入学
予想通り、特別選抜試験はあっさり合格した。貴族院学校は完全寮制らしい。
寮と言ったが、寮にも5段階のランクがありザルフが用意した寮はその中でも一番ランクが高い…寮とは名ばかりの一軒家だった。
また、本来なら必要な物を購入したり、荷物を運び込んだりと準備しなければならないが…ザルフがすべて準備してくれたので、入学まですることがない。
ただ、問題があった。ザルフが準備した寮にミリィと一緒に住むことになったのだ。使用人は出入するが、夕食の片付けが終わればいなくなってしまう。
ミリィは乗り気だが、いくら部屋が別とはいえ、思春期に差し掛かる男女を一軒家に二人切りにしていいはずがないだろ。
一緒に寝てたのに何を今更と思うのだが、5年間も自分を抑える自信がない。最近、気がついたがこの身体は、前世よりもあらゆる機能が強いのだ。
今はまだ一緒に寝ても軽い好奇心ぐらいだが、あと1、2年すれば抑え切れない欲求となりそうだ。
その点をザルフに率直に相談すると
「ははは…ラース殿が責任をとってくれるなら構いませんよ。」という言葉が返って来た。ダメだこの人…あの一件以来、僕とミリィをくっつけようとする傾向さえある。
まぁ、いいや。考えても無駄なら考えるのはやめよう。なるようになれだ。
入学式やその後の流れは前世と大きく変わるものではなかった。貴族院学校は入学式が年に2回あるので、むしろ簡素すぎるように感じたぐらいだ。何事もなく1日を終えてミリィと一緒に寮に戻る。
寮に戻ると使用人によって、すでに夕食が準備されていた。
僕達が夕食を済ませると、手早く片付けを済ませ、簡単な引き継ぎと挨拶をして使用人達は引き上げてしまった。
ついに、ミリィと二人きりになってしまう。どうするか?まぁ、自然に接すれば問題ないだろう。
いつも一緒にいるのに、二人きりになったからといって変に緊張する必要はないのだ。そう自分に言い聞かせる。
悶々としていると、気付けば夜も更けていた。ミリィは風呂を済ませて寝る準備を初めている。
…あまりにも普段と変わらないミリィを見て、僕は一人で何を悶々としていたんだろうと馬鹿らしくなった。思考する事を放棄して、寝ることにしたーー
そんな生活にも慣れた頃、ミリィが術科活動を見学したいと言い出したので、ミリィと一緒に見学に回ることにした。
剣術や魔術など、貴族に必要な術科を放課後に行う自主活動らしい。部活動みたいなものか?
一緒に何個かの術科を見たあと、分かれてそれぞれ見たい術科を見て回ることにした。
その後、相撲やレスリングに近い組み技の術科を見たり、魔術の術科を見たりしながら時間を潰す…どこも子供にしたらレベルは高いのだろう。
待ち合わせ時間も近くなってきたので、そろそろ待ち合わせ場所へ向かおうかと考えているとーー男の怒声が聞こえて来た。急いで声をする方に向かう。
待ち合わせ場所に行くとミリィの周りを7人の男が囲んでおり、ミリィと言い合いをしていた。そのとき、一人の男がミリィの顔を叩いたのだ…頭に血が上るのを感じる。
全員、殺してやろうか?そんな物騒な事を考えたがミリィが相手を叩き返した。取り敢えずは、間に入って様子を見ることにする。
叩かれた男が反撃する前に、ミリィと男達の間に立つ…男達の視線が僕に集まるが無視する
「ミリィ!大丈夫か?」
「うん、軽くはたかれただけだもの大丈夫よ。」
とはいえ、少し赤くなっている頬を見て、再び怒りの感情が湧いてくる。その感情を抑えつつ…
「そうか…良かった。それで?この人達は誰?」
「ラルフール伯父様の馬鹿息子とその取り巻きよ。」
すると一人の男が顔を真っ赤にして怒りを露わにする。ただ、それを押さえ込んで僕に挨拶して来た。
「私は、公爵家の息子ベルール ハインラントだ。そこにいるハインラント家の末席を汚す、従妹に上席者に対する礼儀を教えてやっている所だ。ほっておいてもらおうか。」
ああーなるほど、馬鹿息子そのものって感じだな。陸軍幼年学校でもいたな家柄を振りかざすみっともない奴が…
「それは出来かねます。私はラース リットラント…ザルフ叔父様からミリィテイア様をお守りする様に言われています。」
僕が親戚であることに一瞬驚いた顔をするが、リットラント家の家格が下であることに気付いて偉そうな態度を取り戻す。
「リットラント家の者か。公爵家に盾突く気か?」
何言ってんだコイツ?
