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第四話 花見

満開に美しく桜は咲いていた。

ピンク色が眩しく、見ているとため息がでる。


その下で、僕の父親は上半身は裸で、下半身は、ステテコで、顔を真っ赤にして豪快に笑いながらバトミントンのラケットを振り回し小躍りをしている。

そんな父の姿がある意味眩しくて、見ているとまた、ため息が出る。


花より団子。

花見に行くとそんな風になってしまうのは、結構自然な流れだとこの光景を目の当たりにして思う。


僕の父は、僕の家の隣に住む酒屋のおじさんとあゆの父親さんと三人で盃をかわし、昼間だと言うのに顔を真っ赤にして豪快に笑って軽く小躍りをしているし、僕の母は、よそのおばさんたちが持ってきてくれた重箱に入った立派なお弁当の数々を次から次へと口に入れしきりに「美味しい!!」と歓声を上げている。あゆも、その中にいるのだけど。

正直、連れではありませんと貼紙をして、他人のふりをしたいくらいだ。


花より団子。

満開に咲き誇った桜を見るよりも、食い気に走っては身も蓋も無い。

日本の伝統的な文化の一つである花見もここまで来ると趣と言う字も薄れてきそうだ。


大体、僕は今日こんな光景を見る予定はなかったのだ。

高校入試の全日程が終わった週の日曜日、僕とあゆは僕らの町の山の麓にある自然公園に、二人で、花見に出掛ける約束をしていた。ゆっくりと花見をしながらあゆが作ったお弁当に舌鼓をし、少し休憩した後でバトミントンをしてゆっくりとした試験後の時間を楽しむ予定だった。


それなのに、なぜ、この中年の酔っ払いや、大食いまでもがついて来ているのか?


その訳は、花見を目前とした土曜日の晩である、昨日にさかのぼる。


僕は、僕の家の車庫の横に置いてある物置でピクニックシートを探していた。

あゆと僕は、持ってくるものは役割分担をして、僕はピクニックシートとバトミントンセットを、あゆは弁当と水筒をそれぞれ持ってくることにしていた。

「この前のお別れ遠足で使った後、ここにしまったよな?」

物置でゴソゴソと探していると、家から母親が物音に気がついて外に出て来た。

「なぁにやってんのっ?」エプロンのポケットに手を突っ込み、母はものおきを覗いた。

「あのさぁ、明日、ピクニックシート使おうと思ってるんだけど、あれどこ行ったっけ?」

「ピクニックシート?あんた、どこ行くの?」

「自然公園に花見」

「花見!!」

急に母の声が明るくなる。

「母さんも行きた…」

母がそう発言し終わる前に僕はそれを素早くせき止めた。

「ダメ」

「えぇ!!なんでぇ?」

母はもうすぐ50歳誕生日が来るくせに不服そうにむくれ、反論した。

「明日はゆっくりしたいの!!母さん達来たら間違いなく、ドンチャン騒ぎになるからヤダ」

僕は母にそう冷たく言い放ち、ピクニックシートを探した。

しかし、なぜか今日の母はくじけなかった。

「春、誰と行くの?」

「誰でもいいだろ」

しゃがんで下の段の棚を探している僕の背中にニヤニヤと嫌らしく笑いながらは座った。

「わかった!!」

「何が?」

いらついた口調で母に聞くと、母は僕の背中にぐっと体重をかけ大きな声で叫んだ。

「女と花見かぁ!!良い御身分だぁことっ」

「かぁさん!!」

僕は母の非常識な行為に動揺を隠せず急に立ち上がった。

僕が急に立ち上がったせいで母は前のめりに転んだが、そのまま崩れこむようにげらげらと笑いうずくまった。

「(しまった…はめられた)」

僕が母の罠にはまったことに気がついたのと同時にかって口から、我が家の噂好きが満面の笑みを浮かべてで飛び出して来た。母さんはたまにこうやって意地悪をしたがる。しかも、突然に。

「かぁさん!!そりゃ本当か!!」

この時点で、僕とあゆの二人きりのゆっくりとした花見はなくなってしまった。

なぜって、我が家には父が起こした数々の伝説がある。

最初の伝説は姉が小学五年生の頃。

当時姉が思いを寄せていた男の子に、バレンタインデーチョコをプレゼントしたときの話だ。学校にチョコを持って行く姉を当日の朝目撃した父は、姉の小さな恋を見守りたくて(悪魔で善意)学校に張り込んだのだ。結果的に教室まで上がり込み姉は父の前で告白をし、チョコを渡した(これも善意)。

