少尉の苦悩②
「はぁ〜!」王宮へと続く中央通りの馬車の中、春の陽射しに美しく照らされている並木道に目もくれず、僕は一人ため息をつき考え込んでいた。
耳長族との混血であるため王位の継承権こそないが、王陛下の長女であるシルビアと王国に2つしかない公爵家の1つであり、ハインラント公爵家の相続権を持つ一人娘ミリィとの約束についてである。
二人に対して同じ日に一緒に過ごすと約束してしまったのだ。直接の原因はミリィとかなり前から約束していたのに、その約束を忘れてシルビアと約束してしまったことだ。
その他の間接的な要因については…魔術や剣術などの必要な技能を身に付けることに必死になり、安息日などの習慣に疎かったことだ。
オースティンでは前の世界とほとんど同じ暦が使われており、1週間は7日間、1月は約30日で構成されている。異なるのは1年が13ヶ月あることぐらいである。
安息日は勇者アースが女神に魔王を倒すことを誓った日とされ、それが民衆の安息をもたらしたとされるので祝日となっている。
また、安息日は誓いの日という別名もあり、この日に誓ったことは必ず成就すると言われ、若い女性の間ではこの日に婚姻を誓えば永遠の愛を得ることができるとされている。
オースティン王国の慣習によれば、この日に二人きりで会うことを男女どちらから誘ったとしても、男の側が求婚することになる。求婚するつもりがなかった場合は誘いそのものを断らなければならない。
つまり、僕は二人の女性から求婚することを求められて、それに応じていることになるらしい。二人の好意は感じていたが…まだ子供と思い、手は出さないようにしていた。逆を言えば、煮え切らない態度に映っていたかもしれない。
思えば…二人とも15歳と17歳になり、各貴族から結婚の話が絶えないらしい。貴族の娘は15歳から20歳の間に婚約するのが普通だ。
特に、王位継承権のある王族や領地を持たない上級貴族の次男・三男はミリィの美貌と公爵家の領地を目当てに集まっており、王位継承権のない王族や領地持ちの上級貴族はシルビアの美貌と現王との繋がりを求めて集まっている。大国プロセリアの王子が同盟の証としてシルビアを求めているとも聞く。
ハッキリ言えば気に入らない。領地や縁故狙いで二人に近づくことも、二人が自分以外の男のモノになってしまうこともである。
ただ、それが自分のわがままな独占欲であることにも気付いており、どちらに絞ることもできない自分がいる。さらに悪いことに…自分は未だにセロアのことが忘れられていない。
問題は他にもある。ミリィと結婚すれば慣習上は格上の公爵家に婿入りになる。この場合に、ハインラントとリットラントを両方継承するわけにはいかない。
理由は権力が集中してしまうからだ…ハインラントは国内の富の2割を占める商業地であり、リットラントは国内有数の穀物生産量を誇り、豊富な鉱物資源と強力な軍事力を有する。この2つの領土を保有すれば、王政府に匹敵するほど力が強くなってしまう。
慣習上はリットラントを手放して、ハインラントを継承することになる。リットラントは養子を迎えて存続する形となるだろう。
シルビアと結婚すれば、今以上に現国王ベルフェルム陛下との関係がますます深まり、国の要職に就くことを求められるだろう。それ自体は大きな問題はない。
ただ、プロセリアとの同盟関係はダメになるかもしれない…そうなれば帝政マーシアとプロセリアの両国に挟撃される恐れもある。
まとまらない考えを無理やり終わらせ、目の前に座るベルフェルム陛下に質問をする。
「…と言うわけなのですが、どうするべきでしょうか?」
「…知らぬわ!クズめ!」青筋を立てながらこちらを睨みつけてくるベルフェルム陛下…
「だいたい二股をかけている女の父親の前でいう言葉か?お前でなければ…二人きりでなければお前を不敬罪で処刑しているところだ。相手を考えて相談しろ。」
「自分がどれほどクズかも…陛下のお怒りもごもっともですが…他に相談できる方がいません。」
