★しあわせと出会う乙女3
「……現状はどうなっている?」
先ほど報告を受けて急いで駆けつけた今年三十路になる、つまり俺、『柱間海斗』はバリケード体制で銀行を包囲する状況を見てそう口にせざるを得なかった。
最後に鳴った銃音から30分後、俺は事が深刻である事を肌で感じ、直接出向くことにした。
「お疲れ様です、柱間警部」
見事な敬礼で俺を迎えたのは、おそらくまだ若い、新人だ。
「ご苦労。君は?」
「はっ、白鳥と申します。階級は巡査であります。」
「なるほど、覚えておこう。迎えに来たという事は案内も頼んでもいいという事かな?」
「お任せください。どうぞ、こちらへ」
白鳥巡査は丁寧な仕草で俺を案内する。緊張した様子はない、堂々とした振る舞いだった。
「…ところで警部、自分は今回の事件が起こった数分後から見ていた者であります。急ぐようで申し訳ないのですが、もしよければ自分からも簡潔な現状報告をさせて頂ければと思うのですが、いかがでしょうか?」
どうやらこの新人はこの事件の目撃者でもあるらしい。なるほど、道理で自分を迎えたわけだ。
「では、お願いしよう」
「は、では。…事件が起こったのは今から30分前。死亡者は、すでに3人出ています。一人は民間人、一人は銀行員、そしてもう一人は…自分と一緒に駆けつけた、森巡査であります。」
「多いな。犯人の凶器は? 特徴は?」
「猟銃です。恐らく散弾銃ではないかと。イメージはガラの悪いスキンヘッドの関西人。サングラスをつけていました。」
「ふむ。君が本部に連絡をくれたのか?」
「は、早急に報告が必要だと判断しました。その後、自分が報告をしている内に、犯人は銀行に立てこもりました。」
「…シャッターが閉められてるな」
俺は遠くから銀行を眺める。今は頑丈なシャッターが通せんぼするように閉められており、あれでは中の様子を見る事も簡単に入る事も出来ない。
「恐らくあのシャッターを閉めたのは銀行員でしょう。脅されたのかと。」
「犯人の要求は?」
「わかりません。が、先ほどメモ書きが届きました」
「メモ書き?」
「は、警部来る数分前に、一人の年配の方が出てきました。その方が持っていたものです。恐らく犯人からのものです。…こちらです」
一枚の折りたたまれた質素なメモを渡される。
「なんて書いてあった?」
「電話番号でした。恐らく銀行のものでしょう。それと、責任者の奴は連絡してこい、とのメッセージでした。恐らく…」
「…この場合は俺か。」
俺はため息をついた。つまりこの後の展開は俺次第、か。
「以上で簡潔な報告を終了とさせて頂きます。詳しくは、作戦室にて」
「報告ご苦労。続いて銀行の監視を頼む」
「はっ!」
白鳥巡査は丁寧な敬礼をして、即座に仕事へと戻っていった。それを見送り、俺も顔を引き締める。
「…さて、どうするか」
長い戦いになりそうだ、ふとタバコを吹かしたくなる気持ちを抑えて、作戦室へと足を運んだ……。
「……ドナドナドーナ〜、ドーナ〜〜」
冷え切った室内と空気の中でシュールな歌声が響いた。
「仔牛をのーせーて〜〜」
誰もが一度は聞いたことのある、少し悲しい歌。名前は、なんだっただろうか。
「ドナドナドーナー、ドーナ〜〜、荷馬車がゆーれーる〜〜……ってな」
誰も反応しない。当たり前だ。目の前で陽気に歌っている彼は、歌を歌っている姿に似つかない猟銃を抱えているのだ。恐怖で上手く思考の働かない僕達に、リアクションが取れるはずもない。さすがの僕も人が死ぬ姿を見てしまって先ほどは混乱したが、ようやく意識がほんの少しだけ冷静になりつつあった。今の状況を整理するために、僕は被っていた帽子を『普通』に戻した。
結論から言って、桐谷勇気含む『私』達は、人質にされた。
銀行員と民間人を含めて30人近い人数が銀行内の一番広い広場で固められている。先ほどこの関西人の男の指示で銀行を完全に密閉。外の警察にも中の様子を見せない事で不安を煽ろうという考えだった。
また、男は封鎖する前に一人の年配の女性を解放した。人質の中には、なぜアイツだけ、どうして、と言いたげな顔をしていたが、その人の手に握られていた紙を見て、恐らくそれを警察側に届けるための解放なのだと私は推測した。
