宿場町 3
目の前に浮かぶたくさんの水玉模様。
ふと目を開けるとそんな空間に俺は存在していた。
その水玉にはさまざまな映像が映し出されていて。
その一つに目が留まる。
その水玉に映し出されていた映像とは、俺の昔の姿。
まだ普通に男として振舞えていた、そんな時期の懐かしい思い出。
女装をさせられることのなかった、幼き日々のワンフレーム。
そこに一緒に写っているのは、エリス、ではなかった。
今のエリスの面影は感じられるが、明らかに別人であった。
髪はエリスのような鮮やかなスカイブルーではなく、くすんだ感じのアッシュブラウン。
目元も彼女のものと少し異なっており、目の端が少し下に垂れた、垂れ目。
彼女と違わない点は、左目の下に位置する泣きぼくろ。
逆に言ってしまえば、そこの点でしかエリスと映像の少女の類似点は見られなかった。
どういうことだ。
そう思ってもっと昔の、別の思い出が映された水玉を探そうとする。
そう思った瞬間、水玉たちはみな一様にはじけて消え去った。
それと同時に、俺の意識もこの夢幻の世界から現に引き戻された。
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「はっ、はっ、はぁぁぁ。なんだったんだ、今の記憶は」
がばっとベッドから跳ね起きる。
さっきまで見ていた奇妙な夢。
悪夢とか、嫌な夢とか、そういうのとはまったく違った、奇妙な夢。
まるで、夢そのものが意思を持ち、何かを伝えてくれようとしているかのように。
そうとしか思えないような、現実的な夢だった。
所詮は夢である。
寝ている間にだけしか見ることの許されぬ、泡沫の幻想。
だって、俺の過去に恋した子は、いまも隣で寝ているのだから。
「ふにゃ~、すぅ……すぅ……」
隣で寝ているのだから!?
ベッドから飛び出ようとする気持ちを抑え、今置かれている状況を整理する。
起きたら隣にエリスが眠っている。
一糸纏わぬ姿で、だ。
で、当のエリスは気持ちよさそうにすやすやと眠りこけている。
整理したら整理したでますます状況がわからなくなってきた。
悩んだら、とりあえず過去の記憶をさかのぼり、何があったか思い出せ。
昔、教育係の人に教えてもらったことだ。
何かにあたったら、振り返ることが肝心だ、ということだそうだ。
なので、昨日のことを振り返ってみることにした。
昨夜、話し合いを終えて帰ってくるころには夜も更けていた。
帰ったらお風呂に入ってすぐに寝ようと決めていた俺たち三人はお風呂に入る順番を決めた。
というか、まず何で男女同じ部屋なのかというとおそらく宿屋の女主人のおかげだろう。
新婚さんと言う設定で動いている俺たちだが、今回ばかりはそれが裏目に働いた。
宿一番の部屋で、かつ、ダブルベッドが二つあるというお部屋。
そこに三人で泊まることになったのだ。
そうなるとやはり問題が起こるわけで。
結局、二つあるベッドのうち、かたっぽを俺が使い、もうかたっぽをエリス&ラフィが使うことになった。
俺は入り口から見て手前のベッド、女子のベッドは奥側のベッド。
あっ……
回想していたらもっともらしい考えに行き着いた。
ベッドの間違い、だ。
エリスの今の状況から推察するに、彼女はお風呂上りに眠くなってそのままベッドダイブをキメた。
が、そのベッドはラフィとともに使っていたベッドではなくて、俺のベッドだったというわけだ。
なんだ、納得納得。
いや、納得じゃねえよ!
自分自身に突っ込みいれてる場合かよ!?
「ふぅ~」
一回深呼吸をすることにした。
そうすると幾ばくか心が落ち着いてくる気がした。
「いか、ない、で……」
気持ちを落ち着けたってのに、どうしてこの子は俺の気持ちをもてあそんでくるのだろうか。
でも、それが好きって感情何だなと思う。
そうして、ふたたびベッドに横になろうとしたとき、大惨事は偶然起こった。
いや、起こるべくして起こったのかもしれない。
「ふぁー、よくねました……あれ、隣で寝ていたエリス様は……」
ラフィは寝ぼけた顔であたりを見渡す。
彼女の顔は俺のベッドのところまで来て静止した。
そして、そこに寝ていたエリスと俺の顔を交互に見て、こう言い放った。
「ゆうべはおたのしみでしたのね」
俺の頭がパンクし始めた。
そして、この状況に止めを刺すかのように、エリスが目をこすりながら起きた。
はて、俺はこれからどうなるのだろうか。
とりあえず、意識を切り離すことが先決だなと、その思いにいたった。
意識を切り離して数十秒もたたないうちに、ゴッというわき腹をえぐる音が俺の耳朶に響いた。
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「今回ばかりは私のせい。本当にごめんなさい!」
エリスが深く腰を折って謝ってきてくれる。
エリス曰く、こういうことを起こすのはいつも俺だから疑わしきは罰せよの精神でやったのだという。
正論だろう。
それに対して俺は、情けなく大丈夫だよ、とそう答えるほかなかった。
「それよりエリス、ラフィ。早く準備して、ここ引き払ってアカシアさんと約束した場所に行くぞ」
とりあえず、今回の騒動はこれに収めて、引き払いの準備を始めるのだった。
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結局、引き払うまでに一刻ほど用してしまった。
でも、女性を抱えてこの速さというのであればなかなかなのではないだろうか。
そんなことを思いながらアカシアさんと約束した村の郊外の場所まで赴く。
「おっ。来た来た。こっちだぞ」
彼女はこちらの姿を確認するや否や、ぶんぶんとこちらに向けて手を振ってくる。
朝方というだけで人がいないわけではないので、ちょっぴり恥ずかしい気もする。
「とりあえず、これからの足の確保だ。この三匹の中からお前さんたち自由に選んでくれ。金はいらねぇよ。しいて言うなら、じゃあ自分たちで商売して儲かったら払ってくれ。なに、先行投資ってやつだ」
アカシアさんはまた俺に意味のわからないことを言ってくる。
でもそれは、この国での心意気なのだなと理解する。
三匹の馬は、白馬、黒馬、茶馬であった。
その中から俺は白馬を選択することになった。
それは、メイドがそうしたほうがいいというのでそうすることに決めたという単純な話だ。
そして、黒馬はエリスが、茶馬はラフィが乗ることになった。
「あまり時間もないからさっさと出発するぜ。さすがに馬の扱い方ぐらいはわかるよな?」
心外なことを聞かれ、少しばかり顔をゆがませる。
それを察知したのかアカシアさんは短く、無論だったな、とこぼした。
「ここからは一応道って道ができてっから、はぐれてもそのまま後を追ってきてくれたら落ち合えるぜ」
村を出たあたりで軽く説明される。
確かに、馬車が通った後である轍ができていた。
これでは迷うことがなさそうだ。
馬にまたがった俺たち、アカシアを先頭とする四人組は、ふたたび新たな一歩を踏み出したのだった。
次は宿場町Ⅱ 1




