勇者と魔王の関係
ばんっっっ!!
「ちょっと、聞いてるの!?」
ちょうど昼時、海に面した地方のちょっとにぎわう町中の、庶民の食堂からその声と机を叩いた音は聞こえた。
その文句を聞いた少年は見ていたメニューから顔を上げ、めんどくさそうに言う。
「聞いてるよ、たっくうるせーな。もっと静かに話せねーのかよ。他の人の迷惑も考えろよな」
案の定、この大きな声は店内どころか、開け放たれた店のせいもあって外の人にも聞こえ、ひとしきりじろじろと見られる。
少年の名はハリス・フィーラー、17歳。ちょっと茶色みがかった黒髪は本来のものではなく、日焼けしたもののようだ。この少年、実は魔王を退治するために国によって選ばれた勇者である。
「そうだよ、他の人の迷惑も考えなきゃ」
そう言うもう一人の少年は、クリファーナ・ラトゥス。17歳。ブロンドのおかっぱ頭のやんわり顔。ほのぼのとした感じからは受け取れないが、こちらも国によって選ばれた賢者である。そんな彼は、メニューを見ながらハリスに問いかける。
「ねえ、クバスコって、何?」
「タバスコ」
「タバスコ?タって、こんな字だった?」
「一応な」
「まいったなー、また勉強しなきゃ…」
こういったまじめにかわされる会話は、残念ながら少女には血管が切れる危険な原因である。
「だったら、私の言うことにも耳を貸して欲しいわね。分かってる?私達は、魔王を退治する為に旅してるのよ?のんびり観光しにきてるわけじゃないの」
さっきから苦情を訴えるこの少女はミレフィオリ・エルバ・フィルヴィーヌ。同じく17歳。この国の王女様だが、自分から申し出て無理矢理魔法使い役になったいきさつがある。
要はこの3人、魔王を退治するために旅をしている、いわゆる勇者パーティーなのだ。ミレフィオリが怒っているのは、勇者と賢者にやる気がないからだ。既に魔王とも幾度か対峙している。だが、その度に逃がしている。今回も、魔王の情報を数日前から聞いているのに、積極的にその地へ行こうともしない。
「だからって、腹が減っては戦はできねーじゃねーか」
「それはそうだけど、」
と、ハリスの反論に、お腹の虫を鳴らしながらミレフィオリ嬢は口をつぐんだ。それでも大きくため息をつきながら、愚痴をこぼす。
「これで本当にいいの?」
「いいんじゃない?別に。誰も困ってないし」
「私が困ってるわよ!!」
と、更にミレフィオリが声を荒げようとしたとき、その目が一人の町行く人に焼き付きそのまま人物の動きに合わせて動いていく。
なんだと思って少年2人が見るとそこには、
「魔王!!」
そう呼ばれた人物はくるっと振り向いて、いささか驚いたように答えた。
「おお、勇者とその一行」
「魔法使いとその一行って言ってくれる?」
ミレフィオリの講義は誰もきいてくれなかった。
魔王と呼ばれた人物は、くりくりした大きな目の、小柄でなかなかに可愛い顔立ちの少年である。耳元の、春の日差しを受けて輝く 若葉のような緑色の石のピアスがよく似合っている。だが、どうも格好がおかしい。
手には大きな買い物かご。その中にはトマトやらキュウリやらが入っている。
「なにやってんだ?こんなとこで」
その格好に疑問を持ったハリスが近寄り、問いかける。
「何って、夕飯の買い出し」
その答えに、ハリスはわずかばかり眉間にしわを寄せた。
「なんで魔王が夕飯の買い出しなんてやってんだ?」
「魔王だって生きてんだから、食わなきゃ死んじまうだろ?」
「そうじゃなくて、なんで魔王自らそんなことやってるのかって聞いてんだ」
「節約。人件費高いしさ。自分で出来ることは自分でする」
「なるほど、えらいなーお前」
ハリスが素直に感心してると、その話を聞いていたミレフィオリ嬢が脱力しながらも一応つっこんだ。
「あんた、本当に魔王?」
「生粋だ」
ピース☆
それに勢いを取り戻したミレフィオリはやっぱりまくし立てた。
「どこがよ!魔王って言ったらね、普通は、天候が一年中悪い断崖絶壁に建つ城で、赤ワインを片手に魔法使いにやられていく手下共に腹を立てていけなきゃいけないのよ?」
「偏見持ちーー!!物語の読み過ぎー!!」
魔王のヤジはミレフィオリにはまったくもって無視される。
ミレフィオリの怒りはそれだけでは収まらず、勇者にも飛び火した。
「だいたい勇者は勇者で正義感ないわ、剣の鞘も抜かずに魔王に向けるわ、 「直接向けたらあぶねーじゃねーか、なあ?魔王」
