少年王女の憂鬱
出立を前に身支度を済ませ机の引き出しを開ける。
そこに仕舞われていたのはのは厚みのある一冊のふるぼけた帳面。
遠い昔に逢瀬を重ねた、ある少女からもらった、大切な日記帳だ。
懐かしむように表紙をめくると、ページいっぱいに下手な字と絵が並んでいる。
それを見るたび、これをくれた少女の姿を思い出す。
王宮なんかで出会うことのなかった、自由で活発な少女。
その無邪気な姿に幼心にも心を奪われた。
いまだに私の心をとらえて離さないその感情は、決して叶わぬものだと分かっている。
それでも、その少女を想わずにはいられなかった。
コンコン、と扉をノックする音が聞こえる。
もうそんな時間になってしまったのだろうか、そう慌てて日記を抱えて椅子から立つ。
返事をすると私の直属の侍女が入ってくる。
幼き日をともにし、今では私の侍女兼護衛の少女、ラフィ・ガードルートだ。
「セリリュー様、お時間になりました。ご出立の準備はお済みになっていらしゃいますか?」
「済んでいるわ。どう、きちんと着こなせているかしら?」
「とてもよくお似合いです。翌日のドレスをどの衣装にしようかと、日付が変わるまで腐心していた甲斐がありました」
スカートの端をつまみ、くるりと華麗に一回転して見せる。
それに対してラフィは、お美しいです、と一言。
「お荷物を……それはいつも通りご自分で持っていかれますか」
「これは、これだけはやっぱり自分で持っていきたいの」
「承知致しました。では参りましょうか」
「……そうね、行きましょう」
そう言うとラフィはドアノブを捻り、ドアのわきで控えた。
今度こそ彼女に迷惑をかけまい、そう思い、歩き出そうとしたが、一歩目が踏み出せない。
足元に目をやると、ふるふると両足が震えていた。
「セリリュー様、わたくしは扉の向こうに控えております」
「……ラフィ、いつも気を使わせちゃってごめんなさいね」
「とんでもございません。わたくしはセリリュー様に尽くすことを至上の喜びとしている故、その労いのお言葉だけで十分でございます。しかし時間が迫っているのでお早く」
そういうと笑顔でラフィは部屋を後にした。
私は気持ちを落ち着かせるために姿見の前に立つ。
写っているのは見まごう事なき美少女。
どこからどう見ても、男には見えない。
仕草を美しく流麗なものであるか確認する。
その動作は、いつも宮中で言われてることだが、洗練されていた。
わたしのことを、みんながみんな少女であると確信して疑わない。
国民はおろか親族でさえも私のことを女と思っている。
生まれてから今に至るまでずっと女のフリをしてきたせいだろうか。
男である私はどうなってしまうのだろうか。
このまま少女の姿のまま生きていくのだろうか。
もう何度考えたか分からない思考が頭をよぎる。
「ううん、今はそんなことよりもお父様のお仕事に王女として付き添わなきゃ」
グッと拳を握る仕草をする。
自分ではカッコよくしたつもりが、実際のそれは可愛らしい仕草そのものだった。
「セリリュー様、お早く」
ドアを勢いよく開けラフィが部屋に入ってくる。
通常の侍女であったら不敬とも取られるこの行動。
でも私はそれを諌めない。
親しき仲にも礼儀ありと思うかもしれないが、少しぐらいはいいではないか。
ラフィは先も言った通り幼馴染だ。
七つになった時、ラフィは王女を守る騎士であり身の回りの世話をする侍女へと変わった。
でも私は、昔から変わらず王女を演じたまま。
少しだけ、彼女のことが羨ましいと思ってしまう。
変われることができたラフィのことを。
本当はラフィを私が守るべきなのに、彼女に守られてしまっている。
「ラフィ、私はこのまま女でいるべきなのでしょうか」
「セリリュー様、貴方がどんな風になろうとも、私の心と身体は貴方のもの。私は何があっても貴方のそばに仕え続けます」
「そう、よね。貴女はいつも私の隣にいてくれるものね……ありがとう」
ラフィは私を優しく抱きとめる。
彼女は、私の秘密を知っている数少ない人のうちの一人だ。
それ以前に、一緒に育っていきたから互いに色々と知っている。
二人しか知らないこととか、それこそたくさん。
「では行きましょうか、ラフィ」
「王女様の望むままに」
ラフィは傅き、私の小さい手の甲に薄く瑞々しい唇でキスをした。
彼女の私に対する忠誠の表れということは分かるが、やっぱり何度やられてもこそばゆい。
そして一呼吸置き、日記を持って部屋をあとにした。
初投稿です。
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