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堕天のナイフ  作者: ゴマちゃんなしでは生きられない (ゴマなし)
26/30

★しあわせと出会う乙女5

「はい、はい…今んとこは順調っす。金を巻き上げ次第、戻るつもりっすよ」


男の姿勢は低かった。目の前に相手がいるわけでもないのにペコペコと律儀に頭を下げている。恐らくは電話越しの相手に対して反射的に敬意を示しているのだろう。


「はい…必ず、成功させます。そのあかつきにはその…『例の契約』の事、頼みますよ? ……はい、では失礼しますっ。」


最後にこれでもかというほど頭をさげると、ようやく電話を耳から離した。これで『二回目』である。


「…あー、、、疲れたわ〜……」


緊張感のあるこの空間で、間抜けな声を出してソファにもたれかかる姿はまるで自分の自宅の様にくつろいでいるようだ。もちろん、そんな事をしているのはこの事件の黒幕である、関西人の殺人鬼だ。二度目の電話で余程緊張していたのか、今はグッタリしている。というか、関西弁以外も喋れる事に恐らく誰もが意外に思っている。

もちろんだからと言って、この男に少しでも情が移ったなどという事は微塵もない。奴はあくまでも殺人鬼である。数分前に『起こなっていた』ことも全く気にした様子が見えない。だが、対面のソファに横たわる、生気の失った顔で天井を見上げる一人の女性が、確かに起こっていた事だという、決定的証拠になり得た。これ以上は、何も言えなかった。


それはさておき、先ほどからしていた電話の件である。


(一人目は、警察の人だろうね…)


こう見えても桐谷勇気には読唇術の心得を取得している。読唇術とは、声が聞こえてなくても唇の動きから内容を読み取る事だ。そのおかげで内容をある程度読み取る事が出来た。


もうじき、警察側と取引が行われるようだった。話によれば、私達が閉じ込められている部屋から見て右の部屋の事務室で行われるようだ。要求は食料と水。加えてお金と高飛びの手段であるヘリ。定石通りだろう。

警察側が何か仕掛けるつもりなのかは分からない。もし仕掛けるつもりなら、次の接触の時だ。


(……しかし、二人目は……?)


では先ほど連絡をとっていたのは、一体誰だったのだろうか。身分が上である事はあの男の態度から明らかだ。このタイミングで、しかもあの内容の話という事は、もしかしたら依頼人か、さては共犯者であるかもしれない。確信的な答えを出すには、判断材料が少なすぎた。


(ダメだ……)


策が思いつかない。考えがまとまらないまま私が下手に動けば、状況を悪化させる結果にしかならないだろう。ここはおとなしく、警察の助けを待つしかないのか……。


(………………………黒崎……)


何故か、心細くなった心に一人の名前が浮かんできた。その人は、今銀行の外でどんな顔をしているだろうか。

心配してくれてる? はたまた、意外と待たせてる事に怒っている?

猫をちゃんと丁寧に扱っているだろうか。なんだったら、もう帰ってしまっただろうか。


……それは、、嫌だなぁ。。



「……よっこいしょーいち、っと」


変な掛け声とともに、ソファにもたれかかっていた男は身体をゆっくりと起こした。どうやら、約束の時間らしい。


「えー、ジブンら、ちとワイ隣の部屋に用があるさかい、各自ジッとしときや。あ、ちなみに勝手にウロチョロしたら…わかるよな?」


狂気の目が、私達に向けられる。その意味は、静かに出番を待つ猟銃がすべてを語っていた。


「あー、あとな、そういや…」


男は人質一人一人をキョロキョロと見始めた。誰かを探しているようだった。ここに至って、責任者以外の誰かに用があるのだろうか。


「……おっ、おーおー、ジブンやな。まちがいないわ」


男は座る人質の人混みを掻き分けて、一人の人質を掴んだ。うんうん、と何度も頷きながら、その人質を人混みの外へと引っ張っていく。



その人質とは、『私』だった。



「…………え……?」


自分自身も反応が遅れてしまった。何故私は、この男に『探されていた』のだろうか。不審な動きをした覚えは一度たりともない。ましてや、この男の知り合いなどでも断じてない。


「ジブン、悪いけど一緒にきてもらう。交渉の人質になってもらうで。堪忍な」


男は自分の腕を乱暴に引っ張って、猟銃を持って歩く。


「……ッ……いたッ……!!」


乱暴に掴まれている腕に痛みが走る。けれど離してくださいとは言えない。過剰に言えば、男の火に油を注ぐ事になりかねない。耐える。耐えなければならない。


「……よっと」


男は慣れた手つきで一枚のカードをドアのカードリーダーに通した。おそらくそれは、銀行内の一部のセキュリティだけパスする事が出来るキーなのであろう。そのカードで、鍵のかかった事務室の鍵と扉『だけ』を開けた。


