皇帝2
「どうなってる!どうなってる…くそ…ありえん!こんなこと…」
マーシア帝国皇帝カーディナルはオースティンとプロセリアの戦争の顛末を聞いた後、執務室で一人になると込み上げる胃液を飲み込みながらそう喚いた。
報告の内容は寝耳に水…プロセリアとオースティンの戦争は、マーシアがオースティンの新領土…先の戦争で割譲させられた地域で小規模な紛争を開始してから始まる手筈だった。
プロセリアがあの忌々しい小僧を抑えられるとは思わないが…少なくともオースティンは北部と南部両方に軍を割くことになる。
さらに、先の戦争でマーシア軍を苦しめた山脈が今度はオースティンを苦しめることになる。また、オースティンの新領土は攻めやすく、守りにくい地形であり、新しく要塞でも作らなければまともな戦争はできない。
こちらとしては、領土を掠め取り、プロセリアとオースティンが痛みわけで終われば万々歳だった。そのために、経済的に疲弊したプロセリアに軍事経済両面で支援したのだ。
ただ、蓋を開けてみれば、プロセリアは小僧を暗殺しようとして失敗し、それを口実にオースティンから宣戦布告されることになった。
突然のことだったためマーシアも対応できず、慌てて戦争を準備したものの、まるで呼応するかのようにフラレシアが海上封鎖を実施し、西部群島や南部マーシア属州領で武装蜂起が起きた。少数であるが各国から義勇軍も流れ込んでいる。
ただ、それでも領土を奪うため軍を動かそうとした。それが行えなかったのは、事前の偵察と擦り合せるために行った最後の偵察で異変が起きたからだ。
一ヶ月前にはなかった城壁と要塞が突然に出現していたのだ。情報が漏れているとは思ったが、どうやってあの険しい地形に石材を運んできたのか?これほど短期間でできたのは何故だ?
分からないことが多すぎる…浮遊の魔法では長距離を運ぶのは無理だ。身体強化ではアレほどの重量物を運べば体の方が壊れてしまう。
結局…カーディナルは領土の奪還を断念せざる得なかった。国力差があるとはいえ、今の状況でオースティンとぶつかれば、南部大陸と西部群島の全てと戦争しなければならない。それは、避けなければならなかった。
結局、プロセリアとオースティンの戦争を傍観することになった。プロセリアが負けるのはすでに折り込み済みだった。
しかし、戦争終結は予想以上に早く、入ってきた情報は信じられないものだった。グリフォンによる空爆はより戦略的になり、奇襲や夜間に積極的に投入されたのは脅威だが…想定内でまだ良い。
それは、先の戦争で手痛い損害を受けたため、マーシアも研究を重ねており、同じような部隊運用を構想し、ワイバーンを用いた航空部隊を創設している。
問題は魔術銃砲類だ…魔術で作り出した力を鉄の筒で圧縮し、指向性を持たせることで照準を魔術師以外に任せる。魔術士は魔力を注ぎ込むだけに集中でき、その他のことは気にしなくていい。
本来なら魔術はすべての工程を魔術士が行わなければならない。遠距離魔法で言えば、魔術を一定の力に変換し、安定させ、移動させ、目標に想定した効果を発揮させるまでである。
これは、相当の魔力量と集中力がいる。遠距離魔法が爆発や竜巻など広範囲攻撃のみで照準が雑な理由はこれである。
今回の銃砲類と同等の魔術など行える者はいないだろう。何人もの上級魔術士が合同で行うような魔術である。それを数百…大小さまざまな種類があったということだ。
防御魔法を吹き飛ばし、城壁を貫通し、人を肉塊に変える。おそらく魔石を使って増幅しているのだろう。これに対抗するには5年…いや…一体何年必要になるのか?
ここに来て、カーディナルは確信した。マーシアとオースティンの立場は逆転したのだ。今までは、圧倒的にマーシアが優位であった。オースティンは地形に助けられていただけだ…ただ今は違うどのような地形で戦っても勝つのはオースティンだ。
今までは、マーシアがいつ攻めてくるか怯えているのはオースティンだった。しかし、これからは違うマーシアが怯えなければならないのだ。あの恐ろしい小僧が攻めてこないか…
ただ 、あの小僧は何なのだろうか?新技術や新戦略は莫大な予算をつぎ込み、何通りもの方法を試行錯誤した後に人員と予算をつぎ込みようやく出来るものだ。もちろん、偶然に正解に辿り着くこともあるかもしれないが…それはそう何度も起きないだろう。
にも関わらず、あの小僧はまるで正解が分かっているかのように、何の躊躇もなく正答解に資金と人員をつぎ込んでいる。そして、経済にしろ、軍事にしろそれが正解だと分かる結果を出している。
化け物だ…
「あの小僧が未来から来たと言われても…朕は信じてしまえるよ…さて、どうするか…」
あの小僧は…こちらが何をしても対応してくるだろう。はっきり言って八方塞がりだ。とはいえ、対応しなければ求心力を失いマーシア帝国は瓦解する。
皇帝はもう何度目になるか分からない願いを口にした。
「あの小僧が死んでくれればいいのだけど…」
何と後ろ向きな希望だろうか。しかし、そう思わずにはいられないほどラース リットラントの影響力は肥大化している。これでは、数年のうちに南部大陸が統一されてもおかしくない。