魔王と会っても楽しそーに話し出すわ、 「お前のそういうとこ好き」 そう、賢者も、ふわーとしてて、なんか頼りないって言うか!!なんか和み系なのよ賢者が!」
従兄弟でもあるクリファーナの文句を言われたのが気にくわなかったのかハリスはそれに講義する。
「文句はおめーの親父さんに言え」
ハリスの講義で自分の父親を悪く言われたミレフィオリは、ハリスとの言い争いに方向を転換した。
「お父様はなにも悪くないわよ!!あんただって仮にも選ばれたんなら剣の修行の一つもしたらどうよ!」
「落ち着いて、ここ町中!」
クリファーナの戒めは耳を貸してもらえない。
「付け焼き刃の剣術なんて余計に危険だろうが!それに何が『無差別白羽の矢大作戦』だ!特に目立って悪いことはしないが、魔王が居るのは国の威厳に関わるから、とりあえず誰でもいーから退治に向かわせようだ?一般人巻き込みやがって。買収された俺の身にもなれ! 「ここ町中だってばー!!」 だいたい、一番悪いのは魔王だろ?堂々と魔王なんて名乗りやがって」
「しかたないだろ、それが家業だったんだから!」 「聞いてるのー!!」
「継いでんじゃないわよ、んなもん!」 「ねえってばー!!」
その時、正論をはいたミレフィオリの肩にドン、とぶつかる少年がいた。
「おっと、すまねぇ」
と一応謝罪の言葉を述べてから、そのまま立ち去ろうとする。その少年を魔王が呼び止めた。
「待ちな」
「なんだよ」
黒く日焼けした少年は振り向きざまに答え、魔王を見て、
「あ!!」
と声を上げた。次の瞬間。
「マオーじゃねーか!!いつ帰ってたんだ?」
「ついさっき」
と、お互いひしと抱きしめあい、周りのことなど全く気にせず感動の再会を喜ぶ二人。ひとしきり感動の再会をすますと、魔王の雰囲気が一瞬変わり、
「懐のもん出してから、教会行きな」
そのセリフに驚いたのは、少年と姫様。
ミレフィオリは思わず自分の懐に手をやり、財布を確かめる。
少年は、
「なんで分かったんだ?」
と、にこやかになぜか厚みも感じないのに、懐から大きな魚を取りだして、魔王に渡す。
当然ミレフィオリの財布は無事だったようで。
「いやー、助かったよ。お前ん家に持っていこうと思ってたからさ。用事が一個片付いた」
「わーい。いつもありがとー。魚の臭いしたから、そうかなーって思って」
「教会行くってのも、よく分かったなー」
「急いでたから。また、アレか?」
「ああ、最近多くてな。今日は何事もなく終わったが、とりあえず報告しとこうと思ってな」
その場の雰囲気が一気に重くなる会話がされた。
「アレ?」
興味をそそられたのか、クリファーナが問いかける。
「ああ、あ!」
と、日焼けした少年は嬉しそうに魔王を見て言った。
「そうだ、今はマオーがいるんだ。マオーに退治してもらおう!聖戦士より頼りになる!」
「だあほ!俺が『退治』してどーするんだ。俺、一応魔王だぞ?そのセリフはそこの勇者に言え」
少年は魔王が指し示したハリスを見て、多少びっくりしたように言った。
「おお、貴方がマオーの宿敵ですかー。お話しは常々。ご苦労様です。あ、はじめまして。マオーの友達ッス」
「勝手に宿敵にすな(お話しって何話してんだ?)」
と、ハリスは挨拶も無視して座った目で抗議。
「それより、お前は漁師だな?」
いささか凄味の利いた声で問いかける。
「そうだが……」
疑心暗鬼に答える少年。
「突然で悪いんだが」
ひとかたならぬ緊張感が当たりに漂う。
ごくっ
「明日、漁に出るなら俺も連れて行ってくれないか?」
ハリスの真剣そのものとは裏腹に、さすがの少年も肩の力を落とす。なんだったんだ。さっきの緊迫感は。
「は?なんで?」
「俺は漁師なんだよ!王、もとい魔王の所為で一年も漁に出れてないんだ!魔王の友達なら責任とれ」
むちゃくちゃな言いがかりに、クリファーナは、ハリスは両親に舟一隻で国王に売られたんだっけと思い起こす。
元漁師が勇者なんだと少年が驚くこともなく納得しているのは、いくら勇者の選び方が公表されていないとしても、国民にとって勇者の存在=(イコール)魔王の存在はどうでもいいものらしい。
「なんかよう分からんが、じゃあ、明朝4時に港の南に来な」
「ありがとう!!」
その返事に、ハリスは顔を輝かせ、その少年を満面の笑みで見送った。