「ふん、まぁ…英雄色好むとも言う。余も妻以外に妾が3人おるしな…しかし、13で王族と公爵家の娘を虜にするとはな…末恐ろしい限りだ。」
「…相談に乗ってくださるのですか?」
「ふん、お前の考えているとおりだと思うがな…参考にはならんと思うぞ…あと、余は個人的には、お前にシルビア一人を選んでもらいたいと考えていることを忘れるな。」
「…わかっております。」
「まず、お前は辺境伯爵家の跡取りだ。家格も実力も申し分ない。男子のおらん公爵家に婿入りするにしても、リットラント家当主となり継承権のない王族を嫁にもらうとしてもさほど難しいことではない。何より、余もザルフ卿もお前になら安心して任せられる。」
「…一人ならそうだと思います。」
「ふん!しかし、両方となれば話は変わってくるな…本妻ならともかく側室は身分が下の貴族がなるものだからな…お前の場合は、身分も実績も足らん…。」
「そのとおりです…。」そう、僕は実績があると言っても、ベルフェルム陛下が王に成るのを助けただけだ…他の貴族や国民を納得させるだけの実績とは言えないのである。
「ならば、救国の英雄にでもなるしかないな…帝政マーシアは戦争の準備を始めたそうだ。喜べ英雄よ。娘のために、余がお前の舞台を整えてやろう。」
「な…本当ですか?」
冗談ではない。戦争なんて真っ平だ…
「ああ…そもそも、お前を呼んだのはこの件を話すためだ。早ければ半年後、遅くとも1年以内に…正確な侵攻時期は不明だが、帝政マーシアが大規模な戦争の準備をしているのは確かだ。」
「大規模?どの程度の規模なのでしょうか?」
「正確にはわからん!ただ少なくとも第一陣だけで3万人規模…全体では10万人規模となるだろうよ。おまけに呼応する様にプロセリアが我が国に対して領土の一部やシルビアを寄越せと…無茶な要求ばかりして来おった。恐らく裏で繋がっていると見て間違いない。同盟国が聞いて呆れる。」
「…プロセリアの動員出来る軍隊の規模は、どの程度でしょうか?」
「3万人程度だろうよ。我が国の半分程度だ…まともにやれば負けることはない。ただし、帝政マーシアと合わせれば13万人規模と
なる。我が軍の倍以上だ。ミットラント山脈があるとはいえ、挟撃されれば対応は出来ない。」
「確かに、我が国は軍を2つに分けなければなりませんね。しかも、プロセリア王国との国境は平野ですから、容易に攻め込まれます。」
「その通りだ、なのでプロセリア側にはオルタラント公爵家の軍5千を主力にして約3万を置く、王都には近衛3千とハインラント公爵家の軍5千を主力とする約1万を置くことにする。そして、帝政マーシア側にはリットラント辺境伯爵家の軍5千を主力にして、約2万で守り切ってもらいたい。加えて…お前には3千の兵を任せよう。」
「…山脈があるとはいえ…2万で10万を相手にするのですか?」
「そうだ、もしこれが出来れば誰にも文句は言わせんよ。お前は救国の英雄だ。シルビアもミリィも好きにすればよい。だが、これが出来なければ我が国は滅ぶ…」
「責任重大ですね…分かりました。リットラントの名にかけて帝政マーシア軍を殲滅してお見せします。」
できれば戦争は避けたい。しかも不利な戦争などすべきではない。ただ、強国がやる気になっている以上は対応せざる得ない。さらに、主戦場はリットラントだ断わることはできない。
そしてもう一つ気になることがあった、ミットラントがセロアの故郷であることに気付いたのだ…ならば、リットラント家での役目を終えたセロアもミットラントにいるはずだ。
まずい…ミーア族が巻き込まれればセロアはミーアを守るためにおそらく戦うだろう。
「陛下…申し訳ありませんが、後2つほどお願いがございます。」
こうして、戦争の準備をすることになり、2つの願いも無事聞き入れられた。後は、安息日を無事に乗り切り、1ヶ月後に準備のためにリットラントに一度戻ることにする。
取り敢えず、前世以来の大規模な戦争だ…不利な状況だが…大戦ほどではない。万全を尽くせば十分勝機はあるのだーーー




