救世主
油断していた。帝政軍の様子から戦闘準備の段階で完全な侵攻開始にはまだ時間が掛かると考えていた…間に合って…間に合ってくれ。頼む。
森林地帯を抜けて、村落へと出る。大隊程度(1000人程)の帝政軍が村を襲い、火を放っているのが見える。ただ、帝政軍の動きがおかしい…まるで何かと戦っているようだ。
この規模の村に、武装した大隊と戦闘出来る戦力があるとは思えない。帝政軍の攻撃の先を見る。
そこには、帝政軍を引き付けるように立つ一人の少女の姿があった。
(見つけた!)
セロアを見る。おそらくは村人を逃がすため、殿役を買って出たのだろう。
見れば、その髪は乱れ、その身体には幾つもの切り傷が見える。そして、片手には短剣が握られていた。
幸い、致命的な怪我はないようだ。急いで救出に向かおうーーー
ーー自分が放てる最後の上級魔法を準備しながら、セロアは思う。1000の大隊を前に、絶望の中…想う。一人の男のことを…(きっと立派になってるんだろうな…)
思いながら、自分の中で最大の攻撃魔法を放つ。その瞬間、巨大な竜巻が幾つも出現し帝政軍に向かい殺到する。
最初の数発は、大きな効果があった。騎兵や歩兵は魔法に対する抵抗力が低い。
こちらの戦力がわからない以上、深入りはして来ないはずだ…そう考え掛けた…しかし、帝政軍はすぐに対応してきた。
特に感知魔法が優れていた。隠れていた自分の位置を正確に探しだし、魔法や弓兵で遠隔攻撃を開始したのだ。これでは、防御にも魔力を割かなければいけない。
さらに驚愕すべきことが起こる。セロアの起こした竜巻に帝政軍は防御魔法を展開したのだ。結果、帝政軍大隊はセロアに対応するためセロアの目論見のとおり村人への攻撃を止めることとなったが、セロア竜巻の消耗が予想以上に早かった。
ここでセロアは、自分の甘さに気づいた。決して自惚れていたわけではないが、自分と同等の魔術師となれば、王国では数えるほどしかいない。いくら先軍主義の帝国といえども、先遣隊の大隊程度にいるはずがないと考えていたからだ。
竜巻で帝政軍の進軍を止めて、再度進軍が始まったら竜巻を放つ…それで時間を稼ぎ村人が逃げたのを確認したら離脱する。それが、セロアが考えた作戦だった。
ただ、実際はそうはならなかった。帝政軍はすぐに対応してきた。結果、立て続けに攻撃魔法と防御魔法を使用しなければならなくなり、セロアの魔力はすぐに尽きた。
そして、今、最小限の防御魔法を展開し、帝政軍の遠隔攻撃を避けている。自分が生きて帝政軍の注意を引いている間は、足止めになるからだ。
セロアは帝政軍に位置を把握された時点で、生きて帰ることを諦めていた。せめて村人達が逃げる時間をできる限り稼ごうとした。
帝政の攻撃魔法が、セロアの防御魔法を削り、セロアの身体を傷つけ始めた。(もって…あと2、3分かな…一目でいいから、最後にラースに会いたかった…会ってあの時の事を謝りたかった…)
帝政軍千人隊の指揮官は、相手に攻撃力がすでにない事を悟ると、騎兵に突撃を命じた。
その時には、セロアが姿を隠していた周りの建物は、帝政軍の攻撃魔法でほとんど焼け落ちていた。
こちらに向かってくる騎兵を見て、ヨロヨロと立ち上がり一本の短剣を取り出す。
ただ、セロアに剣術の心得はなく…短剣を出したのも戦うためではない。もう、村人が逃げるのに十分な時間も稼いだ。
最期に…見たかったのだ、自分が唯一身につけていた。少年がラースがくれた短剣を…ラースとの繋がりを…。
