モンスター、現る!
「どうするの、明日から」
「野宿すればいいだろ」
「あなた達は男だからそんなこと言えるのよ」
「じゃあ、王女権限でタダで泊まらせろって言えば?」
「そんなこと、できるわけないでしょ」
彼らは国に選ばれた、居たって気にならない魔王を退治するための勇者パーティ。
選び方は極秘とされているが、とりあえず、パーティ紹介。
勇者:ハリス・フィーラー(男)、 17歳、元の職業:自称漁師。
賢者:クリファーナ・ラトゥス(男)、 17歳、実は魔法も使える。
魔法使い:ミレフィオリ・エルバ・フィルビーヌ(女)、 17歳、この国の第6王女。
戦士:物語上、今のところ必要ないので不選別。
現在地:ちょっとした植林の中。
そして、彼らは今、お金に困窮していた。……かなり。
「じゃあ、食料買う金で宿とってひもじい思いするのと、夜は宿無しでなんとか食料にありつくのと、どっちがいいんだ?」
ハリスの言葉に、ミレフィオリは何か言いたげな口を閉ざした。そう、食料を買うお金さえ、節約して使ってあと3日分あればいいところだ。
国からの支給額は月額で決まっており、次の支給日までは、まだあと10日ある。
現に今日も朝ご飯を食べたっきり、陽も真上を通りすぎてだいぶ経つというのに何も口にしていなかった。山を歩けば、適当に食料が見つかるだろうとのんきに考えたのがまずかった。出発地から次の町までは、林業で盛んな地域だったのだ。人の手により、お金になる木に植え替えられた山が延々と続き、食べ物らしきものが今のところさっぱり見つかっていない。
元々温室育ちの姫君が、ついに耐えられなくなって言葉をついたのが冒頭の台詞である。だが、今回の金銭不足は実はミレフィオリにある。ハリスとクリファーナは、一般的常識のなかった姫さまには良い薬と思い、それを深く言及しなかった。一度痛い目に会えば、次はもう少し考えるだろう。
「まあ、考えながら歩こう。ここでどうこうしてるより、先に進めば何かあるかもしれないから。まだ歩けないわけじゃないしね」
そう、クリファーナが言ったとき、甲高い女の声が遠くから聞こえた。初めは聞き間違いかと思ったが、バキバキという下木の折れる音も聞こえだし、誰かが目の前を横切るようなかたちで駆けてくるのが、目視でも確認できるようになった。その後ろには、女性の倍はあろうかという異形のもの(牙は口から天に向かって飛び出し、あきらかに肉食と分かる)があとをスキップするような形で追っている。
「なんだ、あれ?」
ハリスとクリファーナが首を傾げるのと、女性が疲れ果て地面に倒れ込むのと、ミレフィオリが怒鳴り散らすのとは同時だった。
「さっさと、助けに行きなさい!!」
その怒声は、異形のもの(モンスターと呼ぶことにする)の耳にも届き、すでに意識を失った女性に伸ばしていた手をこちらに向けて振った。
にこーーー。
どれだけ異形の怖ろしい顔でも、笑顔に勝てる奴などこの世には少ない。ハリスとクリファーナも笑顔でついつい手を振ってしまった。
「すごい。ヒト以外で笑える動物初めて見たー。しかも手、振ってるー」
と感動した声がのほほんとクリファーナの口から漏れるが、そのモンスターの笑顔はミレフィオリには効かず、神経を逆なでさせただけだった。
「何やってんのーーーーー!!!!!!もういい!私が行くわ!」
そう言ってミレフィオリは落ち葉を踏みならし、木をかき分け、どちらがモンスターか分からないような歩き方で、そちら方面に向かった。
「あ、コラ、姫さん。単独行動は慎め、ってもう無理か。団体行動のできない奴だな。で、クルー、あのモンスターの正体は?」
ハリスはそう言うとゆっくりとクリファーナの方を向いた。
「んー。ちょっと待って」
クリファーナは一瞬目を閉じた。そして目を再び開き、羅列した。
「あれは、絶滅したと言われるテイクルテポソンにそっくりだ。でも角の形とか牙の向きが微妙に違う。変異での生き残りと言うよりは……、真似し損なってるって感じだ。これが、本物の生き残りなら希少価値高すぎだけど、そうじゃないって事は、夢、幻!姫さまが何かしても大丈夫!止める必要なし!温厚そうだし」
「じゃ、ここで傍観!」
そう言うと、ハリスとクリファーナは、無駄な体力消耗を防ぐためにも、その場でミレフィオリの勇姿を見守った。
「その人、放しなさい!」
ミレフィオリはそう言いながら、魔法を繰り出した。その魔法は成人男性のそこまで力を入れないパンチくらいの威力しかない。
だがモンスターは、その魔法を避けることもせず、体に当たった部分から、ずぼっとその体内に呑み込んでしまったのだ。
あらら、と思うのはハリスとクリファーナだけで、ミレフィオリはそれどころではない。自分ができる魔法の一つがものの見事に効かないのだ。恐怖に駆られ、次から次へと同じような魔法を繰り出す。
一つ一つの威力はそれほどなくても、やっぱり当てられたら痛いしムカツク。それはモンスターも同じだったようで、ついにはうなり声をあげ、ミレフィオリの体を掴んだ。
「放して!放しなさい!ちょっとーーーーーーーー!」
さすがにこの状況にはハリスもクリファーナもびっくりして駆けだした。
「やりすぎだ、姫さん!加減ってもんを知らねぇ」
「ハリス、姫さまを食べることはないと思うけど、あれをまっぷたつにしてくれる?あれ、魔法でできてる!」
「食えんのか?」
「似たようなもん!」
「OK」
食べ物に困窮しだした勇者の目が光った!
クリファーナは空間から、鞘に見事な装飾のされた刀を取り出し、ハリスに渡した。
「おもいっっっっきりね!」
「まかせとけ!!」
そう言うやいなやハリスは鞘から刀を取り出し、鞘はクリファーナに投げ渡した。
そして、現場に到着するなり、
ずばぁ
あわれ、まだ特に何もしていないかわいそうなモンスターは、無情にも勇者によって体を真っ二つにされてしまった。
モンスターは断末魔もあげることなく、どすんと言う音を立ててこの世から消え去った。
いや、その音はモンスターではなく、ミレフィオリが支えるものを失い、地面に落ちた音だった。当のモンスターはそんな音も立てずに、カサッという最期の音すらミレフィオリにかき消されてしまっていたのだ。
「いたーーい。ちょっと、ハリスひどいじゃない。私の決めの場だったのに!」
恐怖に駆られていたとは言わない。それはミレフィオリの意地だ。
「捕まってたじゃねーか」
「これからだったの!」
「そりゃ失礼しました」
ハリスとミレフィオリが言い合っている間に、クリファーナは屈んでその場に落ちている緑色の宝石を取った。
「それより、モンスターは?」
突如消えたモンスターに、ミレフィオリは首を傾げる。
「これがモンスターの正体」
そう言いながらクリファーナは、1cmほどのカットされたエメラルドを見せた。
「エメラルドじゃない!どうしたのそれ?」
突然宝石を見せられ、眉間に皺を寄せ、怪訝そうなミレフィオリの声は、突然聞こえた聞き覚えのある声にあっという間に消される。