こんな伝説もある。

僕が、あゆと二人で初めて隣街に電車に乗って遊びに行った日、父はデートだと一人で思い込み、僕にスーツを着るように出掛ける前の日から説得したこともある。(もちろん、これも善意)しまいには、次の日父がスーツを来て僕らに着いて来た。(しつこいけどこれまた善意)


以上のような善意の伝説は我が家には溢れている。

父は、要するに自分の子供達の恋の行方(勝手に恋だと思い込んでるものも含む)を応援し、見守りたくて仕方がないだけなのだ。

我が家の子供の間では、父にばれてはおしまいなのだ。

「春、行くんだ?」

ニコニコしながら楽しげに聞く父。

「決まってるじゃない!!あゆちゃんよね?」

ニヤニヤしながらしてやったりと楽しげに聞く母。

僕はもう逃げられない。

僕はかって口に肩を落としながら歩いた。

「春?」

「あゆに電話してくる」

母が父にハイタッチをした音が聞こえた。


という訳で、僕らの花見に僕の家族とあゆの家族、酒屋のおじさんとおばさん、役場の係長さん夫婦、ダンス教室の生徒さんら(約20名)という大所帯となってしまった。



僕は、にぎやかな宴会会場から少し離れ、公園の奥にある一番大きな桜の木まで歩いた。


ピンク色が木の枝からこぼれおちんばかりに膨れ上がり、天を真っすぐに目指し伸び上がる幹がいつにも増して頼もしくみえる。

ぼんやりと桜を眺めて、初めて受験が終わったような気がした。


「春ちゃん、なにしてんの?」

振り向くとあゆが立っていた。

「あっちじゃ、恥ずかしくて」

あぁと納得した顔をしてあゆは笑った。

「でも、楽しいね」

僕の隣であゆは優しく笑った。

そして、ぶわっと急に風か吹いた。風が桜の花びらか青く晴れた空にふわりと舞い上がりゆっくりと舞落ちてくる。

「すごぉい」

あゆはほおを赤くして少し興奮気味にそれを見ていた。

順調にことが進むとしたら僕らは四月には高校生になり、人生で初めてお互い違う学校に通うことになる。

色々な意味で不安もあるし、淋しさもある。

だから、あゆと二人で、花見にきたかったんだ。


試験日の一人での帰り道に、そんなことを考えていたけれど、今、隣にいるあゆを見たらそんなこと感じなくてもいい気がした。

僕らはこれから違う道を歩んでいくのだろうけれど、あゆが今この場で僕の隣にいることは、偽りのない事実であり、僕の心にもあゆの心にも鮮やかに記憶として残るのだ。

全てのことにおいてもそれが言える気がする。

それは、卒業するにあたって別れる学校の友達でも先生でも。

いつか別れが来るかもしれない、今日集まった人達にしても。


そう考えるとみんなで来て良かった気がした。


何だか気持ちがすっきりした。

大勢の花見も悪くない。

「わぁ!!すごい!!」

まだ桜に感動しているかと思い木とは逆方向を見ているあゆの目線の先を見る。

僕の父はとうとうパンツ一丁になってしまっていた。

「すごいね、春ちゃんのお父さん!!」


桜が咲き誇る下、父は酔い潰れるまで騒ぎ踊った。(こうなりゃやけだ、これも悪くない!!)


それから、二週間後。

僕もあゆも無事第一志望校の合格通知を手にする。


春がやってきた。




「春とあゆ」 WRITTEN BY ETSU

第四話 花見

皆様、こんにちわ。

今井です。

今回も、春とあゆ楽しんでもらえたでしょうか?


今回は現実の季節よりは少しはやめのお花見ネタで、別れの寂しさや、記憶の共有の喜びを書いてみました。が、一番楽しかったのは、やっぱり春パパです。

四話目の中で一番書いていて楽しかったです。

父の愛は、海の底よりもふかしってやつですね。

実際にいたら、すごく気持ち悪いだろうけれど春の家族はそれでいいと思っていますから(笑)

これからも、春パパには笑い担当で頑張ってもらおうかな!!


次回からはいよいよ高校編です。

第一話から四話までは中学校編でした。

高校生になって、春やあゆもまた新しくいろいろなことやいろいろな人にめぐり合うことになるでしょう。

どうか、よろしければ二人の今後も温かい目で見守ってあげてください。


毎日、想像以上のアクセスをいただき、本当にありがとうございます。感謝感激です。

これからも、春とあゆの世界をもっと広く深みのある世界に描いていこうと思います。

では、5話でまたお会いできることを祈ってます。

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