新たなる秩序
ミリィ達に許してもらい、3週間が経ち通常の生活に戻りつつある。今日は、陛下に呼ばれたため王城へ出向くことになった。
近衛兵が立つ門を抜け、宮殿の長い回廊を歩いていると、ある男に呼び止められた。
「ラース卿…不躾ながら少しよろしいか?」
「はい、なんでしょうか?オルタラント卿…財務院に目をつけられる様な事をした覚えはないのですが…」
話しかけてきたのは、外務院と財務院の次官を務めるオルタラント公爵家の当主ウェルズ オルタラントである。
トップの外務卿と財務卿は王族が務める慣習であるため、次官が実質的なトップとなる。財務院は脱税の取り締まりが業務の一つであり、一部の貴族達から恐れられている。
「ははは…別に財務院次官として話しかけた訳ではない。巷で英雄と謳われる若者と話してみたいと思ってね。」
同じ公爵家の当主でもザルフの様な威圧感はない。どちらかといえば、人の良さそうな優男であった。
「英雄などと…僕は少し運が良いだけの人間ですよ。戦争に勝てたのは周りのサポートが大きかったので、僕の実力と言って良いのか。過ぎた評価というのは、本当に困ったものです。」
「運も実力のうちという言葉もある。それに、実力のない者に力を貸す者はいないしね…ところで、小耳に挟んだが…プロセリアとの関係を見直すべきだとおっしゃっているそうだが、本当かな?」
「…僕は軍務の人間です。外務に関する事に口を出したりはしませんよ。」
どっから嗅ぎつけたのか…全く
「そうか。それではラース卿は、プロセリアとどの様な関係をお考えかな?」
「友好な関係が長く続く事を祈っています。」
「ふむ…そうですな。現在のプロセリアとの関係は蜜月と言ってもいい。それをわざわざ壊すのは馬鹿のやる事だ。よく分かってらっしゃる。」
内心はどうか知らないが、満足そうに頷くウェルズ…プロセリアとの友好関係は外務院が成果として、前面に出している。ここで否定する馬鹿はいない。
「先の戦争における外務院のご苦労には頭が下がりる思いです。プロセリアが中立を維持していなければ勝利はなかったでしょう。」
「ふむ、ラース卿が話のわかる御仁でよかった。若くして武功を挙げた若者というのは血気盛んで判断を誤る場合も多いいが、ラース卿は賢明な方で安心したよ。」
「それは良かった。それでは、陛下をお待たせしているのでこれで…」
「ああ、お引き止めして申し訳なかった。それでは」
保身ばかり図る…穀潰しめ…内心で毒を吐きながら、陛下の執務室にノックする。
「ラース リットラントです。」
「開いておる。入れ!」
遠慮なく入室し、勧められるまま席につく。
「久しぶりだな。シルビアとも仲直りできた様で安心したぞ。」
「はい、陛下のアドバイスがあんなに上手くいくとは…ありがとうございました。」
「ふははは…役に立ったなら何よりだ。で、今日お前を呼んだのは他でもない。プロセリア帝国のことだ。」
「ああ…ついさっき外務次官閣下からプロセリアとの友好関係についてご教授いただいたところです。」
陛下は苦虫を噛み潰す様な顔をして…
「ふん、こちらの足元を見て娘を妾によこせ、領土をよこせと言うばかりで、援軍を寄越すどころか、国境付近に軍を展開した馬鹿国家との関係を蜜月と表現した…馬鹿の話しか?」
「はい、その馬鹿で間違いありません。なんて言ったかお教えしましょうか?」
「馬鹿の話しはいい、お前はどう見る?」
「帝政マーシアはしばらく大規模な派兵は控えると思います。ここ100年の戦争を見れば、帝政は確実に勝てる体制を整えてから戦争に入りますから…ただ、オースティンを牽制する必要はあります。おそらくプロセリア辺りを支援して間接的に嫌がらせをしてくると思いますよ。」
「ふん…そうか…奴らが信用出来んのは同意見だ。しかし、負けたマーシアにプロセリアが接近すると思うか?」
「プロセリアは帝政と直接戦争してないですから、マーシアが負けたことで、長く領土に争いのある我が国の方が危険と判断してもおかしくありません。それに、南部大陸の他の国々とは仲が悪いですから、南部マーシア植民領と協力してそれらの国々を牽制するのは悪い手ではない…と言うより、それしかないのでは?」
「我が国と手を結ぶという手はないのか?」
「そもそも、我が国はプロセリアの上位互換ですから…戦時中ならともかく、平時なら我が国とプロセリアの貿易は、構造的にプロセリアの赤字が膨らむようになっています。その上、海上貿易では内海をマーシアに外海を我が国とフラレシア王国に抑えられていますからね。経済的に従属する未来しかない。」
