少尉の苦悩①
…春先の暖かい陽射しの中、ラース リットラントは貴族院学校の中庭で昼寝の真っ最中であった。今は課業中であり本来は授業を受けなければならないが、誰もラースを咎めることはない。
理由は簡単だ…今年で13歳になるラースに教えられることがないのだ。魔術にしろ、剣術にしろ、学術にしろ学校の教職員たちでは実力不足なのだ。
ただ、職員たちを責めるのは可哀想だろう。ラースは王国に3人しかいない上級魔術師の1人であり、剣術についても御前試合で王国最強と名高い近衛団長相手に勝利をおさめている。剣術と魔術に関しては、教職員相手にラースが指導した方が良いくらいだ。
学術に関してはどうだろうか?そもそも前世に比べてこの世界は、魔術の研究が盛んな分、科学分野の学問が低いレベルで停滞している。ラースは前世では士官学校を優秀な成績で卒業しており、どちらにしろ貴族院学校の教職員ではラースを教えるのは荷が重かった。
ーーー「また、サボってるのね…」少し呆れたようなミリィの言葉に意識を引き戻される。
「うん…授業に出席しても退屈だし、先生たちにも悪いからね。」自分よりも技能のある人間にモノを教えなければならないのは、苦痛でしかないだろう。少なくとも僕は嫌だ。
見ると陽の光を浴びたミリィの銀髪がキラキラと輝いていた。15歳になったミリィは美しく成長した。透き通るような白磁の肌にエメラルドの瞳がよく映えている。
目元はややつり目のため、気が強そうな印象を与えるが…それが逆にミリィの魅力を引き立たせている。絶世の美人と言っても言い過ぎではないだろう。
しばらく見惚れていると…ミリィと目が合う。思わず恥ずかしくなり、誤魔化すために立ち上がるとミリィが小首をかしげる。
「ラース…また身長が伸びたね。この前まで私より小さかったのに…」
「…成長期だからね。」
「ふふ…でも全然、男らしくはならないね。本当に叔母さまソックリ。」実際、女に間違えられたことは一回や二回ではない。別に容姿に拘りはなかったが…少しショックだ。
「…まぁ、お母様に似てるなら名誉なことだよ。」キャルロアは絶世とはいかないが、かなりの美人だ。
「そうだね。ところでラース…今週末なんだけど用事はある?パパが一緒に食事をしたいと言っているんだけど…」
「…今週末はベルフェルム陛下と食事をご一緒させていただく予定だから…来週なら是非にと伝えてもらっていい?」ベルフェルム陛下は見事に王命をやり遂げて王座に着いたのだ。僕も微力ながら協力させていただいた。
「…そうか、わかった伝えとくよ。私との約束は忘れてないよね?」少し顔を赤らめ上目遣いに尋ねてくるミリィ
「ああ…もちろん。」忘れていた…たしか、安息日に一緒に食事に行くことだったような気がする。ミリィの機嫌を損ねないように忘れたとは言わない。
「そう、それじゃあ楽しみにしているから…よろしくね。私は魔術の講義を受けるから行くね。」そう言うとミリィは機嫌良さそうに魔術棟の方に向かって歩き出した。
ハインラント公爵家の相続争いが終わり、ミリィに危害を加える存在はいなくなった。そのため、僕が常に一緒いる必要はなくなり、ミリィが入りたがっていた魔術を専門とする術科にも取り組めるようになった。
術科は授業が終わった課外の時間に行う生徒の自主活動であるが、貴族院学校はかなりレベルが高い。ミリィもこの3年で中級魔術師の取得を目指すところまできている。魔術と学術は学生の中でもトップクラスであり、剣術についてもかなり上位に食い込む実力を持っているのだ。
僕はと言うと、一見すれば寝ているように見えるが、精神世界で鍛錬中なのだ。根腐伯爵バルサールとの戦いで、最終的に使用した死者の軍隊…あの技は現実世界では何度やってもできなかった。
そのため、エトグリークから精神世界の構築法を教えてもらい精神世界内で練習することにした。結論から言うと…死者の軍隊は精神世界でしか使用できないのだ。
しかし、利点はある。この魔法のおかげで人間にとっては不利とされる精神世界で、魔精霊などの精霊に対しても常に優位に立つことができるのだ。
死せる軍隊は僕が率いた小隊や僕と戦いを共にした者を魔力的存在として召喚でき、装備や兵器は僕がその存在を知っており、かつ、その効果を知っていれば使用可能なのだ。
自分は前世の友軍は、補給さえ確保されていればどんな軍隊も打ち破ることができると考えているし、実際その通りだと思う。
その最強の軍隊に消耗品の概念がなく、僕が死なない限りは存在し続ける。相手にとってはまさに悪夢だろう。
夕方が近づいて来たので、そろそろ寮に戻ろうとすると輝くような金髪に赤に近いアメジストの瞳と尖った耳を持つ美女に話しかけられる。
「おい、ラース!」
「これはこれはシルビア殿下どうなされましたか?」臣下の礼をとろうとするが…
「やめよ…ラースと余の仲じゃ。気軽にせよ!」
「いえ…直系王族の方にそのようなマネは出来ません。」
「だから…よせ!それに、余は王族とはいえ耳長族との混血じゃ、間違っても王にはならん。命令じゃいつものように気軽にせよ!」
「分かりました…命令ならば仕方ないですね。どうしたのですか?」少しくだけたいつもの口調に戻した。
「おーそうじゃった!再来週の週末の件じゃが覚えておるか?」
「…たしか、魔術の鍛錬にお付き合いすることでしたっけ?」
「なんじゃ?今の間は…ひょっとして忘れておったな。余は楽しみでしょうがなかったのに…。」少し涙目になりながら、抗議の視線をこちらに向けてくるシルビア…。
シルビアは混血という立場上、王族として相応しい振る舞いを過剰に行う傾向がある。そのため、自分の王族の理想像である父親の話し方や振る舞いに似せているし、動揺を表に出さないようにしているが、時々このように可愛らしい一面も見せてくれる。
「冗談ですよ。」
「嘘をつくな!こないだも忘れておったではないか!」
「今回は前回の埋め合わせもさせてもらいますよ。」
「ん…まぁ、それなら良いか?うん」
何故か疑問文でゆるされた。そういえば、安息日っていつだろう?僕は思い出したようにシルビアに聞いた。
「ところで、安息日っていつですか?」
「…え?ラースよ。余の話しを聞いておったか?安息日は再来週の週末じゃ…つまり、余との約束の日じゃよ。」
(…へ?…え?…)あまりのことに言葉を失う…同じ日にミリィと買い物に行って、シルビアと魔術の鍛錬をする…不可能だ。どうする…?
精神世界での鍛錬に熱中するあまり…現実の事柄をおざなりになっていた。どうにもならない…何とかしなければ…どうする?どうする?




