★疑問。
桐谷を送り迎えた後、俺はとあるポイントへと車で移動する。大通りを避けて、裏道や普段車の通りが少ない道を駆使して走る。
「…………。」
ふと、先ほどの光景が脳裏に浮かんだ。
桐谷との口づけ。数分前の事だ。まだ温かい感触が残っている。そして、この胸に渦巻く『何か』。グルグルと、俺の心臓を締め付ける様だ。
トクン、トクン、トクン。
苦しい。息苦しい。今ここで、死に絶えそうな痛みが襲ってきた。
その『何か』は、決して良い感情などではない。ましてや、羞恥や満足感、興奮、恋焦がれなどではない。
もっと別の、黒いモノ。
例えるならば、そう、アレルギー。
「………………ぅ……」
心臓が痛い、頭をこね回されている様だ。何度も頭に響く頭痛が身体に異常事態であると告げている。
だから、『俺』が思い浮かべる。浮かべるのは、自分自身。『俺』自身。そうして、『別の女』が俺の頭を過って、俺は『正気に戻った』。
「………………。」
身体から不快感が引いていく。それと同時に、頭の中が書き換わったようにスッキリとしていた。
そのまま何事もなく車を走らせ、ポイントに着くと、そこには一人の女性が夕日の明かりに照らされていた。スポットライトの中心にいるように光を集める彼女は、まるで一枚の芸術絵の様だった。
「おかえりなさい、晴翔」
長くサラサラと艶のある黒髪を揺らし、その女性は微笑した。豊満な体つきをした彼女の微笑は、男の母性本能をくすぐられる事だろう。俺は彼女をよく知るが故、そんなことはないが。
「黒崎晴翔、ここに帰還した。『ヴィーナス』」
その女性は自分の『司令塔』にあたる人、『マーヤ・シャルル』。つまり上司であり、サポーターなのだ。今回の車の手配、『その他諸々』の手配は全て彼女のおかげであると言える。
「無事に『目的』は果たせたかしら?」
今回の手配はつまるところ俺の目的を果たすためのサポートをすること。その結果は、
「ああ、問題ない。無事、『桐谷勇気と俺』を救出出来た」
「ふふ、その言い方は可笑しいわ。……そう、それならいいわ」
「今回の事についての報告は本部についてからでいいか?」
そうして俺は、先ほど止めた車を動かそうと車の方に行こうとする。が、
「構わないわ、でも、報告があるわ。今言っても?」
マーヤにしては珍しいと思ったと同時に、それ程重要である話なのだろうと判断した。
「構わない」
俺は後ろを向いたまま、そう答えた。マーヤはそれを確認すると、
「今回の事件の犯人が、先ほど、原因不明の死を迎えたわ。」
それは、俺自身も聞くのは初めての情報だった。
「……そうか」
「あら、驚かないのね?」
「そうだな」
「まるで、『知ってる』かの様な口ぶりね、晴翔?」
「…………『俺は殺していない』。」
自分の声が、ひどく冷たく感じた。
「……知ってるわよ。言ったでしょ? 『原因不明』だって。仮に晴翔による殺人なら、駆けつけた時に死んでるはずでしょ? その時は、まだ生きてたから。死んだのは、署に運ばれてからよ」
「……。」
「心当たり、ある?」
「口を割るのが嫌で自殺した可能性が高い、としか」
「正当ね。私もそう思うわ。『彼が苦しむ姿をこの目で見て』いなかったら」
「…………。」
「言いたいこと、分かるわね?」
マーヤは試すようにこちらを見ている。原因不明、と彼女は言った。しかしこの言い振り、すでに死因について考えがあるのだろう。恐らくは俺を試すために、あえて言葉を濁していた。
……まぁ、今になればどうでもよかったが。
「……共犯者が『いた』って事だろう?」
俺がそう言うと、マーヤは満足そうに頷いた。
「そう、あの事件には共犯者がいたのよ。そしてその共犯者は、犯人よりも格上の存在」
「何故そう言い切れる?」
「面白いものがあったのよ。……爆弾よ」
「爆弾?」
俺が聞き返すと、その時の事を思い出したのか、憂鬱そうにため息をついた。
「そうなのよ……。いやね、確かに面白かったけど、もう見たくはないわね。アレは」
「要領を得ないんだが」
「内臓に、小型の爆弾が仕組まれてたの。しかも、遠隔操作が可能なモノよ」
なんとなく、想像出来た。いくら小型のとはいえ爆弾だ。破裂すれば内臓はもちろん腹部からある程度飛び散るに違いない。マーヤの気持ちもわかる。
「……共犯者は遠隔操作が出来る爆弾を仕込んで、失敗した犯人を処理した、ってところか」
「そうね、その通りよ。ええ……本当にね……」
ふと、冷たい風が吹いた。
まるで空気が変わった。そんな感覚……
「……やり方、『どこか』にそっくりだとは思わない?」
マーヤは恐らく、俺を見ている。
いや、違う。
『俺』を見ている……。
「何が言いたい、マーヤ」
「『同業者』である貴方なら、分かるでしょ?」
「俺が殺したと、言いたいのか」
「貴方は『殺していない』。間違いなく。確かにそうでしょうね。でも、貴方と『似た人間』が殺したのよ」
「……。」
「分かるわよね? このやり方は、この『業界』での殺り方。人間の『闇』が溢れるこの世界の技術。つまり、黒幕は間違いなく、この『業界』の住人なのよ」
「……俺が殺してないと分かっていながら、何故俺に問いかける? 俺はその黒幕とやらも、犯人の事もしらな、」
「『嘘』よ、黒崎晴翔」
言葉は遮られ、影を縫い付けられたかのように俺は動けなくなった……。
「本当に、貴方は『偶然』、銀行強盗に出くわしたのかしら?
『偶然』、桐谷勇気さんの救出が成功したのかしら?
『偶然』、この『真相』だったのかしら?」
マーヤの言葉が、俺ではなく、『俺』に響く……。
「……もう、この『幕』を下ろしましょう、晴翔。」
優しく告げるマーヤに、『俺』は……………
「…………晴翔、どこまでが、
『貴方の脚本』なの?」




