★確信。
「……晴翔、どこまでが、
『貴方の脚本』なの?」
ふと、、
ピキッ、と、顔面にヒビが入った気がした……。
もちろん比喩である。しかし、黒崎晴翔の『仮面』は、間違いなく少し剥がれた。
「『堕天使』黒崎晴翔、貴方は『飼い主』である私、マーヤ・シャルルに報告を行う義務がある。そうよね?」
「……。」
「貴方の『本業』を思い出してもらいましょうか、答えてみなさい。それとも、私が再確認させてあげましょうか?」
「…………。」
目の前にいる青年の雰囲気が少しずつ変わっていく。『仕事』の顔だ。それと同時に、少しだけ『本性』が顔を覗かせている…。
「……コードナンバー3、『堕天使』、黒崎晴翔の本業は、『とある人物の正体を暴くために緋色学園の生徒を装ってスパイ活動を行う』事。そして、その情報は全て、『ヴィーナス』に報告する事」
それが黒崎晴翔に与えられた『仕事』。今の今まで、そのために自分は学生生活を過ごしてきたのだから。全て仕事。たった一つの『目的』のために。ただそれだけのために。
「では、もう一度、聞くわ」
『ヴィーナス』は、もう一度、静かに告げる…。
「……今回の事件、どこまでが、『貴方の脚本』なの??」
程なくして雪崩れる様に仮面はポロポロと落ちていく。
精神世界の深い溝に、綺麗な湖があった。そこは黒崎晴翔の心の中、水面が煌めく綺麗な世界。『隔離された』世界。
その水面上に一人の人間がいる。確認するまでもない。『自分』である。姿形瓜二つの黒崎晴翔である。
…だが、違う。『今』と『彼』では根本が違うのだ。
『彼』はまるで空気と一体化したかのように、宙に浮いた。浮上しているのだ。まるで深海から地上に戻るように。
そして、すれ違った。二人の黒崎晴翔が。全く違う、黒崎晴翔が。
この一瞬は、黒崎晴翔が、
学生生活を本業のために淡々と過ごし、仮面を被ってきた『今』と、
身体から湧き出る憎悪だけを胸に過ごし、闇そのものを体現した『彼』が、
意識が『交代』した、瞬間だった……。
「……強いて言えば、『全部』だ、マーヤ・シャルル」
『闇』から発せられた声は、絶対零度に近い低い声だった。
彼、黒崎晴翔は昔から明るい子ではない。冷めていて、何か世界に退屈を感じている、だけど統計的に見れば、今時の子とそんなに変わらない子。
でもそれは、あくまで『表向き』の話。私は知っている。彼の本質は、先ほどの黒崎晴翔とは全く『別の個体』そのものである事を。
つまり、『この』黒崎晴翔こそ本性であるという事を…。
「…全て、仕組んだ事……だというの……?」
『ヴィーナス』、マーヤ・シャルルは背中を向ける『闇』に問いかける。それを聞いた揺らめく『闇』は、存在に似つかない程柔らかく笑った。
「仕組む、か。人間一人がやれることなんて、たかが知れてる。俺が描いた『脚本』は、精々『結末』を『書き換えた』くらいだ」
「……どういう……こと……?」
「言葉の意味だ。俺は結末を書き換えただけ。本元の『脚本』は、別にあった」
「それは、今回の銀行強盗事件のこと?」
「ああ、そうだ」
「……そこまでして、貴方がこの事件に関わった理由は、やっぱり……」
その後は、口にしなくてもよかった。
目の前の『闇』はそっと振り返る。笑っている、はずなのに、そこから『陽』の感情は伝わってこない。
ただ、身体からは、『闇』が溢れている、そんな感覚だ。
「……お前も知っている通り、俺は『復讐者』だ」
『闇』、黒崎晴翔から、笑顔が消えた。
「このスパイ活動も、学生生活も、黒崎晴翔を演じるのも、たった一つの『復讐』を遂げるための工程にしか過ぎない」
そう、この青年にはたった一つの成し遂げたい事がある、それは、『復讐』。そのためだけに、私はこの青年にこの仕事を渡した。
…つまり私、マーヤ・シャルルも、
彼の復讐の内容を知っていて、
彼の復讐の痛みを知っていて、
彼の復讐に加担する共犯者なのだ…。
「この身は憎悪だけを宿した身体。前世の身体は死を迎え、叩き落とされた地獄とも呼ばれるところから這い上がり、『たった一人の殺人鬼』を殺すためだけにこの世に舞い戻った亡霊だ」
