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勇者と魔王のつれづれ日記  作者: 新井 夏
魔王のアジトへ
4/6

続くよ、どこまでも


 ハリスの刀の正体を知り、さらに激化したサイーナの感情は押し寄せてきた波を再び海へ帰し、砂を巻き上げる。目を覆うハリス達の耳に、何かしら不吉な言葉が聞こえてきた。

「お前に力を貸そう」

 マオーの声が、低く深く静かに響き渡る。

「死してまで抱くその憎悪の念に余は感銘した。汝の思いを晴らすため、余が汝に力を貸そう」

 魔王の体がぼわーっと光る。

「暴れろ!!思いを晴らすべく!」

 体にまとわりついた光を振り払うかのように、マオーは目に見える形でサイーナへその力を放つ。サイーナへその力が激突したかのように見えたとたん、サイーナの顔、体、その他諸々に変化が起きていく。どう見てもいい変化ではない。

 サイーナの咆哮とも取れる、うざんつくような不快な音が空気を揺るがし、人を不安にさせるような空気が浜全体に広がった。

「あいつ、ついに魔王の本性現しやがった!!」

 ハリスの嫌っそうな言葉に、クリファーナはあきらめきったようにつぶやく。

「そうだねぇ、サイーナは浜辺から出られないって言うからあそこは安全だし……、出られない???……そうか、そうか、魔王って本当にヤなやつ!覚悟してハリス。今のサイーナは魔王の力を持ってる。魔王相手に戦ってるようなもんだ。魔王は決まって強いからね」

 そう大きな声でもなかっただろうに、

「決まってとはなんだ、失礼な!俺は強いの!」

 遠くからマオーの苦情が押し寄せられる。なんて言ってる間に、サイーナにみるみる暗黒っぽいオーラが漂い出す。

 クリファーナの拘束魔法はもう少しで解ける。

「うげぇ」

 ハリスは動き出すのを少し躊躇った。

 どちらにしろ、今サイーナには近づけない。クリファーナがかけた拘束魔法は、こちらでも触れると衝撃が来るものだった。

 クリファーナはクリファーナで、ニヤニヤといやらしい笑みでこちらを見下ろしているマオーをキっとにらみつけ、思いっきり叫んだ。

「そんなことやってるから、魔王にされるんだからねー!!!」

 叫んだところで、何となく追いかけてきて今到着した、マオーの後ろに立っている困惑顔のミレフィオリを見つけた。それをハリスに小声で報告する。

「姫さまが来てる。もうバレバレだね。ハリスの実力ばれたら、おじいちゃんに怒られるね」

「そうだな。王にも伝わるかな……?それより、自分のこと心配しろ」

「…………そっか、僕が魔法使えるってのは秘密だったね」

「うるさいからな、姫さん」

 二人して遠くを見て溜息ついてる間に、サイーナを拘束していた魔法が遂に解けた。

「ワタシ ヲ ハイジョ シヨウ ト スルモノ ハ スベテコロス!!」

「目が本気じゃん!あいつ!!」

 そう言いながら、ハリスはクリファーナから引き離すために全速力で横に駆けて刀を構え、自分の方に気を向けさせた。

「今のサイーナは魔王の所為で怒りの頂点なんだよ!怒髪、天をつくって感じ?今のサイーナに自我なんてないよ!」

「最低だな、魔王」

「魔王だからね」

「聞こえてるっての」

 相変わらずマオーは耳が良いようで。

 ハリスが行いが功をなし、ハリスを最初に襲ったときと同じ、いや、それ以上のスピードでサイーナはハリスを襲ってきた。

 それと同時に、クリファーナが呪文を唱え出す。

 サイーナの手には、先ほどハリスが捨てた、サイーナによって溶かされた剣があった。あれでも十分武器になる。今もサイーナの触れているところからドロドロと溶け出している。

 昨日、魔王の家に泊まることで、念のためクリファーナがかけてくれた防御魔法のおかげで、サイーナに直接触れられても大丈夫だったが、触れられない方がいいことに変わりはない。