迫る騎馬隊に…(ラース…)死を覚悟した瞬間、奇跡が起こる。
セロアに迫った騎兵隊が、突然起きた突風に吹き飛ばされる。それと同時に、セロアは力強く暖かい腕に抱き寄せられる。はっとして顔を挙げる。
自分を助けた人物は、暗い銀髪に青みがかったグレーの瞳を持ち。美しく整った顔に精悍さを携えていた。
そして、気づく。自分を救ってくれた青年が、あの可愛いいラースだということに…あまりのことに状況を忘れて口を開く
「な…なぜです?なぜ来たんですか…」こんな危険な場所にと続けようとするが声が掠れてうまく発音出来ない。気付けば涙も流していた。
「先生のためです。それ以外の理由が必要ありますか?」腕に包み込む様に力を込めて、ラースは帝政軍を見据えて言った。セロアは思わず赤面してしまう。
「今は、取り敢えず逃げましょう。」ラースがそう言うと、馬だと思っていた乗り物が羽ばたき、上空に飛び上がった。
馬だと思っていたのは、鷹の頭と羽を持つ百獣の王、オースティン王国の象徴である幻龍種グリフォンである。
帝政軍も遠隔攻撃を仕掛けてくるが、ラースの防御魔法に弾かれる。
そして、飛び上がったグリフォンが数回羽ばたき加速する。そこに、ラースが風魔法で風を操り、飛ぶのに最適な状況を作っているらしい。凄まじい速度だ。
帝政軍を見ると、一瞬で米粒の様に小さくなっていた。ーーーー
ーーー帝政軍が見えなくなったことを確認して、速度を落とす。セロアを休ませるのに良い場所を探すためだ。
丁度良い洞窟があったのでその近くに降りて、エトグリークに周辺の警戒に当たらせる。
魔術で簡単なイスを錬成し、セロアを座らせる。火を起こしてから、ゆっくりセロアを見た。どうやら、かすり傷と魔力の枯渇以外は目立った傷はない。
「…ありがとうございます。ラース…再会出来て本当に嬉しいです。」疲れた声でお礼を言ってくる。
「僕もですよ。再会出来て本当に嬉しい!」と言うと同時にセロアを抱きしめる。
「ラース…痛いです。」セロアが赤面し抗議の声をあげるが、抵抗の素振りはない。
だから、セロアをそのまま抱きかかえ、膝の上に座らせる。
「ちょっと…ラース」今度は少し抵抗を見せるが、僕が回復魔法をかけ始めると意味を理解したらしく大人しくなった。
…疲れていたのだろう、僕の膝の上で寝息をたて始める。その頭を軽く撫でる。
無事なセロアを見て安心したせいか…激しい眠気が襲う。(そういえば、昨夜は夜間行軍で…寝てなかったな)背もたれに身体を預けて意識を手放した。
ーーー次に目を覚ますと、セロアは僕の膝の上でまだ寝ていた。久しぶりに見るあどけない寝顔だ。
思わず、頭を撫でて頬ずりしてしまった。わかれてからずいぶん経つが、彼女の姿は少しも変わっていない。
ミーア族は思春期に差し掛かるくらいで成長も老化も止まるので、見た目は一切変わらない。
頬ずりしていると、セロアが目を覚ます。少し寝ぼけているのだろう。猫の様に、甘えるような仕草をする。かわいい。
しかし、そんな可愛い仕草も目が完全に覚める頃には、ジト目に変わっていた。
「ラースはいつもそうです。私を子供扱いします。そのくせ、いやらしいことをしようとします。」
「いや、そんな事はないですよ。僕は先生を尊敬しています。子供扱い、ましてや、いやらしいことなんてしたことないでしょ。」
「いーえ、ラースが子供のころ一緒にお風呂に入ると必ず胸のあたりを何度も見てきたり、不自然に触れてきたりしました。」
(な…気付いていたのか!)
