少尉の盗賊退治 ①
ミリィがリットラントに来て3ヶ月が経った。ミリィはこちらの生活にも慣れた様子で、田舎暮らしを満喫している。
最初のよそよそしい、大人っぽさはなくなり、僕にだけだが…子供っぽいわがままも言うようになった。
ただ、気になることが一つあったミリィとセロアがお互いに距離を置いているように感じることだ。
最近は、ミリィと遊びに行くことも増えたが…その場にセロアが同行することはなかった。何か遠慮しているように感じた。
一度、セロアに何故一緒に来ないのか聞いたところ…「お邪魔でしょうから」との答えが返ってきた。
完全に拗ねている時の、そんな対応だった。なんだ?ヤキモチか?いやいや、それなら嬉しいが…7歳の子供にヤキモチは妬かないだろう。
そんなことはないと言っても、セロアは一緒に行くことを固辞し続けた。
そのため、外に遊びに行く時はミリィと二人で行くことが多くなった。
いつものように、外出する。ミリィの魔術の訓練のためだ。ハッキリ言ってミリィに魔術の才能はないと思った。魔力の量が少ないのだ。
この3ヶ月基本的なことをやってきたが、簡単な風魔法をコントロール出来ないでいた。
ただ、セロアに聞いたところ、むしろ人族では干渉できるだけで、かなり才能がある方でラースが異常なのだと言われた。なので、気長に教えることにした。
ミリィが起こした旋風が、目標の丸太を真っ二つにした。
「やった!見た?ラース出来た!」すごい嬉しそうにミリィが言う。
「おめでとう。」嬉しそうにしているミリィを見て嬉しくなってしまう。なんだ…自分が出来た時よりも嬉しい。
なんだろう…今の自分はミリィより年下だけど、前世で戦争もなく子供が生まれていたらこんな風に感じていたのだろうか?
まぁ、とにかくミリィに愛着が湧いてきたのは確かだ。初めての友人としてミリィは大切な存在だ。
「それじゃ、魔法のコツも掴んだようだから、お昼にしようか?」1度の成功で、コツを掴んだらしいミリィにお茶を手渡しながら提案する。
「いいわね!ちょうどお腹が空いていたの」
丁度いい岩に腰掛けて、セロアの作ってくれた弁当を広げる。
「わぁ、いつもながら美味しそうね。」
リットラント家には専属の調理人がいるので、普段は料理をしないセロアだが家庭料理は上手だ。
「そうだね。なんでも出来るからねセロアは」思わず自慢したような口調になってしまう。
「…そうだね。」食べながら、少し歯切れが悪くなるミリィ、こちらは、セロアと違ってわかりやすい。単純な嫉妬であろう。
「ら…ラースはセロアさんが好きなの?」
「ああ、好きだよ」
「…ええ、やっぱり…そうなんだ」
目に見えて落ち込んでいるミリィ
「でも、ミリィも好きだよ」とりあえずフォローを入れておく。
ミリィはしばらく目を白黒させて顔を真っ赤にした後、僕の言った好きが自分の好きと違うことに気付いて冷静になった。
「そういう意味じゃなくて…あーもう、私はラースがセロアさんのことを女性として好きか聞いているの。」
ミリィは賢い子だが、非常に反応が読みやすく、表現もまっすぐだ。話していて面白い。
ミリィが本気なのは伝わって来るのだが…7歳そこそこで女性として好きと聞かれてもな。前世で女を知らない訳ではないが、今のところ必要性は感じていない。(そもそも性欲がまだそれほどない。)
確かにセロアに対しては、恋愛感情以上の親愛の情を抱いていると言っていい。
ただ、それが女性としてかと聞かれるとそうではないだろう。もし、僕が望めばセロアは応えてくれるかもしれないが…
ただ、僕はそのつもりはない。恋愛は適齢期になったらすればいいと考えている。
子供の時分から、恋愛で悩まされて時間を無駄にするのはごめんだね。なので、誤魔化すことにする。
「えーと…女性として好きってなに?」
「う…それは…結婚したいとか?ずっと一緒にいたいとか思うことよ。」
「セロアともミリィともずっと一緒にいたいと思ってるよ。ただ、僕はまだ子供だから結婚とかはよくわからないや。」ワザとらしくとぼける。
「うーー!もういい!」誤魔化そうとしたことに気付いたのだろう。少し怒らしてしまった。
ズカズカと山道を進んで行ってしまう。ミリィ…
「危ないから、そっちに行ったらダメだよ。」引き止めようとするが…
「うるさい!ついてこないで!」子供扱いされている様に感じたらしい。火に油を注いでしまった。
ミリィは一見大人びており、自分でもそうあろうとしているが、公爵家の一人娘で甘やかされて育っている。
そのため、プライドが高く、思い通りに行かないことに慣れていない。
そのため、この様に機嫌が悪くなり、爆発してしまうことが何度かあった。
こちらが謝れば簡単に機嫌はなおるのだが、それではミリィのためにならない。
謝るにしても、もう少し時間を置いて…頭を冷やさせてからでも遅くないだろう。
幸い、この辺りには危険な動物もいないし、ミリィもそんなに遠くには行かないかいはずだ。まぁ何処にいても魔術で探せばすぐに見つかるのだから…
そう考えて、昼下がりのポカポカとした陽気に、少し眠気を感じたので昼寝することにしたーーー
ーーー目を覚ます。1時間ほどすれば怒り疲れたミリィが戻ってくる。それがいつものパターンだった。
