束の間の平和
朝方に目を覚ますと、隣にセロアが寝ていた。懐かしい光景に、思わずセロアを抱き寄せる。セロアの匂いがする…幼い頃からずっと知っている香りだ。落ち着く…セロアの温もりを感じながら再び眠りに落ちた。
昼前に完全に目を覚ますと、事の重大性に気がついた。やってしまった…婚約者が二人もいるのに…いくら初恋の相手だからって許される訳がない。
ハッキリ言って詰みだ…ミリィとシルビアにバレたら殺される。
そして、何よりセロアになんと切り出せばいいのか?婚約している人が二人いるが、セロアも愛しているから一緒になってくれ…なんてふざけたことを言える訳がない。などと考えていると僕の顔をセロアが覗きこんでくる。
「どうしましたか?不安そうな顔をして」
いつの間に起きていたんだ?内心の動揺は隠しつつ答える。
「いえ…今後の戦争のことを考えると頭が痛くて…つい…。」
「そうですか?私には勢いで浮気をしたけど…バレないか心配になってきた男の顔に見えましたが…」
…図星だ…なんだ読心術でも使えるのか?
「…まさか、図星ですか?相変わらず、嘘つくのが下手ですね。ほら、怒らないから本当のことを言いなさい。」セロアはジト目でイタズラをした子供を諭すように言う。
「…すいません。実は…」僕はことの顛末を全て話した。
「…そうですか。」唇を突き出すセロア…不機嫌な時の顔だ。
「すいません。」
「…仕方ありません。私もミーア族もラースに命を救われました…それこそ、一生を捧げても足りないぐらいの恩義があります。ですから…責めはしませんし、ラースが望むならミリィティア様や王族の方には黙っているつもりです。」
口調は柔らかいが…顔は不機嫌なままだ。
「本当に申し訳ありません…しかし、先生を愛しているのは本当です。」
「別にそこは疑っていませんよ。ラースの嘘はすぐに分かりますから…それに、リットラントの浮気性は奥様から聞いています。ただ…浮気される方ではなく、浮気の相手になってしまったのは心外ですが…。」やや機嫌はなおる。
「え…浮気性?」
なんだそれ聞いたことがないぞ。
「知らないのですか?ゼロフィス様は今でこそ尊敬できる方ですが…奥様と出会われる前はオースティンの種馬と呼ばれていたほど女癖が悪かったらしいですよ。」
「な…初耳ですよ…そんな話は」聞きたくなかった事実だ…
「まぁ、私とラースは身分も種族も違いますから…結婚できるとは思っていませんでしたし、愛してもらえて側に置いてくれるなら別に構いません。」
「いえ…そう言う訳にはいきません。戦争が終わったら話をつけて、セロアとも結婚します。」
「まぁ…期待せずに待ってます…ぐぅぅう
セロアが何か言い切る前にセロアの腹時計が鳴った。時が止まる…
「…少し遅いですが朝食を準備してもらいましょうか。」
「そうですね…お願いします。」
その返答を聞いて僕は家令に食事の準備を頼み、少し気まずそうに答えるセロアの手をとり、食堂へと向かうことにしたーーー
ーーー遅めの朝食を終えて、自分の部屋で道具を整理していると、キャルロアが部屋を訪れた。
「もう…傷の具合は良いのですか?」
「もう、全く問題ありません…ご心配をお掛けして申し訳ありません。」
「そう、大丈夫ならそれでいいの…本当に良かった。昨日…帰ってきたあなたを見たときは…もうダメかと思ったわ。」
「はい…正直な話し、援軍が到着していなければ危なかったです。助かったのは奇跡に近い。」そう、帝政軍の第三魔法兵団を倒したとき、僕の魔力と体力は限界を超えており、それ以上は戦うことが出来なかった。
指揮官と戦闘要員の3割を失ったとはいえ、1万以上の軍隊を前に死を覚悟した…、もし、グリフォンと報せを受けたゼロフィス率いる精鋭千人が現れていなければ…それを見て、すでに戦意を失いかけていた帝政軍がすぐに撤退していなければ、死んでいたかもしれない。
「…この戦争はオースティンの存亡を掛けた戦いになると聞いているわ。無茶をしないでと言っても…むりかもしれない。いえ…ゼロフィスの子だものね…間違いなく無茶をするでしょう。」
「ええ…何倍もの敵に勝つには…無茶をせねばなりません。」
「そうでしょうね…でも、これだけは約束してほしいの。必ず生きて帰って来なさい。それだけが…私の…願いです。」そう言うとキャルロアは僕を抱きしめる。
「はい…母上、僕は必ず生きてここに戻って来ます。だから、心配しないでください。あと…戦争が終わったら会ってほしい人がいます。」
「ふふ…ゼロフィスに似たのね。二人と婚約したそうね…あまり褒められたことじゃないけれど…可愛い娘たちに会うのを楽しみにしているわ。」
その後は、皆で夕食を共にし 、懐かしい家族の団欒を楽しんだーーー
ーーー夕食後…ゼロフィスに呼ばれたためゼロフィスの部屋を訪れた。ノックして部屋に入る。
「おう、ラース…傷の方は大丈夫か?」
「はい…父上、回復魔法もかけたので問題ありません。」
「そうか…しかし、あまり無茶をするなよ。2万人相手に一騎駆けなど命がいくつあっても足らんぞ。」
「同感です。危うく死ぬところでした。」
「かっかかか!いい面構えになったな…お前が陛下から託された三千の兵も到着したぞ…帝政の野郎は本腰を入れるつもりらしい。心しろよ…こっからが地獄のような戦争の始まりだ…親バカかもしれんが、お前に全てが掛かってると言っても過言ではない…頼んだぞ。」
「…出来る限りのことをやるだけです。」
「まぁ、堅苦しい話はここまでだ…」そう言うとゼロフィスは手に持っていた火酒の入った瓶とグラスを掲げた。
「良いのですか…それは大切にされている秘蔵の酒ではないですか?」
「遠慮するな…お前が一人前になったら飲もうと思っていた酒だ。この戦争が始まったら飲めねぇし、終わったらどっちか死んでるかもしれねぇからな。」
「縁起でもない!少なくとも僕は死ぬつもりなどありませんよ。」まぁ、思えばゼロフィスとゆっくり話す機会なんてなかった。親孝行だと思って付き合うか。
結局、火酒一本では終わらず、僕とゼロフィスはキャルロアとセロアに怒られて引き離されるまで大いに飲んで、騒いだ。
本当に楽しい時間だった。こんな時間がいつまでも続けばいいと思った…出来れば、僕に子供が出来て孫の顔を見るまで元気でいてもらいたいところだ。そう考えながら、横で寝息をたてているセロアを抱き寄せて…そのまま意識を手放したーー




