皇帝
皇帝カーディナルは、睡眠時間を削りながら、執務に追われていた。対オースティン戦の敗北は国内外に深刻な影響を与えていた。
最も顕著なのは人的損失である。奴隷兵や市民兵については大した損失ではない、すぐに補填がきくからだ。特に今回の戦争では、高度な魔術戦となったため、魔術を使用できない市民兵や一般兵の損害は全体から見れば相対的に少ないものだった。
許容できないのは魔術兵団である。戦前100あった兵団は、新兵を無理矢理に編入しても、38しか編成出来ていない。
魔術兵は高度な教育が必要であり、同じ量の金と同等以上の価値があると言われている。実際に一人の魔術兵を教育するのに必要な額は、平民であれば一生遊んで暮らせるほどの額である。
そして、これがもう一つの大きな問題でもある。オースティンにはマーシアの魔術兵養成学校のような教育機関が存在しない。むしろ、オースティンの財政状況を考えれば魔術兵団などを作れば、財政は破綻してもおかしくない。
それなのに魔術兵団と互角に戦う兵が三千もいた。オースティン内には多数の密偵がいるが、リットラントに与えられた兵は軍事訓練こそ受けているが、それほど精強ではないはずだった。
それを一か月やそこらで…背中を嫌な汗が流れる。やはり殺しておくべきだったか?いや…そんなはずはない。
きっと、こちらが見逃しただけで養成機関が存在した可能性が高い。オースティンは何度か魔術兵団と戦って生き残ってた数少ない国だ。それに対処するための基金などが国庫と別にあってもおかしくない。
自分が決定的な判断ミスを犯したとも考えたが、常識がその考えを押さえ込んだ。オースティンを封じ込める現実的な方法や国内問題に考えを移す。
魔術兵は上級貴族や騎士の家系が多く、今回の戦争でそれらの家から皇帝の責任を追及する声が挙がっている。これらは、放っておくしかない。
賠償金や新規獲得の領土がないことも問題だ。死んだ者に与える保証も国庫からの持ち出しになる。これは東部植民領や南部植民領の増税で補うことになる。
そうなれば、もともと他民族である植民市民は反乱を起こすかもしれない。周辺国がそれに呼応することも考えられる。
とはいえ、オースティン…あの憎い小僧の兵以外にマーシア軍が破れることはない。直ぐに鎮圧され、逆に賠償金や奴隷を得ることが出来れば国庫が潤うことになる。
問題はその対応のため、大規模な軍事行動ができないことだ。いつどこで戦争が起こるか分からない状況だ。当然、オースティンとの戦争など五年後になるか…十年後になるか…見通しがつかない。
それまで、大人しくしておいてくれればいいが…もし、今回のリットラントの小僧の兵がマーシア並みの数になれば、そして、南部大陸を統一するようなことがあれば…マーシアの未来は明るいものとは言えなくなる。
「…殺しておければ、良かったんだけど…」
聞けばリットラントの小僧ことラースは王族と公爵家から美しい娘をもらい。王家に次ぐ領土を得たらしい。勇者と比肩しうる英雄とも言われているらしい。今後、リットラントの兵がますます精強になることは間違いなく、頭痛の種となるのは間違いない。
それ以上の問題はラースが見せた戦術だ。空からの攻撃や地面からの攻撃など…今までにない方法だ。やられてみれば…なるほど理にかなっている。これがさらに発展すると考えれば恐ろしい脅威である。
他にも、こちらの防御魔法を強制的に解除するなど、理屈に合わない無茶苦茶なこともされた。これなどは、魔力差が余程ないと無理なことだ。それを、千人以上の上級魔術師を擁するマーシア軍に行ったのだ。どんな方法を用いたのか検討もつかない。
「クソ!せいぜい…いい気になっていろ。あの屈辱は絶対に忘れんぞ。朕が皇帝であるうちに、必ずオースティンを滅ぼしてみせる。」
まずは、南部大陸の植民領を通じてオースティンの隣国であるプロセリア帝国を支援して、軍事増強をさせオースティンを牽制させよう。
もし、上手く対立させることができれば協力を持ちかけて…南からオースティンを攻めることが出来れば…いや、無理かプロセリア人は…目前の損得には目ざとい…マーシアが確実に勝つ状況にならなければ参戦してこないだろう。
国内にやらなければいけないことがあるのは間違いない。グリフォンに焼き払われた産業の復興…それらは、決して楽観視できるものではないが、一年後には目処がついているような問題だ。放っておいて国家が崩壊するような代物ではない。
それに対して、オースティンは十年後、二十年後にはマーシアを滅ぼすかもしれない。唯一の明確な脅威なのだ。直接が無理ならば、間接的に嫌がらせを続けなければならない。マーシアと同等の超大国に成長しないように…
「なんとも気が滅入る仕事だ。」
皇帝カーディナルは思い通りにいかない現状にため息をつきつつ、オースティンを強大にしないように経済、軍事あらゆる方法を用いて邪魔をするように部下に伝えるのだった。
あの憎たらしく、美しい青年が少しでも苦労することを願いながら…