マーヤは知っていた。この黒崎晴翔は復讐のためにこの『世界』にいる事を。血で身体を染め、人間が人間を粛清するこの世界に。
「忘れた事はない。悪という存在が腐るほどいるこの世界で、何の関係のない善人である母を手にかけた愚者がいることを…」
ギリッ、と拳が握られていた。
「…忘れた事はないッ…。善人になろうと必死に足掻き、俺に道を違えるなと教えてくれた師を殺した絶対悪がいることをッ…!!」
ギリギリッ、と歯をくいしばっていた。
「その名は、『死に神』」
『死に神』。
この『業界』では知らない人はいない、死の象徴。コードナンバー4。一言で言えば規格外。または伝説なる存在。
『死に神』は都市伝説だ。などと言われているが、それは大いに間違いだ。奴は必ず存在する。
そうでなければ、黒崎晴翔にとって大切な存在であった、殺された『二人』の死因は、どう説明しろというのか……。
気づけば、憎悪が露わになっていた。人をも殺しかねない闇の奔流が彼の周りを渦巻いた。事情を知るマーヤでさえ、動けば殺されるのではないかと錯覚するほど、目の前の彼は恐ろしかった。
「……貴方がそこまで感情を表に出すという事は、答えが出たのね?」
「……。。」
ふぅ、と晴翔は短く息を吐いた。マーヤはそれを興奮から覚ます動作であると同時に、肯定であるという風に受け取った。
「先ほどの質問よ。貴方の本業であったスパイ活動の成果がようやく出た、と判断していいのね?」
「…………そうだ」
「重ねて質問、及び確認よ。貴方、」
一度、言葉を切って、先ほどようやくマーヤ自身も辿り着いた真相に対して、問いかけた…。
「……コードナンバー『4649』の狙撃失敗事件の『真相』について、
そして、
今回の事件の実行犯、及び死亡したのが『4649』である事を、『知っていた』わね?」
コードナンバー『4649』の狙撃失敗事件。それはつい数週間前に起こった、4649の狙撃が何者かによって邪魔をされ、作戦そのものが失敗されかけた事件の事だ。
その後、組織側でも原因不明と言われ、今でも真相は暗闇の中に落ちているはず、だったのだが、
「……ああ、『知っていた』」
黒崎晴翔は何もためらうことなく、そう答えていた。
「あの日、俺は決められていた待機場所を離れ、たまたまイングラムタワーを狙撃の待機場所に選んだ。本当に、たまたまだ」
彼が登ったことがないイングラムタワーの頂きに登って不安定な場所で狙撃を成功させた功績は今でもまだ新しい記憶だ。
「…狙撃まで時間があった。それに予備役だ。失敗なんて余程でない限りないだろうとたかをくくり、暇つぶしにスコープを覗いていた。…そこで、見たんだ」
「……見た??」
「『死に神』を、だ。」
マーヤ自身、息を呑んだのを自覚した。晴翔から容姿について聞いたことがあった。その姿は、『闇』そのものなのだと。顔を含む全身全てが、黒のライダースーツに似たモノに包まれているのだと。黒崎晴翔がそう言うのなら、間違いないだろう。
「『死に神』は本来、俺が狙撃する場所よりもずっと高いマンションの最上階にいた。いや、その場にいた同業者よりも高い位置にいた、という表現が正しい。だから俺がそれより上のイングラムタワーにいなければ、恐らく気がつかなかっただろう。
そして奴は、ライフルを構えていた。標準は、4649の射線上だ。」
「…まさか」
「そのまさかだ。奴は4649の狙撃にぴったりと合わせるように狙撃して、弾丸を弾いて見せた」
「……あり得ないわ」
空中で放たれた高速のライフルの弾を、全くの別角度から撃ち落とすなんて不可能極まりない。というか、成立するわけがない。どちらもほぼ変わらない目で追うのも難しい速度だと言うのに…。
「お前もよく知るはずだ。『あり得ない』は『死に神』の十八番だ。」
「だとしても…なんで…なのよ…??」
はっきり言って、『死に神』の意図が全く見えない。気まぐれ、という可能性は無きにしも非ずだが、あの自分の正体を隠したがる死に神がリスクを冒してまで狙撃失敗を演出したがる理由は…?
