セロアのこと
再会の後は、公式な場での戦果報告や勲章授与式典、各種社交会への出席と休みなく忙しい日々が続いた。
新設の将軍職は銀鷹征北将軍…グリフォンと僕の銀髪に因んだらしい。爵位はないが、ハイラント公爵家とリットラント辺境伯爵家の継承権が認められているため、公爵に準じる扱いを受けることになった。
忙しかった。決して忘れた訳ではなく、機会がなかったのだ。決して逃げていたわけでもない。いや、 逃げてないというのは嘘だな。
そう…セロアのことである。どう伝えるか迷った挙句に結婚の正式発表があった夜に二人に話すことにした。もう先伸ばしにできないと切羽詰まったからだ。
「実は…もう一人結婚したい人がいるんだ。」
そう切り出した瞬間に部屋の温度が数度下がったのは気のせいではない。
それを聞いた瞬間にシルビアは切れ長な目をより細め、ミリィは今までの甘い雰囲気が嘘のように極寒の雰囲気を作り出している。いつもは潤んでいるその目は光を失った。
二人とも怒っている。それはそうだ。結婚が正式に決まった日にもう一人と結婚させてくれと言ったら殺されても文句は言えないだろう。自覚はある。
先延ばし先延ばしにしてきたツケが回ってきたのだ。罪悪感に押しつぶされそうになりながら、口を開く…
「す…すまない…二人には本当に申し訳ないと思っている。ただ、どうしても伝えておかなければならないので…」
「謝罪はいらん。まずは相手が誰なのか…ふぅー…フゥー…どういう経緯があるのか。話してもらおうか。」
「そうですね。謝罪を受け入れるにしても、話しを聞いてからです。相手については想像がつきますが…」
ここで二人の温度差が明らかになる。シルビアは謝罪も許してくれていない。許すか許さないか決めていないのだ。対して、ミリィは謝罪を受け入れる前提で話してくれているのだろう。
僕はセロアとの間にあったことを掻い摘んで話す。話し終わると…
「ほう…それでは貴公は余達が心配して待っている間に、久しぶりに再会したミーア族のセロアとかいう女とよろしくやっていたと…………フゥー。」
興奮を抑えるためだろうか…会話のあいだに妙な呼吸音が入る。
「ふざけるな!馬鹿にするにも程がある。発情期の犬ですら貴公よりは分別があるだろう。だいたい、私にもミリィにも手を出すな!と言っているのだから他の女に手を出さないことなど当然の礼儀だろうが!」
「返す言葉もございません…申し訳ございませんでした。」
「謝罪など求めておらんよ。余達は悪いが今回の結婚を白紙に「しません」
シルビアの言葉を遮ってミリィが否定する。
シルビアはミリィを睨みつける。ミリィは何事もないように受け流す。
「フゥー…ミリィよ。状況が分かっておるのか?この男は私達との約束を踏みにじったのだぞ!余は我慢できん!余だけでも結婚を白紙にさせてもらう。」
「殿下こそ落ち着いてください。状況というなら…セロアさんを知っている私の方が分かっています。」
「分かっておらん!分かっておればこんな屈辱を受けて冷静でいられるはずなかろう!」
「冷静?冷静に見えますか?…まぁ、いつかセロアさんに手を出すとは思っていたので覚悟はできて…いた?だからそう見えるんですかね?でも…冷静とは程遠いですよ。」
「ふん!こうなることを予見していたと、それで結婚しようなどとよく思ったものだ。そんな男だと知っていれば婚約などしなかった。」
耳が痛い…弁明の余地もない。
「落ち着いてください、殿下が結婚を白紙にされるならそれでも構いません。殿下の意思を尊重します。ただ、ラースを諦められるのですか?」
「………。」
黙ってしまうシルビア
「英雄となったこの機会を逃せば、王族の殿下と公爵家の娘である私を両方嫁がせるのは難しいのではないでしょうか?ラースに反発する勢力もできつつあります。次は、いつの機会になるか…私が先に結婚してしまえば、王族は他の家の後塵を喫することは出来ませんから、殿下とラースの結婚は事実上は不可能になります。ラース以外の男に抱かれるのに耐えられるのですか?」
「…わけない。」
「聞こえません。どうなんですか?」
尚も問いかけるミリィ…その時僕は驚愕した。シルビアが涙を流しているのだ。
「…耐えられる訳がない。ひっく」
まさか、ずっと妙な呼吸音がしていたのは泣くのを耐えていたのか…罪悪感が…くっ
「出来ないことは言わない方がいいですよ。」
ミリィ…容赦ないな。いや…僕に対する…怒りでの八つ当たりか…
「ヒック…うぅぅ…ヒック!ならどうすればいいんだよ…ヒック」
もう泣くのを隠そうもしないシルビア…僕は何も言えずに…居た堪れない。
「そうですね。ラース…手をテーブルの上に置いてください。」
?…拒否権はないので、言う通りにする。
ザクッ!ミリィは何の躊躇もなく短刀で僕の手を貫いた。そして俺の目を覗き込んでくる。その目にはいつもの光はない。
「ぐっ…」
「ミリィ!何をするんじゃ!いくらなんでも…」
「いくらなんでもやりすぎですか?本当は手足を切って二度と浮気できないように監禁したいくらいです。でも、それが答えですよ殿下…いくら浮気されてもこのぐらいの傷で私達は怒りを忘れ、ラースの体を心配してしまう。死にたい程に辛くて、悲しくて、悔しくても…」
痛み以上に、背筋に悪寒が走る。…勘違いしていたらしい。シルビアの方が怒ると…ミリィは許してくれると勝手に思っていた。
ただ、一緒になるためには許すことしかできないからこそ…、僕とセロアの関係性を知っているからこそ許せないのかもしれない。傷つけてしまったのかもしれない
しかし、ここに至っても…僕は3人を手に入れたい。くそったれで…屑で…最低だと思うが…3人が他の奴のモノになるなんて耐えられない。
矛盾しているし、わがままだとは思う。ただ、3人を1番幸せに出来るのは自分だとの自信もある。今は…不幸にしている訳だが…必ずそうして見せる。
ただ、何か行動を起こすには立場が弱すぎる。そう考えているとミリィが口を開く…依然として光のない目で俺を見つめてくる。
「さて、とりあえず…これでセロアさんとの婚姻は許してあげる。」
そう言ってミリィは短剣を引き抜く…
「私達との結婚は予定通り進める…セロアさんには申し訳ないけど、セロアさんとの婚姻は諸々が落ち着いてから…場所はリットラントがいいかしら?貴族じゃないから手続き上はどうなるか分からないけど、とりあえず受け入れるわ。それで良いですか、シルビア殿下?」
「…ふん!好きにしろ。今、ミリィに言われて気づいたよ…どうせ、余には選択肢がない。それに、よく考えれば知らずに抱かれたセロア殿も被害者じゃ…悪いのはそこにいる男じゃ。出来れば殺してやりたいが…ほ…惚れた弱味でこれ以上傷つけることもできん。」
「それでは許してくれるのですか?」
「「許さん(ない)」
二人が声を揃えて言った…セロアとの婚姻は許しても、僕は許してもらえないようだ。仕方ない…それだけのことをした自覚もある。
少しずつご機嫌を取っていくしかないだろう。とりあえず、一人ずつ二人きりで話す時間が欲しい。これからどうするか考えることにする。