「……ッ!!」


その瞬間、先ほどまでは腕を引っ張られていた私が、今度は男に吸い込まれていく。抵抗なく男の胸あたりに導かれると、そのまま私の頭に、黒い悪魔、つまり猟銃が突きつけられていた。正直、このやり方に『慣れている』様な出際の良さであった。


「……。」


扉を開けて反対側の扉、つまり裏口には、交渉通り警察官がいた。30代くらいの、風格のある雰囲気の警察官だ。その警察官は私の状況を見て、表情を曇らせていた。そして両手には、ゴミ袋に入った大量の飲料水と食料があった。


「……分かってんな? 『約束通り』や。『コレ』でええな?」


男は猟銃を突きつけながら私をチラリと見て、嗤う。その様子に、警察官は動じた様子はなかった。


しかし、私は内心、動揺を隠せなかった。今の男の発言、そして探す素振り、そして見つけた時の『まちがいない』という言葉から導き出すに、



(私は…………『要求』された……?!)



何があってこうなったのかはさっぱりだが、一つだけ確証がある。警察側は、何故か『私を特定して』要求してきたのだ。理由は全く分からない。頭がグルグルと暴走して、今の私では結論を出す事は出来ない。



「……中央に、置けばいいんだな?」


警察官の男は多くは語らず、両手に持つ荷物を中央まで来て下ろした。要件を満たしたからか、男はゆっくりとさがり、元の裏口まで後退した。


気のせいか、猟銃を構えた手がピクリと震えた感じがした。何か、腑に落ちない、そんな…


「……ジブン、中々よくできたサツやな」

「……ヘリとお金は、いつ用意すればいい?」

「15分後や。それ以上待たんと言ったやろ?」

「…………分かった。追って連絡をいれる」


警察官の男はそれ以上は何も言わず、ゆっくりと裏口から出て行った。


少しの間、男は猟銃を構えたままでいた。恐らく何か仕掛けてくると思っていたのだろう。臨戦態勢を解かない。が、それも数秒の事、



「……くふッ……ふっ…はは…ッ……ははははっ……」



乾いた笑いが少しずつ漏れてきていた。だが、妙だ。『笑っていない』。漏れ出た言葉と漏れ出る感情は全く一致していなかった。

そう、言葉にするならば、まるで……



「…………はー………つまんね」



先ほどまでの声質とは違う。風が吹けば聞こえない様な、本当にガッカリしたぼやき。が、



「つまんね。つまんねつまんねつまんねつまんねつまんねつまんねつまんねつまんねつまんねつまんねつまんねつまんねつまんねぇぇぇぇぇええええええええええ」



徐々に大きくなる感情。膨れ上がった感情を吐き出す男は、さっきとは『別人』だった……。


「あのさぁ……ねぇ!!」


それまで男の身体に覆われていた私は、力任せに猟銃で叩き飛ばされていた…。


「きゃあっッッ!!」


情けない声を上げて、私は部屋の中央に逃げる様に倒れこむ。幸い頭を庇ったため、流血はしていない。しかし、吹き飛ばされた際に冷静でいるための帽子がどこかに落ちてしまった。そのせいで、『仮想劇バーチャル パフォーマンス』が解け、『僕の』思考が、追いつかない……。


何をここまで、彼はイラついている?

そもそも、彼は『何者』なのか?



「……さっきのサツからあんたが『大事な人』って聞いていたから、せっかくリアクションを期待してたのによぉ。なんだアレ」


『大事な人』…? 僕が…?

何故あの警察官にとって、僕が大事な人…?



「あー冷めた冷めた。あんた、殺すわ。そしたらあいつ、もっといい顔見せてくれるだろうし……でもその前に、」


『殺す』。彼は確かにそう言ったが、猟銃を抱えたまま、僕の前に座り込んで身体を舐める様な目で見た。目が、合った。僕と目があうと、彼はとても殺人鬼とは思えない、綺麗で好感の持てる笑顔を向けた。


「知ってる、お嬢ちゃん?」

「……えっ……あ……の……」

「この『業界』の人間は、性欲が凄いんだよ」

「せ……せい……よ……く……??」

「そ、性欲。仕事上色々溜まるからね。満足に発散できずにその分溜まる一方なの。でもさ、困ると思わない? 性欲も欲求の一つ。それが解消出来なきゃストレスもたまるし、仕事にも影響がかかるのね」