 ハリスは迎撃体勢を整えた。腰を落とし、相手をしっかりと見据える。

 サイーナのスピードが予想以上に早く、攻撃態勢をとれなかったのだ。


キィン


 金属と金属のぶつかる音が、再び戻ってきた波と共に、朝の澄み渡った空気に異様な響きで広がる。ハリスの持っている刀が割れることはなかったが、サイーナのあまりにも強い斬撃に、支えた足が絶えきれなくなって、地面をじりじりと後退していく。

 サイーナの咆哮が空気を揺るがす。波は荒れ狂い、ハリスは為す術もなくただサイーナに押され、砂浜を後退するだけだ。

 押すだけでは何もならないと気づいたのか、サイーナは何度も剣を打ち下ろした。だが、体勢も万全ではないハリスにことごとく防がれている。

それでもハリスの顔からは苦渋の面が見て取れる。一つ一つの斬撃は荒くとも、重い。さすがにきついのだ。

 砂浜を固めたといっても、滑る足、整えられない体勢。

 何もかも不利な状態でよく持ちこたえていると、我ながら思う。

腕力だけが頼りになってきて、一撃一撃の力任せの斬檄は、腕に負担をかけ続ける。手が、言うことを聞かなくなる。

(このままじゃ2分も、もたねえ…)

ならば、いちかばちか

 横から薙ぎに来た剣の流れに乗るようにして、ハリスは地面に倒れ込んだ。

 剣が体の上を通過するのと同時にハリスは地面を蹴り上げ、サイーナの後ろに回り込み、振り向きざま横薙ぎに刀を振るった。

 その太刀筋は見事サイーナの胴体を二つに割った。

 又してもうざんつくような叫び声が浜全体に響き渡る。

 ハリスの耳はもう麻痺していた。

 もちろん、先ほどの攻撃から見てサイーナがこれくらいでやられるとは思っていない。ハリスは肩で一息入れたあと、逆袈裟と袈裟切りでサイーナの体を6等分した。

 これで少しは時間が稼げる。

 これ以上続けざまに切り刻んだら、刀の方がやられる可能性がある。それだけ、この亡霊の力は強い。

 ハリスはサイーナに注意しながら、足元を見た。クリファーナの魔法がもうすぐ完成する。

 そろそろここから出た方がいい。

 ハリスは後ろ向きに後退し始めた。

 サイーナは体の回復を図りながらもハリスを狙ってきた。だが細切れにすぎないその攻撃は交わすだけで回避できた。なにより、ハリスの攻撃で一部が浄化され弱まっていた。

 本体はハリスに近づきながら回復をしている。ハリスの攻撃で浄化された分だけ小さくなったサイーナの体の回復は早かった。

 ハリスは舌打ちしつつ、ちらりと下を見た。

 もう、完成する。

 俺がここからでなければ、円陣が完成しない。

 ハリスが下を見たのをサイーナは見逃さなかった。己も下を向き、そして円陣があるのを知った。それが何を意味するのかを理解するやいなや、又天地を揺るがすほどの声を放ち、円陣を壊しにかかった。

 しまった!

 ハリスはサイーナが下を見るのと同時に、円陣の外に向かって駆けだした。

 あと、5メートル!

