狐百匹殺人事件
「あれ、何でおんの」
新幹線を降りた所で、聞き覚えのある声とイントネーションに呼び止められた。奈良で会った大阪人の、田中さんだ。
僕がこの場所にいる理由としては「捜査の一環」となる。「毒入り豆腐殺鹿事件」で冤罪から救った豆腐屋が結局その後に起こした「大和揚げ殺人事件」の関連調査のため、本州最大の狐の群生地として名高いこの県にやって来たのだ。もっとも、毒入り豆腐殺鹿事件の時に知り合った彼女とは、大和揚げ殺人事件の解決まで成り行きで同行していたし、その後の動向についても別れる時に伝えていたはずである。そう疑問に思って確認した所、
「九州行くって言ってへんかった?」
との質問を返された。
成る程、大阪人は言語中枢の地名野に重篤な欠陥を抱えていると聞いたことがある。恐らく大阪湾の奇形魚等から感染した風土病だとは思われるのだが、彼らは近畿、四国と北関東三県、沖縄を除いたあらゆる県を、県庁所在地の市名のみで記憶しているらしい。故に、宮か福が付けば九州、愛が付けば四国の話だと認識し、他地域の人間と会話が成立しなくなってしまう。
僕が厄介払いの為に嘘を吐いたのではないかと訝る田中さんの誤解を解くには、小学校三、四年レベルの地理教育を要した。一度の乗り換えの後、目的地周辺の駅に着く頃にはようやくぼんやりとした理解が得られたらしい。
駅前の通りには、温麺という、冷麺の対極にあるかのような料理を供する店が乱立していた。温麺、温麺、温麺、服屋、温麺、温麺。服屋があるということは、これは温麺ストリートとして企画・構築された通りではなく一般的な商店街の括りになるのだろう。だが、それ故に尋常ではない。
あまりにも温麺を押されるので、僕と田中さんも流石にこれは食べなければ申し訳が立たないという気分になり、一番目立つ店舗に近付き、ガラス窓の奥を覗く。何処にも値段が書いていない。時価か、と引き返す。少し歩けば店頭にワンコイン強の価格を掲示した店舗があったので、そちらに入ることとした。
それは概ねにゅう麺であった。
温麺、足軽まんじゅう、お城名物の白いカレー。
後になって思い返せば、これこそが、確かに事件の始まりだったのだ。




