戦争の始まり①
帝政マーシア侵攻の報せを聞いたのは、安息日の翌日の朝のことだった。予定では、侵攻よりも先にリットラントに着き、侵攻してくる帝政軍をミットラント山脈の狭い輸送路で待ち伏せする予定だったのだが…ここから三千の兵を率いて行けば、どんなに急いでも二週間弱はかかる…下手をすれば到着前に侵攻が始まってもおかしくない。
それでは…ミットラントをセロアを見捨てることになる。そのため、3千の兵は副官に任せて、王国軍1万と共に陸路で進軍してもらい。僕は先にエトグリークと共に空路で、リットラントにむかうことにする。
この世界で最速のグリフォンの飛行速度に加えて、僕の風魔法で最適な飛行条件を作ってやれば1日半ほどで着く計算だ。
指揮官が潜行することに、一部士官から異論が出たが、僕が最も早く現場に急行出来ることと、事前の情報収集の重要性を説くと引き下がってくれた。
ベルフェルム陛下にも事前に話を通しておく必要があるので、王宮へ向かう…王宮は戦争の準備で慌ただしい雰囲気であった。
「ふむ…良いのではないか。北方戦線(帝政マーシア)については他の指揮官と折り合いをつけてくれれば、好きにやれ!余は各貴族に対する根回しや物資の手配で忙しい…それと、お前に頼まれていた証文が出来ているから持って行け!」
「ご厚情…痛み入ります。」
「よせ、余もお前を利用しておるわけだ。そして、次に会う時は貴様は救国の英雄、かつ、余の義理の息子になるわけだこのぐらいのおぜんだては当然のことだ。」
そう言われても困る。帝政マーシアの戦力がどの程度なのかもわからないのだから
「そうなれるように努力します。」
「なってもらわんと困る。この国のためにも、我が娘のためにもな。それでは行け!」
「はっ!行ってまいります。」王宮を後にする前にシルビアの所に寄る。
シルビアの部屋をノックする。
「開いておるぞ…入れラース」
魔眼のせいだろう。いきなり押し掛けてビックリさせてやろうと思ったのに。
「行くのか?」
「はい、明日の朝に発つ予定です。」
「そうか、昨日は殴ってすまなかったな。」
「いえ、殴られて当然のことをしましたから、それに…。」
言い終える前に、シルビアの唇が僕の口を塞ぎ、抱きつかれた。歯が当たるような不器用な接吻だ。ただ、シルビアの香りと温もりを感じる。
口を離し、涙目で僕を見つめるシルビア…
「良いのですか?婚前に手を出して」
「ふん…前払いじゃ。前金を受け取った以上は死ぬなんて許さんぞ!必ず生きて帰って来い。」涙を見せないように後ろを向いてしまうシルビア…
「畏まりました。シルビア殿下…必ずや英雄となって御身の前に戻りましょう。」
「ふん…さっさと行け…」シルビアが何か言い終わる前に転移魔法で姿を消す。強がりのシルビアのことだ涙を僕に見せたくないだろう。
「ふん、いらぬ気遣いをしおって…戻ってこいよ。」
ーーー転送先はハインラント公爵家だ。まずは、ザルフ閣下に挨拶をする。こちらも、戦争の準備で忙しそうだ。
「ああ、よく来てくれたラース殿…本来なら夕食でも一緒にと言いたいところだが…見ての通り仕事が山積みでね。」
「いえ、これから出征いたしますので、ザルフ閣下にご挨拶に伺っただけですのでお気遣いなく。」
「そうだな…私の所よりも、ミリィの所に行ってやってくれ、ラース殿が来るのを待っているよ。ラース殿の所に行きたいのを我慢して…」
だだだっと走る音が聞こえてくる。
「ラース!」ノックもせずに部屋に入ってくるミリィ。本来なら嗜めるはずのザルフも、今日は大目に見るらしい。
「それでは…娘を頼むよ」そう言うとザルフは苦笑いしながら部屋を後にする。
「…ラース…行くの?」
「ああ…明日の朝に出征する予定だ。最後の挨拶にね。」
「本当は行って欲しくない…でも、ラースは行くんだよね。」
「この国で育ち…この国の民に生かされて来たんだ。ここで戦わなければ貴族ではないよ。」
「そうだね…これ、急いで作ったからあんまり上手く出来なかったけど…。」ミリィが僕に手渡して来たのは、騎士を模った布製の人形だった。オースティンでは御守りとして、妻が夫に手作りの人形を手渡す風習がある。
「ありがとう…待っていてミリィのところに必ず戻るから…ほら、泣かないで僕のミリィ…笑っておくれ。」涙を拭って…おでこにキスをする。ミリィは目に涙をためながらも精一杯の笑顔を僕に見せてくれたーー
明け方…転移魔法でエトグリークの元へ行く。突然現れた僕にビックリしたのか…目を見開くエトグリーク。
「主よ…転移魔法を使うのは良いが、事前に我にも伝えよ。テレパーシーを使えばよいだけじゃろ…」
「すみません。急ぎだったもので…」
「まぁ、良い準備は出来ておるぞ。乗れ!」
こうして僕とエトグリークはリットラントに向けて出発した。