 魔法で描かれた円陣を、1個所でも破壊されたら終わりだ。円陣を壊すべく放たれたサイーナの攻撃の余波がハリスにおそいかかる。

 ハリスが円陣を1歩出た瞬間、待ちかまえてたようにクリファーナが最後の呪文を唱えた。

 光を放ち完全に浮かび上がった円陣は、天に光の柱を立て、サイーナの動きを完全に封じ込めた。そして、徐々にその大きさを縮めていく。

 ハリスに飛んできたサイーナの攻撃は、目の前で光の壁に当たり、大きな音を立てて、サイーナ自身に跳ね返った。

 「うっわ、危ねえ」

 ハリスは、肩で息をしつつ、クリファーナに歩み寄る。術が完成して発動したというのに、クリファーナは何か煮え切らない顔をしていた。

 「壊れたか?」

 「分からない。でも、一点集中攻撃されたし、やられたような気がする」

 「悪かった」

 「ハリスがサイーナをちょっとでも浄化してくれてなきゃ完璧にやられたよ、たぶんね」

 「壊れた場所は?」

 「たぶん、中心付近。最後の最後で、術が崩壊するかも知れない」

 「……逃げとく?」

 「そうしよっか」


 さて、こちらは堤防の上の魔王とミレフィオリと漁師1。

 ミレフィオリは、呆然と立ちつくしていた。クリファーナの魔法レベルに圧倒されたのだ。自分は初歩の初歩しか使えないことをミレフィオリは分かっている。だからこそ、今の何もできない自分が情けなかった。

「今の見たか?魔法陣一部破壊されたのに、発動させやがった」

 マオーは嫌ッそうに漁師に話しかけた。

「え?それって」

「あいつの実力が分かるよ。しかも俺の魔法内でだぜ?」

「そうだな、勇者にしても、マオーの力に剣技で対抗できるやつなんて初めて見た。相当な使い手ってことか」

「そうだよ、そこもむかつく~。王め、情報全然違うじゃねーか。勇者も賢者兼魔法使いもめちゃくちゃ強いじゃないか。どこが大丈夫だ。適当に選んで何であんな奴らなんだよ」

「適当なのか?すごい運だな。それはともかく、魔法陣一部壊れたんだろ?それ、ほっといていいのか?」

「そうなんだよなーーー、あの状況じゃ、どこが壊れたかわからなかっただろうし…。でもあの実力じゃ、そのまま他がカバーして浄化完了するかもしれないしなぁ。でも逃げ出せた時のために準備はしとくか」

「どう言うこと?まだ何かする気なの?」

 突然後ろから声をかけられて2人はびっくりした。ミレフィオリの存在に気付いていなかったのだ。マオーは内心ドキドキしながらも、意地悪く答えた。

「そうさ、今勇者と賢者が中途半端に浄化させてるからな。このままじゃ魔王としての俺の尊厳に関わる」

「あなたって人は……!」

 ミレフィオリの怒りに、漁師の方がなだめるように口を挟んだ。

「まあ、見てて?」

 魔王は細くなっていく光の柱に目を向けた。ハリスとクリファーナは堤防の浜辺からの階段を登ってきていた。

 その時だった。

 バチバチッと音を立てて、光の壁が一部崩れ去ったかと思うと、一気にすべてが崩壊した。

 そこには、もう4.5歳の子供くらいの大きさしかない、無表情に近いサイーナがいた。どう見ても、もう先ほどのすさまじいほどの殺気はない。

 それに、クリファーナが落ち着いて言った。

 「やっぱり、壊されてたね」

 「もう少し、浄化スピードが遅れてて欲しかったな、あんないたいけな子供の姿してたら俺は斬れないぞ?」

 「僕もしにくいなぁ。でもこのままほっとくわけにもいかないしなぁ」

 「全く嫌な奴らだよなぁ、完璧じゃない魔法で、あれだけ浄化させるなんて。悪霊を中途半端に浄化しないでくれるかな?ああするといいこと始めちゃう可能性あるんだけどなぁ!」

 マオーはこれみよがしにハリスとクリファーナに聞こえるように言い、それから、大僧正のような低い響きで、呪文を唱えだした。

 それは、大地豊饒神ヴァラの生の営みを謳った葬送のための浄化呪文。

 全ては土から生まれ、土に帰る。

 その呪文を受けて、サイーナは更に小さくなっていった。そして、赤ん坊の姿になり、極上の笑みを見せると、夕陽が海に沈んだ直後のように、きらりと光り、すーっと消えた。

 あとには、何とも言えない神聖な空気が醸し出された。

 