「ミリィテイア様も公爵家ですね。さらに言えば、叔父上と父上からこう言われています。気に入らなければ、王族以外は殴り飛ばして構わないとね。」言い放って不敵に笑う。
なにか勘違いしている様だが、家格を決める爵位と言うのは王政府からもらう名誉階級だ。譜代(初代国王の直系又は代々遣える家臣)の貴族や国に役職を持っている貴族ならそれだけで重要な意味があるが、リットラント家は外様(初代国王の直系ではない家系)で国に役職もないので爵位に対するありがたみは薄い。
それに王国の爵位は名誉階級であり、実質的な拘束力など持たない。ただ、爵位が上である家系ほど広大な領地を持ち、国の要職に着く傾向がある。そのため、多くの貴族は爵位を聞いただけで上位者には従う傾向があるのは確かだ。
しかし、リットラント家は違う。帝政マーシアとの国境に位置することもあり、広範な自治権と軍事権を持ち半独立国家としての性格を持つからだ。
軍事力で言えば、オースティンの5分の1を占め、国力を決める穀物生産量ではオースティン全体の1割を占めるほどである。
これだけの国力と軍事力を持つのは、王家を除けば、公爵家の2つだけである。
そんな事情も知らない馬鹿と話してもしょうがない。
「あと、上席者に対する礼儀と言っておられましたが…その上席者の方は誰ですか?ここには、馬鹿息子とその取り巻きしかいないようですが?」
その言葉にベルールの顔が真っ赤になる。
「やれ!」その合図に6人の男が殴り掛かってきた。まずは、ミリィの顔を叩いた男が殴り掛かって来る。
遅いーーなんでも無い様に。その拳をよけると、顎をカチ上げるように掌底打ちを食らわせる。男は膝から崩れ落ちる。
そして流れるような動きで、次の相手に前蹴りによる金的、次は鉄槌による腎臓打ち、最後はこめかみへの肘打ちで立て続けに3人を戦闘不能にする。
金的を受けたた男は泡を吹いて倒れ、腎臓打ちを受けた男は脂汗を出しながら痙攣し、肘打ちを受けた男は額から血を流して失神した。
4人を倒した時点で、数秒ほどしか経っていない。この惨状を見た取り巻き2人は逃げ出した。腰を抜かしたのか、その場に座り込んだ哀れな馬鹿息子は一人だけ取り残される形となった。
「ま…待て…僕を置いて逃げるな。」
すがる様に、逃げ去る取り巻の方向に手を伸ばすが虚空を掴むばかりだった。その腕を思い切り踏みつける。
「あぁ、痛い!足をどけろ…僕が誰だかわかっているのか…クソぉ、家格もわからんのかリットラントの山猿はぁ」
まだ自分の立場がわかってない様なので、みぞうちを蹴る。「ボコォ」鈍い音とともにベルールの嗚咽が廊下に響く
「…おぇ…っ…」呼吸が出来ず苦しんでいるベルールに再度蹴りを打ち込もうとする。
「ぐっ…やめろ!やめてくれぇ!なんでもするぅ。だから頼む」泣きながら哀願するベルール…ここで一言脅すことにする。
「僕からお願いすることは1つだけあります。よく聞いてくださいね」
コクコク頷くベルール。
「これから、ミリィテイア様に近づかないことです。わかりましたか?」
コクコク頷くベルール
最後に耳元で囁く様に告げる。
「あと、これはお願いではないのですが…今後、学校内でミリィテイア様に何か危害が加えられる様なことがあったら、真っ先にお前を殺す、絶対にだ。」
恐怖を増幅する魔術を掛けてやってから、拘束を解くと半狂乱でこの場を去っていった。
「ミリィ、それじゃ…保健室に行きましょうか。」にこやかな笑顔でミリィにそう告げた。ミリィの綺麗な顔に傷痕など残ったら大変だ。
「え?えぇわかったわ」やや惚けた様にミリィが答えた。やりすぎたかな?
「でも、妙だな短時間とはいえこんだけ騒いでも誰も来ないなんて…。」
「大方、あの馬鹿息子が警備生にお金を渡して干渉するなとでも言ったんでしょ。今回はそれが裏目に出たんじゃない?」
「そんな簡単なもんなのか?」
「そうね、警備生になる生徒はみんな身分の低い貴族だから…どうせ、公爵家には逆らえないし、見逃すだけでお金をもらえるなら幸運とすら思うかもしれないわ。」
そんなもんか…前世の帝国陸軍は身分や家柄を重視する傾向があったが、ここまで酷くなかった。
こんなことがまかり通る学校も国も改革が必要だ…そんなことを考えながら、ミリィとともに帰宅することにした。




