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第9話 あゆの決意

「あゆちゃんからよ」

電話がおいてある廊下から、母さんの声の思わぬ発言が僕の耳に転がり込んできた。

折角、中間テストの勉強を始めようと気合を入れて栄養ドリンクを体内に注入した直後の出来事だった為に、動揺により栄養ドリンクが逆流し、僕はむせた。

「何むせてんの?」

しっらっとした冷たい目で電話の子機を持った母さんが僕を見つめた。

「ちょっと、ききすぎて・・・・。電話かして」

涙目で、子機に手を伸ばし、母さんから電話を奪い、自分の部屋へ僕はそそくさと入った。

子機の保留ボタンが赤くチカチカ点灯する。

保留ボタンの点灯と僕の心拍数はシンクロし、受話器を持つ手は少し震えていた。

もし、あゆが先輩に対して罪の意識を感じ、先輩と付き合うようなことを告げられたら、僕はどうしよう?恋愛は百人いれば百人のやり方がある。あゆに、今、先輩に対する特別な感情がなかったとしても、付き合うことによってそれが芽生えることは十分ありえる。今のあゆと、10年後のあゆがきっと違うように、今のあゆと一時間後のあゆが同じだという保障はどこにもないのだ。といっても、このままあゆを待たせるわけにもいかない。一度、大きく深呼吸をした。

深呼吸をしても消えないもやもやした不安を感じながら、子声で『よっしゃ』と自分に喝を入れ僕は保留ボタンを押し、今できる限りの平静を装った。

「もしもし、お待たせ」

「あ。ごめん、忙しかった?テスト前だもんね」

「いやいや、日ごろの行い良いから、今更やったって」

いつもどおり、少しボケをかましてみる。あゆは、いつもどおり『えぇ』とブーイングをあげ、軽く笑った。

「( お、笑ってる・・・!?)」

ここまでは、いつもどおりでなんだか変に安心をしてしまった。しかし、その安堵もつかの間だった。あゆは、少し躊躇気味で話を切り出した。

「あんね、この前の話なんやけど」

「あぁ、うん。どした?」

僕の心拍数は、ぐんと上がり再び手が震えた。

こんなとき、自分の肝の小ささに嫌気がさす。

「わたしね、テスト明けの日曜日先輩に会ってちゃんと言ってくることにしたの」

「ちゃんとって?どっち?」

すかさず、僕はチェックを入れる。

「ちゃんと、付き合えないっていうの。先輩には私がどっちつかずの態度を取っちゃったから、すごい悪いことしたじゃん。やから、ちゃんと謝ってくる」

「ふぅん、そっか」

曖昧な返事とは裏腹で、僕はガッツポーズをした。

とりあえず、あゆには先輩と付き合うきはなさそうなのだ。

「ま、それがあゆが決めたことならいいんじゃない?」

「うん。いろいろありがと」

「俺は何もしてないけど。どうしてもお礼したいんなら・・・・・」

「しないから、気に病まないでぇ」

あゆが、またいつものように明るく笑っている声が受話器からこぼれる。

笑っているその顔がなんとなく見たい気もして、我が家の電話がテレビ電話だったらいいのになんて一瞬思ったりもするけれど、変に装ったり、急にへらへらしたり、顔が真っ赤になったりする僕の顔は絶対にあゆには見せたくないと思い返した。見られたら、多分幼馴染だといっても彼女は苦笑するしかないだろう。

色々葛藤をしながら、僕はそれから少しの間あゆと話しをした。

それが、テスト前3日の夜の話。


2日間のテストが終わった日曜日、朝から僕はいつもどおり母が経営するダンススタジオに行った。たぶん、あゆも来ているだろうと、その日は張り切って少し早めに起き、小走りでスタジオへ向かった。手には、あゆが聴きたいといっていたCDが入った紙袋を携えた。喜ぶ顔が目に浮かぶ。同時に、僕の顔も緩む。上機嫌で、スタジオに着いた僕は顔の緩みを整え、スタジオのドアを開けた。

「おはよう、ハル」

聞きなれた女性の声。元気ではりのある声だ。でも、この声は明らかにあゆではない。

「おはよう?母さん・・・・・」

スタジオに待っていたのは、あゆではなく僕の母親だった。

母は、スタジオの端に置かれた椅子に腰掛け、にこりと笑いながらひらひらと手を振った。

「早いね、誰か来るんだったっけ?」

軽くため息をつきながら床に座り、母に背中を向け靴を脱ぎながら、僕はあゆではない女性に質問をした。

「うん、まーね。あゆちゃんは、今日はお休みってよ」

「あー休みかぁ」

言葉に、冷静さを保たせるのが精一杯だった。

せっかく、あゆに会えると思ったのに。

「寂しいね」

明らかに僕をおちょくっている母の言動に踊らされまいと、僕は、

「べっつにぃ」

と興味なさそうに返事をした。

そこまでは、完璧に装えたのだが、次の言動で僕は母の顔を見てしまうのだった。

あせった僕の顔がよほど面白かったのだろう。

母は、ニヤニヤと僕を見つめてた。


「なんかねー、今日デートなんだって。おしゃれしててかわいかったよ」


事情がわかっているはずなのに、僕はナイスリアクションをとってしまった。

芸人向きなのかもしれない。


第9話 あゆの決意

Written By etsu


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