「ふむ、それでは近々に動くということか?」
「まぁ、マーシアと違って有利はこちらにあります。我が国と戦争するのはマーシアと歩調を合わせなければなりません。でなきゃ、平野で3倍近い軍と戦う羽目になります。よっぽど馬鹿ではない限りそれはしないでしょう。現状維持しつつ嫌がらせがせいぜいかと」
「ふむ、現状維持か…そうすると同盟維持か…」
「同盟は維持しつつ、プロセリアと関係の悪いフラレシア王国との関係を強化すべきです。フラレシア王国とフーリア公国は外海貿易が国の要ですから、マーシアと明確に対立します。利害が一致する以上は関係を強化していく必要があります。多国間の合意に基づく対マーシア同盟が出来れば理想なのですが、プロセリアは反対するでしょう。」
「なるほど…だとすれば…フラレシア王国とフーリア公国との関係を強化しつつ、プロセリアの弱体化を図ることが、最も利益に叶うか?」
「そうですね。出来ればマーシアとの戦争中に馬鹿なことを考えないように、生かさず殺さずの状態にすることが理想ですね。そのためには、同盟を維持しつつ徐々に資源の輸出を絞り、我が国の安価な製品を輸出して産業を破壊しつつ飼い殺しにするのがいいかと。」
「エゲツないことを考える。同盟派は関係強化…主戦派はプロセリアの打倒を望む者も多いがそれはどうだ?」
「…戦争はやめた方が良いでしょう。プロセリアを完全に支配できるならいいかもしれませんが…失敗すればマーシアとの戦争が早まりかねません。」
「我が国が負ける可能性があると?」
「いえ、負けることはないでしょう。地理的にも人的にもこちらが有利です。ただ、戦争が長引いたり、占領政策に失敗すると大きな負担になります。その後のマーシアとの戦争に負けては何の意味もありません。そもそも、プロセリアは我が国が負けない限りは我が国に戦争を仕掛けることはないと思われます。」
「何故だ?」
「簡単です。我が国が戦争をすれば物資を購入する必要がある。それが唯一の儲けることのできるチャンスなのに、最初から戦争に参加したら旨味がない。」
「この度の戦争では、国境付近に軍隊を集めたのだぞ?いくつかの情報筋によると我が国に対する侵攻の準備であったそうだ。」
「マーシアに勝つなら今まで通り防波堤として、敗戦が濃厚になれば宣戦布告して領土を掠め取る。彼らは直近の利益には非常に敏感ですから、目の前の利益の判断を誤ることは無いと思います。マーシアが勝ったらどうなるかという長期的な視点に欠けるのが残念なところですがね。分かりやすくて助かりますがね。」
「確かに…我が国が不利と見て戦前に見せた振る舞いは忘れはせんが、その後の手のひら返しも大したものだ。」
「今やるべきことは、プロセリアなどに構うことではありません。国力の増強と軍事力の強化です。特に、航空戦力は先の戦争で、その優位性が証明されました。出来れば温存しておきたかったのですが…」
「ふむ…それは仕方あるまい。出し惜しみをして負けてはなんの意味もない。しかし、奴らも気付いたかな?」
「間違いなく、制海権の様に制空権を争う時代が来るでしょう。出来れば早急にグリフォンによる航空部隊の編成と主要都市の対空魔術による防御を確立しなければなりません。」
「航空部隊…それはリトグリーク殿を持つお前しか編成出来ぬではないか…これ以上、お前に力を与えると反発を抑えられんぞ。」
「むしろ国王陛下に力を集中すべきです。必要であれば、僕が率先して領土を献上してもいい。」
「馬鹿いえ、戦争で活躍した英雄から領土を取り上げるなど、それこそ貴族にあらぬ動揺を与える。」
「それなら、僕の部隊を使って編成するのはどうでしょうか?僕の部隊分の給料を国から出していただけるなら後は自分でやりますよ。」
「3個大隊分の予算で、龍騎兵が手に入るわけか?それなら、得しかないな。リットラントが実質負担するわけだから貴族どもへの説明もつく…よし、好きにやれ。」
「あと、商売を始めようと思うますので、ブルセント商会を僕の直属御用商会にしたいのですが、よろしいですか?」
「むぅ?なぜブルセント商会なのだ?王家に出入りしている商会の中では下から数えた方が早いぞ。」
「さぁ、商会に関してはミリィが決めたことなのでなんとも言えません。まぁ、ミリィが言うなら間違いないでしょう。」
「ふん…仲が良いことだ。まぁ、いい好きにせよ。」
「ありがとうございました。それでは早速取り掛かります。」
この数年でオースティンの社会構造を大きく変える必要がある。マーシアに勝たなければ、オースティンに未来はない。