「き…気のせいでしょう?赤ん坊の頃なら…きっとお腹でも空いていたんですよ。」
「まぁ、そういう事にしておきますか。ただ、私の衣類を盗るのはもうやめて下さいね。」
「すいませんでした。」もう言い逃れは出来ないと悟り自供する。
「まぁ、いいですよ。人族の年頃の子供には往往にしてその様なことがあると聞きます。」
そんな話をしながらも、僕の膝の上から動こうとしないセロア…その後も、思い出話しや別れてからのことを話した。
「ところで先生、これからどうするのですか?」本題を切り出そうとセロアに聞く。
「正直わかりません。帝政国ではミーア族は粛清の対象です。降伏しても、全員殺されるか…よくて奴隷でしょう。」セロアは続ける
「ただ、逃げることも出来ません。この戦時下においても、王政府はミーア族の移動を許可していません。許可してくれたとしても、1万人近いミーア族を受け入れてくれる地域があるとも思えません。」
「なので、山に隠れて徹底抗戦し援軍を待つしかありません。帝政軍と戦える軍備をもつ、リットラント守備隊か王国正規軍の…です。」
ゲリラ戦か…援軍が来るなら、確かに面白いかもしれない。ミーア族は魔法が得意な種族だし、狩猟を好むので弓や罠の知識も豊富だ。
ただ、女、子供を連れてゲリラ戦は厳しいのではないだろうか?なんせ、ミットラントは貧しい地域だ。火山活動が盛んな山には食べられるものがほとんどない。
補給路がなければ、餓死してしまう。前世でのゲリラ戦では何人も餓死した友軍を見てきた。もしかすると、戦いで死んだ者より、餓死した人間の方が多いかもしれない。
さらに言えば、侵略目的の帝政マーシアと防衛目的のオースティン王国では、ミットラントの戦略的価値が大きく異なる。
ミットラント自治区は山脈そのものを領土としている。その山脈は帝政国と王国を分断する様に南北に長く伸びており、帝政国から王国に至る道は限られる。
数万の軍隊が通れる街道となると1つしかない。もし侵略側の帝政国がミットラントを占領せずに進軍すれば、補給路の安全が確保出来ない。間違いなく、占領し続けるだけの兵力は残すはずだ。
それに対して、王国側は山脈を抜けて来た帝政国軍を各個撃破すればいいのである。山脈さえあれば、占領の必要もなく、防衛するだけであれば圧倒的に有利な状況なのだ。わざわざ、辺境に出兵する必要はないのだ。
結論を言えば、援軍は来ない。つまりミーア族がゲリラ戦をすれば、最終的には玉砕しか待っていないのだ。
「ゲリラ戦は無駄です。援軍は間違いなく来ません。そして、帝政軍の規模は過去最大です。戦争は長期化します。」
難しい顔をするセロア…そんな事は言われなくてもわかっているそんな顔だった
「これは強制ではありません。ただ一つ提案があります。リットラントに逃げて下さい。」
今度はそれが出来れば苦労しないという顔をしている。オースティン王国はミーア族の移動を戦時下であっても制限している。許可なく移動すれば、最悪死罪である。
「大丈夫です。国王陛下にミーア族の移住許可をいただいておりますし、父上からも移住のための土地提供と物資の援助を取り付けています。」
今度は、信じられないという顔で僕を見るセロアに国王陛下の紋章の入った勅令書を見せる。
そして、呆れるように言った。
「…いつも、予想のはるか上を行きますね。ラースは…でも、これで希望が湧きました。」
その後は、帝政軍から逃げるミーア族と合流し、セロアから自治区政府にリットラントへの移住を提案してもらった。
自治区長と議会は即座に、リットラントへの移住を決定し移動を開始した。
移動は順調だったが、一つだけ問題があった。戦いに出た男達はほとんどが死に…女子供が多かったため、予想以上に時間が掛かったのだ…このままでは帝政軍に追いつかれる。
その考えに至った夜、セロアが支度をして出て行ったことに気づく。まったく予想通りの行動だ。
気づかれないように、後をつける。どうやら帝政軍の方向へ向かっているようだ。おそらく、帝政軍を再び足止めするつもりなのだろう。
「どこへ行くのですか?」
立ち止まるセロア。
「…帝政軍の足止めです。このままでは追いつかれなくても、帝政軍とリットラント軍の戦いに巻き込まれます。」
「そうですね。ただ、先生が行ってどうなります?相手は2万以上います。先日の大隊とは、相手にする規模が違います。」
「それでも、ミーア族の中で私が一番攻撃魔法を使用できます。幸いこの辺りは崖地ですから…うまくやれば半日くらいは持ちこたえられます。そうすれば、ミーア族は逃げ切れるはずです。」
