鶴舞う形の殺人事件
生イナゴ胃袋喰破り連続殺人事件に始まり、完全合法電気椅子型安楽死式自由恋愛殺人事件、そして、トロイの御柱殺人事件。一日で通算三つの事件を解決した僕は、その晩は二つ目の事件を通して知り合った少女の家に好意で泊めて貰い、翌朝早くに他県へと旅立った。
実情を知らない者からは秘境等と言われるこの県だが、文明度の観点で見れば国内有数の発展を遂げていると言える。四方を四色の山に囲まれたこの土地は、通商は勿論、電波からも隔絶されているために独自の文化を形成した。米国の通信衛星が国内でも利用できるようになった現代では、インターネットによる県外との情報交流も盛んだ。
そんなこの県で、事件は起こる。
そうして、後に「鶴舞う形の殺人事件」と呼ばれる事件の発覚から二週間が経過した。
極めて難解な事件ではあったが、優秀な県警の活躍により、死因、凶器、トリックは白日の下に晒され、事件の容疑者は二百万一人にまで絞られた。県民二百万人と、県外からの旅行者一人だ。
「動機の面から考えると、犯人は県内の人間だんべぇ」
越須賀刑事の推理に、僕は頷いた。外界から隔絶されたこの県に、県外の旅行者が怨恨殺人に訪れるとも考えづらい。これで容疑者は二百万人に絞られる。一歩前進だ。
しかし、今回の事件。名物のおっきりこみを使用した特殊な殺害方法ではあったが、容疑者達の誰もが事件当時一切のアリバイを持たず、誰にでも実行可能な犯行であったため、未だ犯人特定の決め手がないのだ。
容疑者が二百万人もいるとなると、一日一人ずつ候補から外していったとしても、事件解決まで二百万日の時を要する。殺人事件の公訴時効が廃止されて久しいとは言え、二百万日と言えば五千数百年だ。今から五千数百年前というと、メソポタミア文明の発祥頃だろうか。メソポタミア文明から現代までの時間と、同じだけの時が流れた未来。あまり現実的ではない話だし、殺人犯や遺族の寿命という観点からも、早急な解決が求められる。
そこで、僕は自分の思考に、何か、小さな引っ掛かりを覚えた。殺人犯や、遺族の寿命? 殺人犯と遺族がいるということは、当然、被害者もいるはずだ。そして、殺人事件の被害者は既に死んでいる。だとすれば、県民の人数は力を合わせても百九十九万九千九百九十九人になっているはず。にも関わらず、県民の容疑者が二百万人いるということは。
「被害者は、県民ではなかった……?」
事件は今まさに、詰めへと向かっている。