「狙撃失敗を確認した後、奴は直ぐに闇に消えた。……気がかりに思い、調べることにした。『死に神』を、ではなく、4649を、だ。」
「…4649はあの仕事の後、消息不明になったわ。私達の中でも、まさか『死に神』に消されたんじゃないか、なんて噂になったくらいよ」
この『業界』では、初めて『仕事』を行う新人が初任務を失敗した際に、『死に神』から死の裁きを受けるという、格言らしきものがある。現に何度かそういう事件もあり、組織側は新人への良いプレッシャーになるという事、そして何より『死に神』に注意を物申す事に対しての恐怖から黙認してきたのだ。かなり頻繁に起こる事案であり、だから本格的調査に乗り切らなかったのだが、
「…4649は生きていたのね。そして銀行強盗に至った理由も含めて、」
「ああ、知っている」
言い切る前に、晴翔は肯定した。
「4649と接触したのは狙撃失敗事件から数日後だ。その時に、まずは盗聴器と電波をジャックさせてもらった。幸い、奴は素人という事もあり、注意力は散漫だった」
確かに新人ではあったが、4649も列記とした殺し屋だ。かなり訓練された戦士である。そんな戦士を素人だとはっきり言うのは彼を含めても数えれる程しかいない。それだけで黒崎晴翔という男の技量がどれほど高いのかがよく分かる。
「数日間盗聴している間に、ある人物と何度も連絡を取ってる事が分かった」
「……それが、共犯者?」
「そういうことだ。今回の銀行強盗の共犯者だ。そして、4649はその人の事をこう呼んでいた。
『死に神』、とな」
「……ッ!? 『死に神』が……共犯者ですって…!?」
自分でも錯乱しているのがよく分かる。それぐらい可笑しいのだ。
何故『死に神』が4649と繋がっていたのか。
何故狙撃を邪魔した『死に神』が4649と接触したのか。
何故二人が銀行強盗事件の共犯者なのか。謎が多すぎた。
「分からないのは俺も同じだった。だから俺は、奴が銀行強盗に踏み切る準備をして家を留守にしている間に、情報を得ようと家に進入した。
銀行強盗を行うための緻密な武器の仕入れ、銀行内の見取り図から逃走経路、犯行手段まで綿密に計画がされていた。その中に、『あった』。」
「……ッ!!」
晴翔は自分の胸ポケットから一枚の紙を取り出した。先ほどの『あった』とは恐らく、
彼がずっと探していた、『とある人物へのスパイ活動の答え』、と同時に『死に神』の正体の証拠そのものだ。
「……。」
震える手で、その紙を受け取る。可笑しな話である。私は、数年前から『この答え』を疑ってきたのではないか。そのために私は、晴翔をあの学園へと行かせたのではないか。なのに、何故ここまで真相に恐怖するのだろうか。これは本来、喜ばしいことである。私が誇っても良い事である。なのに何故…
見るのを戸惑っていると、
「結論から言おう。『黒』だ。」
晴翔は言い切った。
「その紙は契約書だ。俺達同業者でもよく使う、いわゆる書類による約束のようなもの。もちろん、この場合、『死に神』と4649によるものだ。
……契約書の内容は簡潔に言えばこうだ。『命を保障する代わりに、私の指示に従え』というもの。
内容から察するに、4649は死に神に脅されたんだ。そして何よりも、4649は『死に神に狙撃を邪魔された事に気がついていない』。つまり、4649は利用された、ということだ」
そう、もし仮に4649が狙撃の邪魔をしたのが死に神だと知っているなら、従う理由がない。4649は任務失敗を突き付けられ、死に神に殺すと脅されたからこそ出来る契約書なのだ。
「利用された理由については分からない。本人に聞くしかない。その指示こそ、銀行強盗だ。
そして、それを指示した人物、共犯者こそ……」
その次を聞く前に、私は夢中になって渡された契約書を開く。焦る気持ちで文字をなぞり、内容を見ていく。
そして、一番下に実印と、
名前、『白雪正蔵』
「……お前の予想通りだ、マーヤ。
『白雪正蔵』。緋色学園の総学園長であり、
………『白雪愛花』の父親、それが『死に神』の正体だ。」
それは、いつか来る瞬間であった……。
「これで俺は、迷わず殺せる。」
だが、心の底では来ないで欲しいと思っていた……。
「長らく、ようやく、俺は……誓いを果たす事が出来る。」
何故ならここから、本当の『復讐』が幕を上げてしまうから…。
「もうすぐだ……。もうすぐで裁きを下せる……」
しかし、私は見届けなくてはならない。彼の『復讐』に加担した、共犯者として…。
「『死に神』、白雪正蔵……。
俺はずっと、夢にまで見てきた……。
貴様が奪ったモノの恨みを、同じ大事な物を、全部、ぜんぶゼンブ全部ッッ、奪ってやるッ、壊してやるッ、殺してやるッッッ……!!」
たとえ彼が、本物の『殺人鬼』になろうと…
「貴様も……妻も……貴様の家系の人間も全て……そして…………、」
もう戻れない。引き返せない。
ここからは、彼の『復讐劇』だ。
この『幕』はすでに、上がっていた……。
「…………白雪愛花も、、…………殺す。」
序章、完結。全30話でしたね。
とりあえずここまで、お疲れ様でした。
この後はもちろん続きますが、いつ頃投稿されるかは不明です。To be continue? ってやつです。
けれど、堕天のナイフはここから物語が動くと言っても過言ではありません。よければ、待っていてください。必ず、楽しませてみせます。では、では、幕が開く、その時まで。




