魔王のアジト
いつの間にか、日暮れが近くなっている。
勇者一行は魔王を先頭に、まるで観光ツアーのように並んで歩いている。まさにその通りで、どうやらここは魔王の本拠地のようだ。道行く人に魔王はしょっちゅう声をかけられ、そして隙をみては勇者達を撒き、また追いつめられを繰り返し、ようやくあきらめた魔王が観光案内よろしく勇者達を後ろに従えているのである。
「おっどろいたー。みんなあんたが魔王って知っててアットホームのつきあいするのね。あんたの本名がマオーってことにもびっくりだけど」
ミレフィオリの言葉は、勇者パーティーの代弁だった。そう、魔王の本名はマオー・ツォイゼ。意外にも本名なのだ。
「うん。いい町だろー。それより、なんでまだ付いてくる?」
「だってここ、お前の故郷だろ?敵の家を見ておかないと」
「魔王の日頃の暮らしってのも見てみたいしね」
と、ハリスとクリファーナが興味津々で答える。
それにマオーは、間髪入れずに
「だめ!!」
と、拒否した。
「人の家にいきなり来るな!!常識ってもんだろ?」
「家の中にはあがらないぞ?」
「それでも駄目!」
「ふうん?まあ、そんなに言うなら諦めるか」
と、ハリスがクリファーナと顔を合わせて言おうとしたとき、
「怪しいわね」
と、ミレフィオリのにやりとした声が聞こえた。
「来るなと言われると余計に行きたくなる♪それにね、魔王の家に適応される、不法侵入禁止の法律はないのよ?」
「この国は司法国家じゃないのか?! 絶対駄目だ!!お前ら勇者一行が来ると色々大変なん…」
そこでマオーは自分の言葉のミスに気づく。だが、もう遅い。遅すぎる。
「ふうぅぅん?何が大変なのかな?」
ああ…、ミレフィオリの極上の黒い笑みが魔王を抑圧している。
勇者にすがりつく魔王、なだめる勇者。
王は配役ミスをしたようだ。
ミレフィオリの脅しに屈して、マオーはそのままハリス達を連れて我が家へ帰宅した。
勇者様ご一行お着~き~。
「嘘でしょ?」
人の家を見ての第一声がそれとは、ミレフィオリは大変失礼ですが、
「何よ、この家はーー!!」
「声がでかい!気づかれる!もういいだろう?帰れ!!」
想像力豊かな彼女に、現実の魔王の家はちょっと酷だったようで。
だが、ハリス達もいささかは驚いている様子。一応魔王の住処の外見を話しておきましょう。
街全体が見渡せる小高い丘の上にある住宅街の一画。家の前の道は石畳みがひかれて、ゴミ一つなく、家の前には綺麗に花が植えられ、嫌になるくらいセンスが光ってます。実際のお家は白い漆喰造りの2階建て3軒続きの長屋のうちの一つ。一般庶民の住む洒落た住宅街。まあ、隣の家に貸家の張り紙があったり、斜め向かいの家が売家になってたりするのは気にしないでおきましょう。
「信じられない。超普通。普通過ぎる。断崖絶壁のお城は?コウモリは?いかめしい門は?」
現実を受け入れられないミレフィオリが、ブツブツとつぶやく。
「だから、物語の読み過ぎ。ほら、帰れ帰れ!今日の宿だってあるだろ?」
「嘘よ、そう、嘘よ。ねえ、そこの扉開けたら、異世界に通じてたりするのよね?」
「通じてない。普通の家だ」
「じゃあ、異形の執事が出迎えてくれるのよね?」
「出迎えない!執事雇うような人件費ない!」
「嘘よ、じゃあなんであんた魔王なのよ?!」
「家業だからだ!現実受け入れて、いい加減帰ってくれ」
そのとき、中から扉が開いて、そこそこ美しい中年の女の人が出てくる。
「ああ、やっぱりマオーだったのね。おかえり。遅いから心配してたのよ」
マオーはもう脱力感を隠すこともなく、母親の出迎えを受けた。
「いろいろあってね」