「なんで魔王が浄化魔法なんて使えるのよ」

 神聖な空気は、ミレフィオリによって破られる。すでに、いつものミレフィオリ嬢の声だ。

「だって、悪意のなくなった悪霊なんてかえって邪魔だろ?いいことなんかはじめられても俺が困るし。だからそう言う奴はとっとと成仏してもらおうと思ってさ」

「そう言う問題なわけ?」

「そう言う問題なわけ」

 マオーはそういうが、実際の所はそうではなかった。元が悪霊と言うだけあって、ヘタしたら再び怨念を集め復活する可能性があるからだ。それを知っているハリスとクリファーナは、苦い顔だ。そしてハリスはクリファーナに問う。

 「そう言う問題なわけか?」

 「浄化魔法なんてそれくらいの理由で会得できるもんじゃないけどね」

 「いいのかよ、あれが魔王で」

 「いいんじゃないかな?浜辺から出られないように魔法をかけて、住民に被害がないようにさせたのはいいけど、自分の力加算させて、サイーナの怒りを思いっきりぶちまけさせたら、サイーナの気がちょっと済むから浄化魔法かけやすかったのも分かるけど、僕らを危険にさらしたのは間違いないし、おかげで魔法陣は壊されるし?魔王の所為で壊れたようなもんだよ。いっつもあんなことしてるのかな?」

 ぷーっとふくれっ面をしているクリファーナに、漁師が弁解するように言った。

 「本当はこの辺の聖戦士じゃ勝ち目ないから、マオーが『浄化』してもいいんだけど、そうすると聖戦士の顔をつぶすことになるからな。だからまずサイーナの悪気を減らさないと駄目なんだ。マオーは、あまのじゃくだからわざわざ憎ったらしい方法取るから、教会の戦士には『悪魔』扱いされるんだ。今回はしなかったけど、いつもは分からないように戦士を援護&サイーナの力の制御してるよ。君達には必要ないと思ったみたいだけど」

 と、漁師の言葉。さすが魔王の友達やってるだけあるなと、思う一言である。

 「手助けしてくれた方が嬉しかったけどな」

 「だね」

  そのセリフを聞いていたミレフィオリ嬢が、呟くように言った。

 「クリファーナ、貴方魔法が使えるなんて聞いてないわよ」

 「そりゃ、僕は賢者役だもの。魔法は姫さまの領分だから本来は僕の役目じゃないの。でも今回は姫さまがいなかったから仕方なく代役で出ただけだよ。僕たちのパーティーでは誰がどう言ったって姫さまが魔法使いなんだよ」

 にっこりのんびり笑顔でそう言われるとミレフィオリの顔が熱くなる。それを隠すかのように、ミレフィオリはハリスに向かって言った。

 「なんでそんな高級な剣持ってるの?お父様から支給されたものじゃないでしょう?」

 その質問に、ハリスは少し考えてから答えた。

 「そりゃー、俺が勇者役だからじゃない?」

 「そんなの理由になってないわよ!」

 それ以上のミレフィオリの言及を避けるために、ハリスはミレフィオリの次の言葉が出てくる前に言った。

 「それより、マオーは?」

 ん?とミレフィオリが見ると、確かに今しがたまで居たマオーがいない。

 「その刀で退治される前に逃げとこと言ってた」

 と、クリファーナがにこやかに言った。

 見れば、マオーは遙か彼方を走っていっている。

 「はっ、そう言えば、私達は魔王退治のために旅をしているんだったわ」

 少なからずショックを受けた姫君を横目で見ながら、それをフォローするかのようにハリスは言った。

 「追いかけますか、正義の味方として。(漁はもう無理だな。)」

 「当たり前でしょう!」

 そう言い、ミレフィオリは魔王を追いかける。

 「待ちなさい!魔王~~!!」

 ハリスは再びクリファーナに己の刀を預けて、ミレフィオリの後に続いた。

 全てが朝日に包まれる。

 光り輝く海が、何もなかったかのように、いつもの新しい1日を告げる。

 空はどこまでも高く、頭の上に広がっている。


fin

タイトルの「つれづれ日記」は、「徒然」だったり、「連れ連れ」だったりです。


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