ミリィの英雄伝
「ふぅー…全く嫌になるわ…」
一仕事終えた私は、ため息をつきながら一人そう呻いた。それもそうだろう。シルビア殿下もセロアさんも私以上に魔術の才能があり、自分の凡庸さに打ちのめされる日々なのだ。
唯一の救いは、ラースは才能にそれほど興味がないことだろうか…いや、ただ単にダイヤから見ればガラスもルビーも差がないと思われてるだけかもしれない。
そう一番の劣等感は愛するラースから与えられるのだ。
「困ったものね。旦那さんが優秀すぎるのも」
そう言って、今しがた読み終えた書類に目をやる。ラースの提案で行なっている事業は全部で3つある。一つは今まで、マーシアや西部群島から買い付けていた砂糖を、大根から得ること。
二つ目は羊皮紙に変わる。植物のパピルスを利用した紙の大量生産
三つ目は、歯車を使った動力機械…魔力を爆発させたり、魔力で温めた蒸気で動力を得る仕組みだ。
ビートに関しては、オースティン全土から様々な品種を集めて、砂糖を生成させて品種を絞り、あっという間に大農場にする投資を決めていた。条件に合う品種があってよかったと12歳のラースが言っていたが…どうやったらビートから砂糖なんて考えつくだろう。
紙については、以前から職人はいたようだけど羊皮紙に比べて耐久性が無くて、値段も高く、需要がなかった。にも関わらず、職人を引き抜き研究させ、大量生産に漕ぎ着けている。
安価になった紙は、裕福な商人を中心にかなりの量を販売しており、綺麗に着色を施したものは、手紙を書くのに利用され、若い貴族令嬢に人気がある。
動力機械については、リットラントの御用工房の職人に子供の頃から簡単な物を作らせていたが、陛下やお父様と親しくなってからは投資を募り、自分の工房を作り、引き抜いた職人に試行錯誤させていた。水車の改良から始まり、動力機械まで様々な物を作って驚かせてくれる。
動力機械を初めて見たとき、魔法で動かせばいいと思いもしたが、爆発や加熱の魔法に比べて物を動かす魔法は魔力の消費が激しく、力加減も難しい。
ただ、爆発させたり、温めるたりするだけなら簡単なのだ。しかも、単純に物を燃やしたり、魔石を使ったりすれば、魔術師でなくても使用できる点も魅力だ。
穀倉地帯で綿の産地だったリットラントは初めから豊かであったが、現在では砂糖と紙の生産に加え、動力機関による安価な綿織物製造が行われ始めている。恐らく数年後には、南部大陸最大の工業地域へと生まれ変わっているだろう。
当然、ハイライトもその恩恵を受けて豊かになるだろう。元々が、王都に次ぐ商業の中心であったこともあって、リットラントで製造された物品を販売することで、すでに王都を凌駕する勢いである。物流は完全に握りつつあるとお父様も言っていた。
問題がない訳ではない。動力機械の普及でリットラント内の労働力が余り気味なのだ。
そのため、ラースは街道の整備や鉄道の敷設を行うと言っていた。公共事業をする事で解消するつもりらしい。
ただ、鉄道とはなんだろうか?ラースと話しているとラースが作ったと思われる言葉が出てきて理解できないことがある。
いったい何手先まで見えているのだろう。凡人にそれを知ることは叶いそうもないので、ラースが考えた製品を販路にのせて、普及させることだけを考える。
とはいえ、ラースの考える製品はどの商人も欲しがるし、市場に出れば類似の製品を駆逐するほど質も高く安価だ。
怖いのは真似されることぐらいだが、重要な部分を手掛ける職人はしっかりと管理しており、売れることが分かった時点で投資しても、商品ができる頃には、効率化されて元が取れないほど安価に売られているので、真似しても旨味がない。
さらに、出入りの商人は中小の商会で固め、販売する以外に目がいかないようにしている。今の所は、こちらが卸す商品をさばくのに手が一杯で独占しようとする商会はいない。
大きな商会だと、独占しようとしたり、自分で製造しようとしたりしてこちらが上手く手綱を握れなくなる恐れがある。それに、大きな商会の解体も目的だ。彼らは国の貴族と癒着しており、公正な競争を阻害しているからだ。
こちらに、ちょっかいを出してくる馬鹿もいたが、そんな馬鹿は、ハイライトとリットラントの商売から締め出すと、すぐに悲鳴をあげた。
オースティン国内の発展の中心であるリットラントと商業と物流の中継地として頭一つ抜けつつあるハイライトの二つを敵に回すなんて、陛下ですら避けるはずだ。
いや、あの陛下ならば、リットラントラントやハイラント以上に、ラースとの対立自体が悪夢だと考えるだろう。むしろ、最近はラースの動向を面白がっている節がある。
おっと、考えが逸れてしまった…明日はラースとお出かけだからか…少し浮足立っているように思う。必要な仕事を終わらせて、明日は憂いなく遊べるようにもう一頑張りするとしょう。