「いろいろ?あら、その方達は?」
やっぱり見つかった、と思いながら、魔王は涙ながらに紹介する。
「ゆ…、勇者一行」
「ゆ、勇者ですってぇーーーーーーーーー??!!」
ガラガラドッシャーン、ピッシャーン、ドッスーン。
雷を落とすくらいびっくりしたお母様。だがその後が凄かった。
「なんと、このようなむさ苦しいところに!!ああ、もったいなや、もったいなや、どうぞお入りになって!大したもてなしも出来ませんが。マオー!早くお茶をお出しして!」
「あの、俺、息子さんの敵ですよ?」
さすがの展開に、ハリスもびっくりしながら、なんとか言葉を絞り出す。
「なんと!このような息子を敵と思ってくださるなんて!至上の幸せ!!生きててよかった!!」
歓喜感涙の母上様に、さすがにハリスもマオーの心境を察知せざるを得なかった。
「駄目って言った意味が分かった。大変だな、お前も」
「ハハハ…」
「マオー!何してるの!お茶!!」
「はい!」
魔王も母には逆らえないようで。
紅茶の香りが漂うテーブルを囲みながら、ハリス達は歓迎のお茶を受けているところだ。
マオーの母親はハリスの横に陣取り、興奮気味にこれまでのことに耳を傾けた。
その間、ずっと勇者パーティーは、本当に英雄にでも向けるような期待と興奮の混じったまなざしを向けられ、若干やつれぎみだ。
穏やかな(?)談笑が過ぎたところで、母親はふと思い出したように、
「今夜の宿はもうお決まりですの?」
とバラをまき散らしながら少女のようなキラキラ目で質問してくる。ハリスはもうすでに引き腰だ。
「いえ、まだ…」
「じゃあ、よろしかったら、うちにお泊まりになりませんか。何も出来ませんが」
「そんな、ご迷惑な…」
と、ハリスが辞退しようとしたとき、マオーが言った。
「泊まってけよ。もうお前らの分の夕飯も用意しちまってるぞ。一応客室もあるし」
「さっき来るなって、言ったろ?(この状況見て、引き留めるなよ)」
「お母ちゃんに会って欲しくなかっただけだから。(いいじゃん泊まってけよ。何も悪いことしないしさ)」
にたぁ、と魔王。まさしく悪魔の笑顔。
「ひょっとして、マオーが料理作るんですか?」
お茶出しの件もあり、クリファーナがそれに食いついた。それに、マオーはニッと笑い、
「おう。料理にはちと自信がある」
と喜々として言った。
「毒入れる気じゃないでしょうね」
ミレフィオリの至極真っ当な意見に、マオーは、
「毒薬は許可制でないと売ってくれないだろう?」
といぶかしむ。
「寝首をかかれるとか」
さらに突っ込みを入れるミレフィオリに、ついにはマオーも癖々したように
「姫サマは俺を暗殺者にしたいのかね」
と呟いた。
結局ハリス達は若干押し切られる形で、なんと、敵地も敵地、魔王の家に一泊することとなる。たいそうな歓迎をうけ、本当に何事も起こらなかった、七不思議にも数えられそうなお話である。姫様も本当に退治する気があるのかないのか。
そのうちもっとも驚いたことは、マオーの料理が、花をまき散らし、天使を飛び散らし、富士山を爆発させ、虹をかけるがごとくの料理であったことだ。
カチャカチャカチャ。
夕食後しばらくたってから、窓を通しながらも夜の闇を蹴散らすように灯る台所の明かりを照らしている家からお皿を洗う音が聞こえる。
ハリスとミレフィオリはお母様に捕まっているので、ここで作業をしているのはマオーとクリファーナだ。
クリファーナの洗い上げた食器をマオーが拭いて、食器棚に片づけている。おかげで作業が早い。だいぶ片づいた頃、
「あのさ、1度聞いてみたかったんだけど、」
と、マオーは遠慮がちに口を開いた。