この状況から察するに、その紙には恐らく犯人とコネクションが取れる手段が書かれているはずだ。電話番号か、はたまたアドレスか。でないと密閉された空間で犯人は警察側に要求が出来ないからだ。
最初の要求がそのままなら、この男の目的はお金。または高飛びの手段のはずだが…。
(……。)
犯人に焦っている様子はなく、むしろ楽しんでいるようにさえ見える。つい関西弁口調で頭が悪そうに見えるが、その実、実に慎重かつ狡猾、そして狂気に飲まれない精神。そして、底知れぬ悪意。
(今の私には…)
何もできない。そう頭に過ぎって首を振る。
落ち着け。なんのために私は探偵を名乗っている? このような事件を解決するためだ。思考停止は許されない。だから、時間をかけて出来る限りの考えを巡らせる、そう思っていると、
「よっしゃ、ワイの歌声で空気和んだやろ? せやから自分らに、ちーと聞きたい事があるんや」
和んだ、どころか不気味になったこの空間を気にすることなく男はキョロキョロと目線を泳がせる。
「ここのアタマ、誰や?」
アタマ、つまりは責任者と言いたいのだろう。男は「手ぇ、あげてみ?」と陽気に言うが、誰もあげようとも名乗ろうともしない。
「堪忍してやぁ。ワイごっつ機嫌悪いわ。このままシラ切るってんなら…」
無言のまま猟銃を腰に構える。適当に撃って見せしめにする、ということだろう。その意図が伝わったのか、
「…ッ!! ま…ッ待ってくださいっ!!」
私、ではない、銀行員の若い女性の一人が挙手をした。若い女性で整った顔立ちだった。この人は確か、先ほど猟銃を向けられてシャッターを閉めるように脅されていた方だ。その姿を見た男は一瞬笑顔を向けるが、その後すぐに曇っていく。
「……。まさか、あんさんか? アタマ」
そうして猟銃を向けようとするのを見て、女性は慌てて首と手を振る。
「お…恐れ多いですッっ!! 私ではなくて…その…ッ」
「……うん?」
女性はそれ以上は何も言わず、とある方向へと視線を向ける。つられて見てみると、そこにはすでに絶命してしまった生物がいた。男性の銀行員だった人だ。つまり、
「…あー…そうなんや…」
男も悟ったようだった。自分が殺してしまった唯一の銀行員が、責任者であったことを。
「……あのッ…申し訳…ません…」
気分を害さない様に消え入りそうな声で話す女性。それに対して男もいやいやと首を振った。
「ジブン、悪ないで。悪いのは殺されたあの子や。ん〜やけどな〜、ストレス煮え切らんわ〜」
男はアーっと気の抜けた声で首をコキコキと鳴らす。どうやら責任者を中途半端に殺してしまった事が逆にモヤモヤを感じているらしい。しばらくつまらなそうにしていたが、ふと、
「……せやせや、こういう時は別の快感で解消せんとなぁ。」
名案を思いついたと言わんばかりに、ニヤついた表情で視線を移す。視線の先には、先ほどの若い女性がいた。…嫌な予感がする。ゆっくりと近づいてくる男に困惑した様子で、女性は男の狂気にも見える顔に釘付けになった。
「……あの…ッ…えっと……」
「怖がらんでええ怖がらんでええ。別になんも可笑しいことはせんって。」
「えっ…?! でも……なんでッ……えっっ…??」
「なんで、もあらへん。ただ単に服脱がそうとしとるだけやん? なんか可笑しいかワイ??」
「…ッいやッ!! 離してッ…くだ……ヒッ!!?」
「…あんま騒がしくせんとしてや。ワイ、ジブンの事好きなんや。あんま拒否されると撃ってまうで。嫌やろ、痛いの、せやからな、」
男は人質の群の中から女を強引に連れ出すと、猟銃を構えながら乱暴に適当なソファに倒す。獲物を前に舌舐めずりをした獣の類。
「……『一緒に楽しもう』、そう言っとるんや。」
そうして始まった『行為』を、誰も止める事は出来ずに、ただ現実から目を背ける様に視線を逸らして、ひたすらに終わりを願った……。
久々に執筆、ゴマなしです。なんと二ヶ月ぶり。冨◯先生並の更新速度ですね。いえいえ、先生にはまだまだ頭が上がりません。ツイッターの方にもちょこちょこですが顔出します。
センター試験、ありましたね。僕も久々に解いてみました。皆様、驚いてください。
英語、驚異の15点!! 素晴らしい!!
数学、安定の12点!! 拍手!!!
統括、ムズイ!!!




