解
「……なるほど、な」
少年Aがぽつりぽつりと話した内容を頭に一度入れ、無駄を端折り時系列を整理しながらも調書の空欄を埋めていく。
そんな高度な技術を無造作に披露しながら、斉木警部補はそう相槌を打っていた。
「俺は、死刑に、なり、ますか?」
「……未成年で、殺意はない。
まず、大丈夫、だとは、思うんだが……」
事情を聞きた所為、だろう。
いつの間にか斉木警部補は眼前の少年Aに対して、少なからぬ同情を抱いてしまっていた。
それはこの凶悪なテロ実行犯が、実は殺意どころか悪意もなく……ただ電車の中でおならをしただけの、哀れな被害者だと分かったからだ。
供述も小さな窃盗まで自供するほどに正直で、我が身可愛さに誤魔化そうとすることもなく……自分の保身に必死になる他の犯罪者と比べる気すら起こらないほど、善良な少年なのだ。
勿論、この年齢くらいの少年らしく、半人前特有の反骨心や考えなしなところ、そして若さゆえの短気という欠点も持ち合わせてはいるものの、それらは別に人並みのものであり、社会から抹消すべき害悪とは言えない。
そもそも、満員電車内の放屁は犯罪ではない。
迷惑行為であるのは間違いないのだが……取り締まる法は、存在していないのだ。
「だが、犠牲者が出ている」
斉木警部補の言葉通り……この放屁で人が死んだのは目を逸らしようのない事実だった。
それも、一人や二人ではない。
即死三二七名、病院で息を引き取った者が七七名、重度の障害を負った者が五六名、軽傷者に至っては千を超えるという大惨事なのだ。
……混雑する時間帯に、前の電車に突っ込んだのだから、死傷者の数は四ケタを軽々と越え、もう収集の就かない事態と成り果てている。
「ま、追って沙汰があるだろう。
それまでは、反省でもするんだな」
「……はい」
斉木警部補はいつも見ている時代劇風にそう告げると……少年も項垂れることで自分の罪を悔やむような態度をしてみせた。
これで定年を間近に控えた彼の仕事は終わりである。
ただ一つだけ……斉木警部補は疑問が残っていたことを思い出し、静かに口を開く。
「そう言えば、お前。
何故……そんなに必死で逃げたんだ?」
その言葉に、少年Aは少しだけ口を開き、閉じ……珍しく口籠る様子を見せたものの……すぐさま観念したのか、その驚くべき「この前代未聞のテロ事件が起こしてしまった動機」を口にし始めた。
「あの部屋……俺が閉じ込められていた部屋なんですが、カメラがあったんです。
四六時中見張られていて、気の休まる暇がなくて。
お風呂も、トイレも、監視されてて……」
「……ああ。
確かに、それは、キツい、なぁ」
少年Aに同情していた斉木警部補は、彼の置かれた境遇を想像し……そんな相槌を打つことしか出来なかった。
実際問題として、たとえの人体実験を施された危険人物とは言え……常に監視させるモルモット扱いは幾ら何でも酷過ぎる。
「いえ、違います」
だけど、少年Aはそんな壮年の警部補が口にした相槌を、首を左右に振って否定する。
そして少年は、彼の身体の中を駆け巡っているだろう熱量を必死に誤魔化すかのように、胸元を握りしめ、吐き捨てるように口を開く。
「監視は、別に、仕方ないかな、とも思います。
問題があったから、こそ……監視、されていたん、でしょうし。
だけど、四六時中。
この数日間、延々と監視され続け、自分の時間も持てないままで、延々と……だから……」
拳を握りしめ、少年は泣き声を零さないように、恨み言にならないように、必死に感情を抑えたまま、言葉を発する。
「だから、俺は……
自分だけの時間がっ!
せめて、「男」として必要な時間がっ!」
少年Aの放ち続けるその言葉の羅列を聞いて、斉木警部補は何となく事情を理解していた。
既に壮年を迎えたとは言え、彼も一応、何十年か前までは男だったのだ。
だからこそ……少年Aが何を言いたいのかはもう察していた。
だけど、壮年の警部補が少年に配慮してその独白を止めようとするよりも早く……少年Aはついにその動機を……
彼が脱走することになった動機を口にした。
「俺は、ただ……オナニーが、したかったん、です」
……そう。
それこそが、この日本史上最大のテロ事件。
二千人を超える死傷者を出した大規模なテロ事件が起こった……最悪最低の動機だったのである。
と言う訳で、こんなアホな作品で御座いました。
殺戮をしつつ下ネタを交える……となると、こういうアホな作品にしかならないという前例で御座います。。。
真面目に推理された方……いないとは思いますが、ご苦労さまで御座いました。