男はまるで、世間話をするかのように語ってきかせる。僕に分かることがあるとすれば、この話は状況に相応しくないほど卑猥であるということだけだ。


「んで、『さっきの事』に繋がるわけ。でもさ、足らないのよ、まだ。分かってくれる?」


さっきの事とは、あのソファに倒れていた女性が受けた、屈辱の事だろう。


それはつまり、つまり、



「だからさ、『相手になってよ』」



その一言が、僕の身体を恐怖の色に染めた……。


僕はその場を離れようとした。逃げなければならない。そうでなければ、今この場で辱めを受ける事になる。それは、耐え難い事だ。



「おっと、ストップ」


男は僕の両手をガッシリ掴み、身体を床に寝かせた。猟銃で押さえつける。


「いやッ……!! ッ……いやだよッ……いや……ッ!!」


「まぁ慌てなさんな。今脱がしてやるし、準備してやっから」


男の手が、僕の服に触れた。撫でるように身体を触った後、男の手は下へ下へと伸びていく……



「…………ッ!!」



ふと、脳裏に浮かんだ。この後、自分が受ける辱めの数々を。脳裏に浮かんでは嗚咽が出そうになる。耐えられない。心も身体も、きっと壊れてしまう。ああ、それは今にも現実になろうとしている。


僕は、何をしているんだろうか。


今頃、美味しいクレープを食べている頃だ。僕はそれを幸せそうに食べていて、横からそれを物欲しそうに見る『彼』。

彼は、きっと欲しいとは言わない。だから言わせるのだ。意地悪して、彼に下さいと言わせてやるのだ。きっと彼は難攻不落だ。そう簡単には落ちない。


(なんで……こんなこと……)


考えているのだろうか。ああ、何故僕は、泣いているのだろうか。今すぐにでも、死ぬわけではないのに。辱めを、受けるだけなのに。もしかしたら、命だけは、まだ助かる可能性があるというのに……


(……………………嫌だ)


命より先に、僕は今、人として、女性としての何かを失い始めている。それが堪らなく、嫌なのだ。この男によってすべてを台無しにされるのが、堪らなく嫌なのだ。


現実から、何もかもから目を反らすように目を閉じた。閉じた目から、涙が止まることなく溢れ出てくる……。




脳裏に映る、『彼』の姿……



(………………崎…)




脳裏に映る、ホームズの相棒……



(…………………黒……き……)



脳裏に映る、僕のワトソン……

脳裏に映る、僕の、僕の、僕の、





「………ッ……くろ……さきぃ……ッ……」




もう、認めたっていい…

これが最後なら、僕は、受け入れる…




僕は、黒崎晴翔が好………………





「………たす……けてッ……くろさきッ………ッッ!!」




桐谷勇気は、掠れた声で一心に叫んだ。

ただひたすら、今の心境を吐露するように……。




その声が、通じることはなかった。


なぜなら、



『運命は、残酷だ。


願いは、劇的だ。』




それは、すぐに『別の音』によってかき消されていったから……。



一つ目は、何かの稼動音とガスが勢いよく噴射、漏れ出たような音だ。


二つ目は、破壊音。爆発音とはまた違う、規模の小さい音。



そして、三つ目は、




「動くな」




たった一言。だがこの声は、殺人鬼であるあの男の声ではなかった。別の、誰かの、



「……ああッッ!? テメェどっからはい……ウゲァッ!!」



その声は、間違いなく男の声だった。が、すぐに悲鳴を上げては途切れた。


僕は何が起こったのかを把握するために、現実へと戻ってくるために目を開いた。けれど、開いた瞳からは、白い煙に包まれて何も見えなかった。これは、煙……?


身体が軽くなった気がした。上から押さえつけていた圧力が無くなっていた。



目が慣れぬまま、いったい何が、と言わずして、僕は『宙に浮いていた』。その時僕は初めて、誰かに助けられたのだと自覚した。そして、



「……………………………あ………。」



少しずつ、目が慣れてくる。

白い霧が晴れるように、現れる人影。モヤがかかって何も見えなかった僕は、その両目に宿る瞳で、確かに見た。



「…………く……ろさ……き……」



一目見れば警察官、だった。だがそれは服装に限った話で、本当は警察官ではない事を、『知っていた』。彼を知っている。知らないわけがない。何故警察官の格好をしているのかは定かではないが、そんなことは些細な事だ。まるで僕の叫びに答えて現れた救世主であり、何よりも唯一無二の僕の相棒、



「……逃げるぞ。掴まってろ桐谷」



僕のワトソンが、そこにいた……。


しあわせと出会う乙女も、ようやく終幕が見えてきました。ゲスキャラ超楽しかったです。もうね、ストレス解消感がパナい。うん。


さて、実は堕天のナイフ、ここらへんはまだ本編とは名ばかりの『プロローグ』なんです。5万字書いて、プロローグとか控えめに言って長い。いや本当すいません、申し訳ないです。じゃあ何故プロローグと言わざるをえないか、それはこの後の展開が、教えてくれます。どうぞお楽しみ下さいませ。

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