愚かな男②
学校内の寮の一室…室内の広さと調度品を見れば、そこが上級貴族のために用意された特別な部屋であることが分かる。
その部屋でソファに座り、拳大の黒い魔石を見ながら、ベルール ハインラントは大きなため息をついた。
「おやおや、どうしたんすかぁ?旦那…ため息なんてついて…ケケケ」ため息に軽薄な調子で応えたのは、ベルールの腰ほどの背丈しかない小さな男だった。燕尾服を着ており、遠目から見れば不格好ではあるが人に見えないこともない。
しかし、近寄れば人間でないことが一目で分かる。腕は病的に細いのに、身体は風船のように膨らんでいた。そもそも顔が人ではないのだ…その男の顔はカエルそのものであった。
「どうもこうもない…お前を使役する目的はリットラントを消すことだ。女生徒を攫ったり、拷問したりするためではない。」少し目障りそうに、カエル男に言うベルール。
「ケケケ…なーに!旦那…目的達成のためには必要なことですぁ。俺っちにとっては人間の負の記憶や感情がとびきりの栄養なんでさぁ。」
「しかし、立て続けに3人も必要あったのか?リットラントに気づかれるんじゃ…」
「ケケケ…たしかに、あのガキはただ者じゃないすぁ。一度の拘束魔法で俺っちの存在を半分近く持って行きやがったすぁ。おかげで、完全に復活するのに3人も生贄が必要になったんすぁ。」
「一度の拘束魔法でって…それでは、お前じゃ…勝てないということじゃないか!」
「ゲゲ…奴はグリフォンを調伏して人とは思えないほどの魔力を使用出来るんでさぁ。真正面から行ったら、俺っちでも厳しいでさぁ。だけど…小細工を弄すれば十分に勝てるですぁ。」
「本当か?信じて良いんだな…」
「ゲゲゲ…精霊は嘘はつけないすぁ。旦那は見ていればいいんすぁ。俺っちがあのクソガキを痛めつけて…存在すら食らい尽くしてやるすぁ。」
そう精霊は嘘がつけない。ただ、それは必ずしも正確なことを伝えることを意味しない。特に、魔精霊は人間の負の感情が糧であるので、出来る限り多くの人間を深く苦しませる方法を選択させようとする。
だから、魔精霊を使役することや上位の魔精霊と契約できる暗闇の魔石の取り引きは多くの国で禁止されていた。
ベルール はそのことを理解しながらも、この軽薄な魔精霊バルサールを信じるしかなかった。この魔精霊こそ、暗闇の魔石で呼び出した最強の切り札だからだ。
軽薄で見るからに弱そうな魔精霊バルサールだが、実力は確かだ。通常、精霊は下級精霊、中級精霊、上級精霊に分けられるが、魔精霊の場合は上級精霊の中でも特に強力な存在に、序列1位から序列100位までが与えられている。
バルサールは序列30であり、根腐伯爵バルサールと呼ばれており、人が呼ぶことが出来る精霊では最上位の存在である。暗闇の魔石がなければ使役どころか呼び出すことさえ不可能なこの世界では最も神に近しい存在だ。
そんな上位者を使役しながら、ベルールは恐怖心を払拭することができなかった。バルサールの実力を知ってるだけに…不安が大きくなる。
神に近しい存在に、真正面からでは厳しいと言わせる10歳弱の少年と敵対して不安にならない者はいないだろう。
しかし、ベルールは引き返す訳にはいかなかった。ラースを消さなければ、ザルフ公が公爵家の当主を相続してしまう。そうなれば、自分が公爵家の当主を継ぐことは絶望的になってしまうからだ。
それだけは、死んでも避けなければならない。そう言い聞かせると、ベルールはバルサールに言われたとおりに準備をはじめた。
それが、成功するにしても…失敗するにしても碌なことにならないことを自覚しながら…愚かゆえに自分なら出来るという根拠のない自信がベルールを支配していた。




