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 ──困ったな。


 定年を間近に控えた斉木警部補はため息と共に内心でそう呟いた。

 何しろ……眼前に座っている、日本犯罪史上どころか世界の犯罪史を紐解いても類を見ないほどの大量虐殺をしでかした、このたった十五歳の少年は、さっきから抵抗する様子もなければ、何一つ喋ろうともしないのだから。


 ──さぁ、どうしたものか。


 そもそも、彼が此処に座り、容疑者である少年A……少なくともマスコミはそう報道している、この少年の尋問をする時点でおかしいのだ。

 彼はもう定年間際で、取り調べなんて長い間したこともないし……第一、彼は少年課でもなければテロ対策課でもない。

 尤も、この場では「管轄外です」といういつもの言い訳を、彼は口にすることが出来ない。

 何故ならば……警察は彼を生贄にすることで、この少年に関する形ばかりの調書を作り、この事件を適当に葬るつもりなのだから。

 斉木警部補がそんな貧乏くじを引いたのは、純粋に「老後の年金だけは保障される」と上から打診があったからだが……

 彼自身もこの面倒くさい案件を、その辺りにいる若手刑事や歳食っても平で居続けているような融通の利かない連中……所謂「現場の連中」に任せる訳にはいかないと理解はしていた。


「……なぁ、いい加減、喋らないか?

 黙っていたところで、何もならないだろう?

 何故、逃げ出した?

 何故、あんな場所で……あんな真似を仕出かしたんだ?」


 斉木警部補はあまり期待もしないまま、何度目になるか分からないその問いかけを口にしていた。

 尤も、彼の顔を覆うマスクの所為で、くぐもった声しか出てこないのだが。

 彼自身も、この防毒マスクを心底鬱陶しいとは思いつつも……だからと言ってコレを外したままで、二千人近い死傷者を出したテロ事件の容疑者である、この『少年A』の前に立つ勇気などなかったのだが。

 

 ──ったく。

 ──こんな世間を舐めた餓鬼なんざ、二三発ぶん殴りゃ……


 内心でそう誘惑する悪魔の囁きを、斉木警部補は顔色一つ変えずに心の奥底へ押し込めると、ボールペンを手の上でくるりと回す。

 実際問題、昔と違って取り調べの可視化とかいう馬鹿なシステムを導入した所為で、容疑者をぶん殴ると騒がれるようになってしまうので、下手なことが出来ないのだ。

 更にこの少年Aはその辺りの、突っ張って生きている『不良』とは全く違う、一般人としか思えない外見をしている上に……今話題の人でもある。

 幾ら大量虐殺の実行犯とは言え、彼の境遇は既にマスメディアによって一斉に報道されており……その所為で、かなりの同情が集まっている。

 この状況下で、激情に任せて手を出すのがどれだけ拙いかくらい、壮年を通過し終えるほど齢を重ねた斉木警部補は、重々承知していた。

 尤も、幾ら彼の境遇に同情が集まっているとは言え……身内が犠牲になった連中は、口を揃えてこの未成年に対する死刑を求めているのが実情であり、警部補が無抵抗な容疑者に暴行を振るっても、彼らは称賛してくれるだろうが。


「……ったんだ」


 ふと、そんな時だった。

 少年Aが口を開き、一言を呟いた。

 その言葉に斉木警部補が身を乗り出すと……少年Aは語り出す。

 定年間近まで警察に勤務し、様々な犯罪を見聞きしてきた斉木警部補ですら、空いた口が塞がらないような……どうしようもないその動機を。

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