常心、平常心。


「取り敢えず、あそこのお店で食べ物でも買って、どっかで食べようよ。俺、お腹減った」

「そうですね。では、一緒に行きましょう!」

「わっ、ちょっと待って!」


 グイグイと引っ張って連れてかれてしまう。

 本当だったら立場が逆なんだろうが、俺にはそんな力はない。

 されるがまま、なされるがままに体を動かすのだった。




<><><><><><><><><><><><><><><><>




 楽しい時間はあっという間に過ぎて行った。

 今は街の南西、湖の見える場所に来ていた。

 時はたち、空の太陽は沈みかかっており、それの照らされている湖の水面がとても綺麗だった。


「はぁ、今日は楽しかったなぁ! 今日みたいな日がずっと続けばいいのに……」


 ラフィは心底そう思っているかのように呟いた。

 俺は今ベンチに座っている。

 彼女は立って、柵の前に立ち湖を眺めていた。


「セリリューもそう思うでしょ?」


 ふと振り返って、こちらに質問を投げてくる。

 いや、質問て言うほど大層なものではないか。


「ああ。俺もそう思うよ」


 俺は短くそう答える。


「ほんとに、綺麗ね……」


 彼女はため息が出そうな感じで呟いた。


「ねぇセリリュー、今から話すことは、わたしの独り言だから、気にしないでね」


 彼女は注意を促すかのように、そう告げる。


「わたしはずっと昔から貴方と一緒に育って来た。それこそ、物心がついた頃から一緒にいない日はなかった。そう過ごして来た中で、ある感情が生まれたの。それは、貴方を慕う気持ちと、貴方に恋い焦がれる気持ち。でも、その気持ちも、貴方が王女となると同時に封印した。忘れようとした。そうして、心に鍵をかけた。そうしていたのに貴方は、王女をやめ、男の子になってしまった。それを見て、わたしの鍵をかけた心は、ガチャリと音をたてて外れてしまったの。どうしたらいいのだろう、そう考えた結果、やっぱりその気持ちに嘘はつけない。やっぱり、わたしは、貴方のことが、セリリューのことが、好き。そこに落ち着いたわ」


 ラフィの口からゆっくりと綴られた言葉は、彼女のこれまで抱いていた気持ちを赤裸々に告白するものだった。

 俺のことが好きで、一度は封印したその気持ちも、また再燃してしまった。

 湖の方を向いていたラフィは、今度は顔だけこちらに振り向く。

 その横顔は朱に染まっていた。

 夕日に照らされているだけではないと思う。

 俺はその告白を聞いて、どうすることもできなかった。

 実は、彼女の気持ちにはなんとなくは気づいていた。

 だけど、俺からしたらラフィは一緒に育って来た妹のようなもので、そういう対象には見ることができなかった。

 でも、こんな気持ちを吐露されては、もう昔の見方で彼女を見ることはできない。

 なぜなら、彼女は妹ではなく、一人の少女なのだから。


「ラフィ……」

「何も言わないで。これはわたしの独り言。これまで何にも言わなかったわたしの独り言。だから、そっと、そっとしておいて……」


 声をかけようとしたが、それはラフィによって遮られた。

 ラフィの顔はすでに湖の方を向いていた。

 俺の頭の中はエリスとラフィの顔で覆い尽くされる。

 二人に好意を向けられたらどうしたらいいかわからない。

 でも、今するべき行動だけはわかった。


「えっ……セリリュー、何を……」

「気にしないで、これは、俺がラフィに対して勝手にする労いだから。いつも頑張っているご褒美だから」


 ラフィを後ろから優しく抱きしめる。

 抱きしめると直に彼女の柔らかさを感じるわけだが、今はそんな邪な気持ちは起きなかった。

 俺はそのまま、日が落ちるまで彼女のことを抱きとめ続けた。


「そろそろ、離してくれますか?」

「ああ、ごめん、つい抱き心地がよくって」

「その言葉は、ベッドでいうものですよ」


 彼女ととりとめのない会話を交わす。


「遅くなってしまいましたね。早く宿に戻りましょうか。エリスが心配してしまいます」

「そうだね、早く戻ろう」


 ちらりと湖を一瞥して街の中に戻っていく。

 ラフィと手を繋ぎながら。

今回はラフィの物語でした。

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