思惑
ラースは目の前にいるブルーフ グレンを見る。ラースがグレン家から会談要請を受けたのは、三日前であった。近いとはいえ本領にいたブルーフ グレンが王都にいるラースと会談するのは少なくとも一週間はかかるだろうと見積もっていた。
ただ、形振り構わず早期の会談を要請してきたブルーフに配慮し、早期に実現したのだ。いつでも良いので会談する時間を作って欲しい。あまり表立って会いたくないなら、商家の馬車を借り入れて、すぐに自らが向かうとまで言ってきたのだ。受け入れない訳にはいかない。
「殿下自らお越しいただいて申し訳ありません。」
「いや、良い。こちらが望んだことだ。ああ…あと、先日はすまなかった。」
「…なんのことでしょうか?殿下に謝罪いただくことなどありましたか?」
「会談のことだ。貴殿の意見を頭から否定しまった。」
「ああ…なるほど、ただ、殿下のお立場からすればああする他なかったのでは?気にはしておりません。では、今回は謝罪をするためにわざわざいらっしゃったのですか?」
南部派閥を焚きつける役なんだから、逆にやってもらわなければ困る。
「いや…それもあるが、南部貴族と北部貴族の関係について貴殿の意見を伺いたくてね。」
「僕の意見ですか?外務卿かつ財務卿であらせられる殿下が軍事しか知らぬ将軍職の僕にですか?」
「謙遜するのはやめてくれ。もっと率直に話したいのだ。具体的には貴殿がベルモント領に準備している物資のことや反抗勢力を纏めようとしていることについてだ。」
ほう…気付いたのか。今更だがね。もう、準備は整っている。今から反抗を取りやめても、武装蜂起しようとした証拠やプロセリアとの繋がりは抑えている。
武装蜂起しなくても、それらを突きつきつけて潰すつもりだ。だいたい不利なことに気づいたから裏切るような輩は信用できない。ここで殺してしまうか?
「なるほど、お気付きですか…で、どうしますか?」
「端的にいえば…我がグレン家は貴殿に協力を申し出たいと考えている。」
「それは、御英断です。しかし、少し遅きに失しました。もう、準備は整いました…殿下には申し訳ありませんが、協力していただくメリットがありません。」
ベルモント家以外の継承権を持つ王家には、ここで消えてもらう。これは決定事項だ。
「待て!グレン家は今回の武装蜂起の計画に加わった責任を取り、継承権を放棄する。必要があるなら王家ではなく、臣下へ降り公爵家になってもいい。」
なるほど、王族にありがちな頭の固さはなさそうだ…僕はここに来てこの男の評価を一段上げた。協力を申し出て、さらに、こちらの意図を読み行動できるなら使える。
元々、グレン家は王家の中では影響力も弱くヴェルセンの腰巾着だ。それに今回の件で傷がつき臣下に降りれば、その影響はさらに低下する。
要は残しても、潰そうと思えばいつでも潰せるのだ。それに、臆病なところはあるが、外務卿や財務卿としては間違いなく優秀で、国外に顔も広い。残す方が利益が大きいだろう。
「なるほど…そこまでお考えですか。では、協力していただきたい。ただ、能動的な行動は必要ありません。今まで通り動いてください。」
「む?それはどういう意図がある。ラース将軍…説明してくれんか?」
「お分かりの部分もあると思いますが、今回の武装蜂起に対して我々は断固とした対応を取ります。その上で南部貴族の半分以上を断罪します。今、殿下が寝返りますと半分すら削れない可能性があるのです。」
「なるほど…貴族の数が多すぎるか…。」
やはり、理解が早い。というか分かってたんだろう。どちらにせよ使える。
「はい…近年は相続による領地の細分化が進んでおり、経済発展の妨げになっています。」
領地が細分化されれば、検問所や不必要な手続きが増える。税制も複雑になりやすい。
「理解は出来る。ただ、その後はどうする。貴族が増える以上は減らしても、すぐ元に戻るぞ。」
オースティンの女性は平均して4人の子供を産む。半分が男だと考えれば、孫の世代には領地は4等分になる。
「それを今お話しするつもりはありません。内戦を鎮圧したら説明させていただきます。とりあえず、僕が殿下に求めるのは、戦争直前まで南部貴族がまとまるのを影で支えてくださること。そして、武装蜂起直前にそれらを密告してくださること。理由は、南部派閥が他国と共謀したことに反発したで良いでしょう。それを元に南部征伐の勅命を陛下に出していただきます。」
「ふ…私が南部派閥をまとめて直前に裏切ることが条件か。恨まれるな…。」
「戦後に主流派の南部貴族は残っていません。残すにしても、協力した貴族だけで…それほど心配しなくていいと思います。それに、殿下とご家族の身の安全はリットラントが保証しましょう。」
「それならば、安心だ。ここ最近は眠りが浅かったのだ…おそらく、君への恐怖心のせいだ。」
ここにきて殿下が初めて笑う。
「それは申し訳ありません。ただ、戦後の待遇については将軍職である僕では決定しかねます。ただ、殿下がおっしゃった条件で収まるように努力いたしますが…」
決定は陛下が行うのだ。
「それで…よい。陛下には貴殿が伝えてくれるのか?私が接触するのは時期的にまずいしな。」
「信用していただけるのなら行いますが…良いのですか?」
いいのか?こんな口約束で簡単に引き受けて…あとで反故にされる可能性もあるとは考えないのか?
「よい…どちらにせよ私の処遇は貴殿の手の内にある。例え、陛下を通したとしても、貴殿の意に添わねば数年後に処分される。今後の人生は君の意に沿うように生きるしかないのだ。」
「過分な評価ですね。私は一将軍に過ぎませんよ。」
「どの口が言うのか…内戦後は唯一の王家であるベルモント家の一人娘を嫁に持ち、公爵領と辺境伯領の継承権を持った大貴族にして、オースティンで一番の大商会ブルセントを配下に収める大商人になる。その権力は陛下ですら霞むだろうよ。」
言われてみればそうだな。よく許したな陛下は…もしかしたら陛下はシルビアと僕の子供を王位に据えたいのかもしれない。
陛下は数多くの妻がいるが、皮肉にも継承権を持たない耳長との混血であるシルビアしか子を成せなかったのだ。
そのため、シルビアに対する思いは強く、溺愛しているのだ。グリフォンの件を最初にやらせたのも、もしかしたらシルビアの地位向上を狙ってのことかも知れない。
「いずれにせよ。目前の内戦を終わらせねばなりません。そうでなければ、取らぬ狸の皮算用です。」
「…貴殿は勝つよ。なんせ…我々南部派閥は軍事蜂起を交渉の道具としか見ていなかった。こんなにも周到に…有利な状況を作られているなんて夢にも思っていないはずだ。まさか、王族としては閑職の財務卿の地位にあったことを感謝する日が来るとはね。」
そう言ってブルーフ殿下が差し出してきた手を、僕は握り返した。