「ダメです。行かせません。」
そう言って、反論しようとするセロアを抱き寄せ、唇を奪う。セロアは一瞬身体を硬直させるが、されるがままに身を任せてきた。
ーー長い口付けのあと、セロアの意識がなくなるのを確認し、エトグリークにセロアを預ける。
「どういうことだ?」エトグリークが低い声で聴いてきた。相手を眠らせる魔法スリープは術者同士に赤ん坊と大人ほどの力量差がないと効果がない。ただ、相手が心身を任せているような状態なら力量に差がなくても効果が出ると…言いかけて、違うことを聴いていることに気づく。
「こうなるのはわかっていたからね。ただ、誰かが殿をしなければミーア族に死人が出る。これ以上…先生を悲しめたくはない。それに、リットラントのことを考えればあと半日は足止めしたい。」
「ふん、親しい者だけ連れて逃げればいいものを、わからんな…人間の考える事は」
「ハハ…そこで友として頼みがある。…先生とミーア族をリットラントまで導いてくれ。」
「よかろう…誇り高きグリフォン族エトグリークの名において誓おう!友の想い人とその一族を導くことを」
そう言うと、セロアを背に乗せて飛んで行くグリーク…これでいい。セロアをこれ以上、危険な目に合わせたくない。
そして、風と水の精霊を呼び出し防御魔法と回復魔法を代行させる。攻撃に集中するためだ。
さらに、地と火の精霊を呼び出し武具を強化させる。
最後に、上級の精霊魔法を準備をして、帝政軍を待つ。
帝政軍が見えた瞬間、最大出力で火炎魔法と風魔法を放った。
帝政軍の前に突然、巨大な炎が発生し、地面を這うように兵士たちを飲み込んで行く。抵抗の術もなく炎に飲みこなれて行く兵士たち。
ただ、即座に帝政軍が対応してくる。防御魔法を展開してきたのだ。こうなれば、互いの魔力の削り合いである。
ーーー帝政軍指揮官将軍キーマは驚愕していた。前線で戦闘が発生したとは聴いていた。ただ、少数の魔術師が相手でありすぐに進行が開始できるという報告であった。
しかし、1時間、2時間経っても進行は開始されない。それどころか、新たな報告は先発隊約1000名の壊滅であった。
そこで、指揮官は認識する。狭い街道を利用して少数精鋭で攻めてきたのだと。ならば、こちらも最強の兵で対応しなければ被害が広がるだけだ。錯綜する情報の中で、そう判断した。
「もうよい!我が兵団が討伐に当たる。敵を休ませぬよう、攻撃を続けながら兵団が通る道を作れ…。」
この決断が自分の運命を大きく変えることにも知らずに…
命令が下ると、指揮官の命令どおり即座に帝政軍は動いた。
そして、将軍キーマは見た。たった一人で万の軍勢と戦う男の姿を…
(バ…馬鹿な!たった一人でこれだけの数の兵を斃したというのか?)内心の驚愕を隠し、帝政軍最強の一つ第三魔導兵団に命じた。
「敵は一人殲滅せよ!」
ーーー「ハァハァ…くそ…」肩で息をしながら悪態をつく、敵が下がり始めたのでおかしいと思っていたが…まさか、こんなに早く出会ってしまうとは…
下がった帝政軍を掻き分けるように、目の前に現れた100名ほどの漆黒の騎士達は帝政国最強の兵団が一つ第三魔導兵団であった。
その特徴は魔術と剣術の融合、魔術も剣術も一流以上でなければ入隊は許されない。
試しに、最大出力の火炎魔法を放つ…瞬時に防御魔法が展開され完全に無効化される。こうなっては逃げられないし、遠隔魔法は魔力の無駄遣いにしかならない。
戦闘が始まってから、初めて剣を抜く。剣に魔術を込めて強化し、防御魔法を接近戦用に切り替える。
黒い兵団が指揮官の「殲滅せよ。」との号令と同時に動き出した。それと同時に自分も駆け出す。
兵団と衝突する瞬間、互いの防御魔法が、衝突する。火花のように魔力が散っていく。
黒騎士達の武器ハルバードが、ラースにあらゆる方向から襲いかかる。
それをよけ、一人目の黒騎士の首を跳ね飛ばしたーーー
ーーー将軍キーマは本日3度目の驚愕の中にいた。たった一人の男が自分の兵団と互角に戦っているのである。
ただ、男の魔力は尽きかけていた。切り傷が増え、血を流しているのがその証拠である。防御魔法が使用出来なくなってきたのだ。
10人を斃した辺りから、見るからに動きが落ち始めた。黒騎士が男を正確に斬りつけはじめる。それを寸前でよけながら、男が初めて距離を取り、膝をついた。
「待て!」
黒騎士達の動きを制する。もう勝利は目前である。なぜ止めるのか?
