プロセリアでの日々
一週間が経ってもプロセリアからは何の動きもない。二週間などと言わずにすぐ帰ってしまえば良かった。暇なので棄民の少年の様子を見に行くと、おびただしい量の本が運びこばれていた。
「…これは何事ですか?マーチ殿下…」
「いや、この子がすごいんだ。見ろ…。」
そこにはオースティン語で書かれた算術の問題と解答が書かれている。
「…?これがどうしたんですか?」
まったく意味がわからん。
「それ、この子が解いたんだよ。オースティン語もこの一週間で読むことができるようになたんだ。この子は天才だよ…プロセリアが棄民は国民じゃないと言っているなら、私がもらい受けたいんだが…。」
プロセリアに抗議したところ棄民は国民ではないそうで引き取りそのものを断られた。僕が関わること全てに罠があると疑っているのだろうか?
保護した手前、再び棄民にするのが忍びないとマーチ殿下が言い出した。僕は孤児院にいくらか渡して、世話をさせれば良いと考えていたのだが…
プロセリアが馬鹿な画策をするだけで、こちらに接触してこないため暇らしいマーチ殿下が棄民の子に簡単な教育をして、自分で使う部下にしたいと言い出したのだ。
はじめは変な同情心を持つべきではないと考えたが…確かにこれは認めざる得ないな…解答を見れば全て正解…なるほど優秀だ。
「…殿下に出している歳出の範囲でしたら、お好きにしてください。」
渡している予算を考えれば、人を数名雇うくらいの余裕はあるはずだ。ただ、不思議なことにマーチ殿下の目が泳ぐ。
「…それなんだが、予算がもうない。融通してもらえないか?」
「…毎回、疑問なのですが、一体何にそんなにお金を使っているのですか?」
本当は知っている。オースティンで孤児院を運営しており、その運営にお金を回しているのだ。だから、いつもお金がない。
「…今度、話すよ。とりあえず、当面のこの子の生活と教育のための費用を貸してくれないか?」
ただ、この殿下は言いたくないらしい。もしかして、僕が孤児院をやめろと言うとでも思っているのだろうか?だとすれば、心外だ…一言言ってくれれば手助けをするくらいだ。
「構いませんよ。もともとその子の生活は保証するつもりでしたし…ただ、雇うのであれば少しだけ聞かなければならないですね。」
そう言って、僕は棄民の子に近づき目線を合わせる。
「僕はラース リットラントという。君の名前は?」
少し怯えた表情で目を泳がせるが…
「…バルバラです。閣下…よろしくお願いします。」
たどたどしいが、オースティン語でしっかりと挨拶をするバルバラ…この短期間で習得したのか?なるほど、優秀なのは間違いない。
「君を雇おうと思うんだが、君は何ができる?報酬は何がいい?」
「な…なんでもします!ここに置いて、食事をいただければ他に何もいりません。」
「そうか…わかった。衣食住は今まで通り無償で与えよう。仕事は勉強することと…朝と夕に使用人の指示に従って作業をすることだ。給金は月に銀貨2枚だ。」
そう言うとバルバラは目を見開いた。僕はおこずかい程度のつもりだったが、後から聞けばプロセリアの棄民からすれば衣食住と別に銀貨2枚は決して安い額ではないらしい。
「ありがとうございます…がんばります。」
「ただ、我々はオースティン人だオースティンに帰らなければならない。僕に雇われるということはプロセリアから離れることになる。さらに言えば親しい人達がいれば会えなくなるよ。」
「…捨て子なので親はいません。育ててくれた人も仲間もみんな病気や餓死で死んでいません。なので…プロセリアに未練はありません。どうかお連れください。」
「よろしい。頑張って勉強しなさい。期待しているよ。」
そう言って頭を撫でてやる。少し驚かせてしまったようだが、頬を赤らめ嬉しそうにしている。見れば、一週間前に比べて肌ツヤも良く、清潔にしているので何処かの貴族の子息でも通りそうだ。
容姿も非常に整っており、髪が短くなければ女の子と言われても信じてしまいそうだ。
「それじゃ、勉強に戻りなさい。ちょっとマーチ殿下…隣の執務室で話したいのですが、よろしいですか?」
「ん?もちろんいいけど…帰るのは一週間後だろう?何かあったのかい。」
「何…ちょっとした打ち合わせですよ。」
そう言って執務室のドアを開けて、部屋に入るように即す。部屋を締め…諜報や使い魔がいないか確認してから話しはじめた。