ただ、すでに2時間ほど経っている。嫌な予感がした。風魔法で周囲を捜索する。
半径1kmぐらいを探ったが、ミリィらしい気配がない。
嫌な予感が焦りに変わる。すぐに広範囲の捜索を実施する。いた…南東の方角に…気配がある。
しかし、おかしい…大人の男数名と一緒にこちらとは逆方向に歩いている様だ。
急いで、追跡を開始する。付近まで馬で近づき…その後は徒歩で近づいた。すると、声が聞こえてきた。
「うるせぇ、黙れ!」小太りの男がミリィの腕を掴み、引きずる様に歩いている。こんな領主の屋敷直近に盗賊か?完全に油断していた。
「嫌…グス…離して!汚い手で触らないで」
「何してんだ、グズグズするな!」前を歩いていた男が小太りの男を怒鳴りつけた。
「…すいません。目を覚ましたみたいで急にあばれだしまして…このガキ…お前のせいで怒られちまったじゃねぇか。」
そう言うと小太りの男がミリィの頬を叩いた。生まれてこのかた叩かれたことなどなかっただろうミリィは泣き崩れる。
「痛い!…ヒグッ!ヒク…」
泣きながらも相手を睨みつけているのは流石だ。
「おい!商品を手荒に扱うんじゃねぇ!まったく、女のガキ一人抑えられねぇのか?」また、怒鳴られる小太りの男…ただもうそんなことはどうでもいいだろう。あの豚野郎は今から死ぬのだから。
ミリィが叩かれた瞬間、一気に頭に血が昇ったのを感じた。魔法で殺そうと考えたが、ミリィを巻き込む恐れがあるため腰の短剣を引き抜いて音もなく近づいた。
まずは、ミリィの安全を確保するため小太りの男を確実に殺す。そう考えて、短剣で男の首を刎ねた。
「ふぇ!?」間抜けな声を出して首が転がる。
状況を理解していないミリィを抱き寄せて小太りの男の身体を蹴り倒す。
「ぐす…ラース…ぐす」よっぽど怖かったのだろう泣きながら縋り付いて来るミリィ。
その時、小太りの男が倒れる音で前を歩いていた男達がこちらに気付いたようだ。
「おい!何転んでんだ?…さっさとガキを連れて…ん?なんだガキが二人に増えてやがる。げっ!?」
その時、男は小太りの男が死んでいることに気付いたらしい。
「おいおい、使えねぇとは思っていたけど…まさかこんなガキに殺られる奴があるかよ…おい!嬢ちゃん…剣を持っているってこたぁ!お前が殺ったのか?」
は?嬢ちゃん…剣を持っているのは僕だけだ…何か勘違いしているらしい。まぁ、いい
「そうだ、今なら見逃してやる!さっさと失せろ。」
「はっ、威勢のいいことだ。不意打ちで豚を一匹殺したからって調子に乗るなよ。まぁ、お前もそこそこ高く売れそうだから武器を捨てるなら…手荒には扱わねぇ。まぁ、売られた先では知らんがね。」
まぁ、予想どおりの反応だ…どっちにしろ逃がすつもりなどない。怒りで冷静さを失っていたので、少し冷静になる時間が欲しかったのだ。
目標を決める。第一目標:ミリィの安全確保、第二目標:敵の無力化、第三目標:情報収集…よし、相手は5人…剣を構え直し、睨みつける。ミリィは僕の後ろに隠れているので激しい斬り合いは出来ない。
「交渉決裂かぁ?じゃあ、後悔しろぉ!」その言葉とともに男達が切り掛かってきた。
男達が斬り掛かってくる中、僕は準備していた風魔法を解き放った。
そして、喋っていた男を残して残りの全員を吹き飛ばす。力加減が難しいので、死んだかもしれないが知ったことではない。
喋っていた男には加減しすぎたらしい、向かっては来ないがその場に踏み留まっている。
「…お…おい!何したガキ!」かなり焦っているようだ。
「黙れ!最後の忠告だ。大人しく投降すれば、手荒な真似はしない…ただ、衛兵に引き渡した後は知らないけどね。」
さっき男が言ったことをそのまま返してやる。
「くっ…調子に乗るなぁ!ガキが!」
男が切り掛かってくる。ただ、その斬撃はラースに届くことはなかった。ラースが防御魔法を展開したのだ。
「ば…馬鹿な、中等魔法だと?そんなもんこんなガキが使えるわけねぇ…」
この距離なら、力加減を間違えることもない。そう考えながら、風魔法を放ち男の意識を刈り取った。
その後は、泣き止まないミリィを慰めながら、リーダー格の男を捕縛し父の私兵を呼び引き渡した。
僕としたことが、平穏な生活に慣れすぎて危機感が喪失していたようだ。ミリィをあんな危険な目に合わせてしまうなんて…猛省しなければ…。
とはいえ、こちらに来て初めての戦闘であったが、概ね合格点だろう。小太りの男を倒し、ミリィを抱き寄せた時点で魔法で全員殺すことも出来た。
それをしなかったのは、男達が人身売買に関わっていることが会話からわかったからだ。
リットラントでは盗賊による人攫いに頭を悩ませており、ゼロフィスがその情報を欲しがっていたのである。
情報を聞き出すため、リーダーが誰なのかわかるまでは不要な攻撃はしなかったし、リーダー格の男が死なない様に加減したのだ。
それともう一つ確認したいことがあった。戦闘下で魔法を正確にコントロール出来るか確認したかったのである。結果は良好であった。
概ね満足のいく結果だった。屋敷に帰ってから…セロアにこっぴどく叱られたことと、ミリィが怖くて一人で眠れないと、僕と一緒に寝ようとするようになった…以外は。