その時、将軍キーマは戦士として男の名前を知りたいという気持ちが生まれた。
「余は将軍キーマ アルドファン!勇敢な戦士よ。貴殿の名前が知りたい。名乗られよ!」
「ラース リットラント…」
「そうか、あのリットラントの家系か?なるほど…どおりで…ところでリットラントよ我が帝政マーシアに組みする気はないか?」
静かに首を振るラース。もう口に出すのも億劫なのだ。
「そうか…残念だ。我が兵団よ!勇敢な戦士ラース リットラントに安らかなる死を与えよ!」
キーマの命令で、黒騎士達がラースに殺到する。その時…爆音とともに視界が真っ白になる。
その霞が晴れると、そこにはラースしか立っていなかった。自分の愛する兵団は木っ端微塵跡形もない。
「ど…どういう…どういうことだリットラント?どんな仕掛けをした?」怒りと恐怖に震えながら…ラースに聴く。
そして、キーマは見た。暗い銀髪に…男というには美しすぎる顔…そして、赤銅く輝く2つの双眸をーーー
ーーーラースは将軍キーマに説明をしながら歩み寄る。帝政軍は兵団との戦いに巻き込まれるのを恐れたのか、後方に下がったままだ
おそらく、兵団が負けることなど考えていなかったのだろう。
「いやぁ、危なかったですよ。この世界の軍隊も下からの攻撃に弱いと思ったので、事前に仕掛けさせてもらったんです。」
魔術兵団に限らず、防御魔法は自分の真下には展開しないのが普通であった。そこに目をつけたのである。前世でいう地雷の効果を魔法で再現したのだ。
「ただ、焦りましたよ。兵団全員が罠の範囲に入り切る前に、貴方が制止したから…気づかれたのかと思いました。兵団が5人以上残っていたら、僕の負けでしたから…」
1回失敗して、足元に防御魔法を展開されたら二度は使えない。だから、慎重に誘導した。
「み…認めんぞ!こんなおぞましい技…悪魔め!」キーマはその発想を聞いて、青ざめた顔で言った。
「貴方に認めていただかなくて結構です。戦争なんて所詮は殺し合い…どれだけ効率よく相手を消耗させるかです。」
「さぁ、それでは選んで下さい。生きて捕虜となるか…死んで土に戻るか?」
「ふざけるな!死ぬのは貴…」
剣を抜こうとしたキーマがなにか言い終わる前に、ラースの剣がキーマの首を落としていた。そして、自らも膝を付く。
ゼェゼェ…(もう魔力はほとんど尽きかけている。潮時だ。)
この時、遠征帝政軍は指揮官と虎の子の兵団、一般兵4000人以上を失ったのだ…負傷者も合わせれば遠征軍全体で1割強(戦闘要因で言えば3割弱)を消耗したことになる。
再び進軍するには新しい指揮官と兵の補充を行わなければならない。少なくとも半月、万全を期すなら3ヶ月は動けなくなるはずだ…上出来だろう。
問題は…ここから無事に帰れるかどうかである。兵団の異変に気付き、再び現れた帝政軍を眼前に…ラースはこの窮地をどう乗り越えるか考えていたーーー
ーーーセロアが目を覚ますと…暖かい布団の中だった。
「目が覚めましたか?」キャルロアは優しげに問いかける。
「ラ…ラースは?奥様…ラースはどこです。」
悲しげに首を横に振るキャルロア
「…進軍を続けていた帝政軍が、かなりの損害を出して一時退却をしたらしいですが、それ以外の情報は入ってきていません。おそらくは…」
「そ…そんな、私のせいだ。私が帝国軍を引き止めるなんて言わなければ…」
セロアの両目から涙が溢れてくる。
「いえ…ラースは自分の意思で、帝政軍を引き止めたんです…今は悲しむ時ではありません。ラースの意思を継いで戦いに備えねばなりません。」
そう言うと、キャルロアは部屋を出て行く。
キャルロアが言っていることはわかる。しかし、涙が止まらない。
「ラース…ラース…」ポロポロと止めどなく…
キャルロアはセロアに意地悪をしすぎたことに罪悪感を覚える。でも、ラースが危険にさらされたのは事実で…そういう結果もあったかもしれないのだ。少しは自覚してもらわなければならない。
「どうしたんですか先生?」
まるで、当たり前のようにラースはセロアの前に現れた。
「へ…ヒック…なんでラースがここに?」
「え?…そりゃあ、僕の家だからですが、それよりも先生…どこか痛むのですか?」
心配そうにセロアの顔を覗きこんでくるラース…。
セロアは思わずラースに抱きついた。死んでしまったと思い泣いていたこと、ラースが自分を置いて戦いに行った不満を、全ての感情を込めて抱きついた。ーーー
ーーーラースは困っていた。愛しいセロアが泣いているのだ。そして、今は抱きついて離してくれない。
(さて…どうしたものかな?)その時、気が付いた。自分がセロアに抱いていた思いを…伝えたかった想いを…そして言葉に出す。
「セロア…」名前を呼ぶと、セロアが上目遣いで見つめてきた。先生ではなく名前で呼ばれて驚いているようだ。
「愛してます。」そう言うとセロアの唇を塞ぎ…そのままセロアを抱きしめたーーー