「お前らってさ、本当にテキトーに選ばれたわけ?『白羽の矢大作戦』って、白鳩の足に役割書いた紙つけて飛ばして、最初に降りた屋根の家の住民が『勇者』なり、『賢者』なり選ばれるわけだろ?本当なのかと思って」
「よく知ってるね。勇者の選び方」
「王が教えてくれたからな。『無差別白羽の矢大作戦』に選んだから大丈夫だろうけど、こいつらに気をつけろって、絵姿までくれたぞ」
「本当に?ずるい。僕たちはなんの情報ももらえなかったのに」
「その割によく見つけたな」
「目立つ事するからでしょ。僕たちは本当に『白羽の矢大作戦』で選ばれたんだよ。なんのどっきりかと思ちゃった。姫様は立候補」
「立候補?あいつ『魔法使い』なんて大丈夫なわけ?」
「マオーが魔王である限りは大丈夫なんじゃない?」
「ハハハ。いつ豹変するか分かんないぞ」
乾いた笑いのようにも、己自身への嘲りの笑いにも聞こえたその声をかき消すように、リビングからお母様のお茶の催促が聞こえた。
マオーはそれに答えてお茶の用意をした。
で、結局何も起こることもなく過ぎた一夜。昨日の晩、お母様につきあって夜遅くまで起きていたハリスは(それでもマオーが、ハリスは明日早いとお母様を説得してくれたから寝れた。)ハリスに合わせて起きてくれた(本人は健康のため早寝早起きを心がけてるって言ってるけど)マオーの作った朝食を食べて、クリファーナとマオーの見送りを受けて元気に港に向かった。
「さて、俺は朝の祈りでも捧げるかな」
ハリスを外まで見送って、日はまだ昇らないけれど、だんだん明るくなっている空の下、マオーが独り言のように言った。
「え?祈りって、神に?マオーって、何教の信者なの?邪教?」
「ヴァラ神教だよ」
ズルッ。
ズル?なんの音だと、二人が顔をしかめながら音のした方を見ると、そこには腰の力が抜けた姫様がいた。
「どうした?姫サマ、腰抜かして」
ゴキブリでも目の前通った?
「ちょっと!!」
怒っている。ゴキブリではなさそうだ。
「ヴァラ教ったら、国教よ、国教!!魔王がそれ信じてどうするの!!??」
「信じた宗教がたまたま国教だっただけだろ!!偏見持ってんじゃねーよ!」
「魔王が神を信じるものなの?」
「信じちゃいけないなんて誰が決めたんだ!俺はこのへんで一番信仰心が厚いことで有名なんだぞ!!」
つーんとして、ちょっと偉そばる魔王。
へえー、とクリファーナは感心顔だが、ミレフィオリはもうどうでも良くなってきたらしい。いつもの突っ込む元気もなくし、現実逃避、もとい話を変えることにしたらしい。
「暑いわね」
夏だから。
「そうだね。でも風があるからまだ…」
と、クリファーナが答えると、マオーがこちらがびっくりするほどの声を上げた。
「風!?」
そういえば、わずかに感じる風がある。マオーの顔がにわかに青ざめる。
「今は朝凪の時間帯だぞ?……そういえば!!」
ハッと顔を上げ、ハリスの過ぎ去った方向を見る。
それに「何?」と言う顔をしていたクリファーナだが、ハッとしてマオーに確認するかのように言った。
「……まさか、昨日言ってた『アレ』って!!」
マオーが走り出すのと同時に、クリファーナも走り出す。
「ちょっと、なにー?」
ミレフィオリの声が後ろからした。
クリファーナの足は速かった。
マオーがハリスに港の位置を教えているのを横で聞いていたため、クリファーナはマオーを置き去りにしてどんどん進んでいく。
潮の香りが一段と強くなり、目の前に海が開けた。
砂浜が、見える。
その遙か遠くに、ハリスと漁師が舟に向かって歩いているのが見えた。
クリファーナは防波堤の上をハリス達に向かって走り出した。
もう、空気が揺らぎだしている。