戦争への道
歴史を感じさせる煉瓦造りの庁舎の一室で、プロセリアの有力貴族が集まっていた。
「向こうが断交するというなら、勝手にさせればいいのだ。マーシアが攻めて来たときに後悔するのは奴らの方だ。」
と外務卿のバイエル公爵が言うと、半分の貴族は拍手を送るが、もう半分は渋い顔をしている。
「オースティンの態度は不愉快ですが、我が国が行なった貿易制限は逆効果でした。このまま、貿易を制限すると国の経済が破綻します。いや、既に破綻している。早期にオースティンとの貿易を再開できるようにすべきです。」
「ならば、オースティンの言い掛かりも認めねばならないのですぞ。今回の貿易制限については謝罪だけでなく、賠償金も求められるでしょう。何より、我が国の面子が立ちません。」
「短期的にはマイナスでも、長期的には謝罪してしまった方が利益が大きいのだから謝罪すべきです。」
「…マーシアと戦争になれば向こうから、同盟を求めてくるはずだ。それを待てばうやむやに出来る。」
「オースティンとマーシアとの戦争はいつ始まるのですか?聞けば、南部マーシア植民領で反乱があり、その鎮圧に時間がかかっているのですよね?植民領の反乱を裏で支持したフラレシア王国とマーシアの関係も悪化していると聞いていますが?」
「…それはそうだが、遅くとも10年以内にはオースティンに再侵攻するでしょう。」
「10年か…なるほど素晴らしい。その間に我が国の数え切れない人民が路頭に迷うことになりますよ?」
「いっそのことラース大公爵を殺してしまえば、少しは交渉が楽になるのでは?聞けば、筆頭書記官には北部派閥のヴェルセン王家の子女がいるのだろう。その者が交渉役になれば…ラッセル大佐、軍部は良い案がないのか?」
「すでに…暗殺は試見ています。どうなったかお聞かせしましょうか?」
「な…そんな話し聞いておらんぞ!どういう事だ?」
強硬派のラースが使節団のトップに決まった瞬間から、プロセリアの軍部はラースの暗殺に動いていた。
「従来より…軍部ではラース将軍を我が国に対する最大の障害と考えていました。ラース将軍さえ排除出来れば、オースティンを抑えることができます。お伝えしなかったのは、会談前の外務院に伝えたら、止めたでしょう?でも、ラース次官と会談した今なら正解だった思うのでは?今回は最高の機会でした…」
「全くその通りだ。なぜ、しっかり暗殺しなかったのかと残念に思うほどだよ。しかし、外務院に無断でやられたのは不快だ、外交問題に発展する恐れすらあった。それに、ラース次官は数名の衛兵しか連れていないと言うではないか。警備が手薄なようだが…なぜ、失敗した?」
「理由は簡単です。ラース将軍が強すぎる。さらに、グリフォンまでいる…ラース将軍は単騎でマーシアの大隊を撃破するほどの強者です。ただの噂と思っていましたが…ただのホラではないようです。」
「馬鹿な…そんなはずなかろうて…」
「はい、私もそう考えて野盗の仕業の見せかけて、50名
程で襲わせたました。…ほとんど一人で倒し切りました。倒すには数百名以上の動員が必要になりますが、それだけの兵を動かせば当然に気付かれますし、高い可能性で逃げられます。そうなれば、内乱後からオルタラント領に駐留しているオースティン軍2万と合流して、全面戦争です。」
「…毒殺してはどうか?どんなに強くても毒であれば抵抗できまい。」
「すでに実施しました…ラース将軍は優れた魔術師です。微量でも毒が入っていれば気付く…特に、我々が出したモノなど警戒するでしょうしね。」
「ならば…殺すのは不可能か?何か弱みはないのか?脅しの材料があればなんとかなるのではないか?」
「…密偵を使いましたが、持ってくる情報がバラバラ役に立たないものばかりでした。おそらく、こちらの諜報活動は筒抜けです。正確な情報は期待できません。もし、弱みを握っても…嘘である可能性や罠の可能性もあります。」
「馬鹿な…過大評価し過ぎであろう。オースティンに対抗する手段どころか、あの若造に対抗する手段すらないというのか?」
「その通りです。ただ、訂正するならラース将軍はオースティン最強の兵かつ最高の英雄です。ラース将軍に対抗できるなら、オースティンにも対抗できるでしょう。現に、オースティン王はラース将軍に、一人娘を妻として与え、軍の統帥権に加えて臨時の外交権も委任しています。我が国に対する実務的な対外対応はラース将軍に一任していると言って良いでしょう。」
「宰相と財務卿…内政を握っている。ハイラント公爵はどうだ?味方に出来ないか?」
「できません。現当主のザルフ公はラース将軍の母方の叔父で、ラース将軍の正妻の一人はザルフ公の一粒種であるミリティア殿です。親族だから関係が良好とは思いませんが、一人娘を嫁に出すくらいですから、良好な関係であると予想できます。」
「な…王家と公爵家から妻を娶っているのか?信じられん…何か良い方法はないのか?」
「…聞けば、ラース将軍の馬車と棄民が衝突して、ラース将軍が棄民を保護したようで…何かに利用できませんか?」
「…それは無理だろう。外交使節の安全確保は受け入れる側にその責任がある。本来なら人が立ち入れないよう規制すべき道路に人がいたのだ。対応を求められるのはこちらの方だろう。」
「…その通りです。すでにオースティンから再発防止と謝罪を求められています。どう致しますか?」
「…棄民はプロセリア人ではない。衝突の事実もなかった。全てはオースティンのでっち上げだと突っ撥ねろ。他の方法は?ないのか?」
「提案なのですが…マーシアからオースティンを挟撃する提案がありました。マーシア軍の全力には程遠いですが、12万で進軍出来るそうです。それでも、オースティンの2倍です。ここに我が国の全兵力3万5千が後方から襲いかかれば…悪くない賭けだと思いますが?」
ここにきて外務次官バウンド伯爵が口を開く。
「前回は、30万で負けたと聞いているが?」
これに、ラッセル大佐が答える。おそらくバウンド伯爵と打ち合わせていたのだろう。
「はい、ただ今回は先の戦争で割譲した旧オースティン領の奪還が目的です。前回とはマーシアとオースティンの立場が逆になります。オースティン軍は険しい山を越えて防衛せねばなりません。」
「なるほど…ただそれだとオースティンの主力と戦う羽目にならないか?」
「いえ…ここ数年でオースティン軍は増強されましたが、それでも総数8万を超えるほどです。今回の内戦で多くの犠牲が出ましたし、実際に動員できるのは6万ほどでしょう。なので、内戦で疲弊した2万を野戦で破れば我が国への対抗手段はほぼなくなります。」
「しかし、大丈夫か?確実に勝てるのか?」
「確実に勝てる戦いなどありません。ただ、ラース将軍をオースティンが戻る前に魔導騎士全騎と精鋭の兵で襲いましょう。ラース将軍を殺すこれ以上の機会はないでしょう。いや、この機会を逃せばこの様な機会は二度と来ないでしょう。」
「むしろ…今こそ、最大の機会だと考えるべきか…よろしい。ラース将軍を殺害し、マーシアの宣戦布告に合わせて進軍することにする。王に奏上してみよう。」
こうしてプロセリアはオースティンとの戦争に舵を切ることになる。戦争を提案したラッセル大佐は、戦後こう述べたという。
「ラース将軍を大隊程度と見積もったのは誤りだった。だが、百の魔法騎士と三千の精鋭のみで当たったのは正解だった。なんせ、それだけの被害で我々は誤りに気づくことが出来たのだから。」




