第二話 幸せなダンス
「よしっと!」
あゆはタップシューズの靴紐をきゅっと結び、僕の顔を見た。
「じゃ、今週も頑張ったから見ててね、春ちゃん」
そういって、あゆは一度深く深呼吸をして踊り始めた。
僕の母は、この小さな海辺の町でタップダンス教室を開いる。
母は昔、小さなプロのダンスユニットのダンサーだった。
昔から、踊ることが大好きで、一生踊って生きて生きたいとだけ思って生きていたらしい。
あまりに好きすぎて、ダンスというダンスはひととおり全部かじったそうだ。
でも、プロのダンサーになっても、踊りだけで食っていける人間は一握りしかいない。
母は、その一握りには入れなかった。
それでも母は、働く傍らでずっと踊り続けたらしい。
踊ることをやめなかった。
正確に言えば、やめられなかったんだ。
それほど、母はダンスを愛しているんだ。
そのころ、僕の父は、あるイベントで生き生きと楽しげに踊っている母に出会った。
そんな母に一目ぼれして、一時期母の追っかけをしたらしい。
その後、父と母は顔見知りになり、お互いを少しずつ知り合い、一緒になることを決めた。
結婚をして、母は仕事を寿退職した。
仕事をやめて、母も踊ることをやめなかった。
それは、母の一生躍り続けていたいという意志であり、父の生き生きと踊っている母を死ぬまで隣で見ていたいという願いだったから。
そして、母は僕を産んだ後、家の近くの空き家を改造してダンス教室を開いた。
母は、町の人にダンスを教えながら今も踊り続けている。
父のすぐそばで。
そんな母を見て育った僕も、ダンスが好きで自分の意志で踊っている。
小さなころから踊っていたから、小さな大会で賞なんかもとってしまった。
僕の性分的には、賞を取るの嬉しいけれど、踊っていれる時間のほうがもっと嬉しい。
血は争えないということだ。
実はあゆも、母のダンス教室の生徒の一人。
基本的にレッスンは週に一回だけど、あゆは木曜日のレッスンの日以外に、日曜日の朝によく稽古場に来る。いつのまにか、これも習慣化されていた。
日曜の朝は、レッスンが入っていないから、僕が貸し切りで練習をする時間帯だ。
そこに、寝癖をつけたままあゆが入ってくる。
あゆは、その時間の一番最初に僕に練習の成果を見せてくれる。
あゆのダンスは、技術的にはまだまだだけれど、あゆの性格の温かみがダンスにも出ている。僕も、母も、あゆの踊る姿が好きだ。
カンカチン カンカチン カチカチカチン♪
二人きりの稽古場にあゆがタップシューズで奏でる心地よいリズムが刻まれる。
稽古場に光がさし、まるでスポットライトのようにあゆを照らす。
光の中で、あゆは楽しげに踊り続ける。
そんなあゆをみて、僕の顔もほころんでいく。
これが、あゆのダンスの力だと思う。
人を笑顔にさせる、幸せな気持ちにするあゆのダンスの魔法。
カンカンカチン☆
最後のステップを踏み終わりあゆは僕に笑顔でブイサインをした。
「微妙に左足のステップが遅いような気がするんだよなぁ〜」
僕が厳しめなコメントをすると、あゆは眉を八の字にする。
「えぇ〜。結構上手に踊れたと思うのにぃ」
僕はそんなあゆにいたずらっぽく笑い拍手をした。
「でも、良かったと思うよ。楽しそうだったし」
そういった瞬間、あゆの顔に笑顔が舞い戻る。
「えへへ。ありがと」
ころころと変わるあゆの表情。
そこもまた、愛しかったりする。
そして、あゆは僕の手をひっぱり、決まってこういうんだ。
「じゃ、次は春ちゃんの番ね!! 」
「OK。踊りますか!! 」
僕は踊り始める。
僕のために。
あゆのために。
全ての幸せのために。
「春とあゆ」 written by etsu
第二話 幸せなダンス
読んでいただいてありがとうございます。
「春とあゆ」を書いている今井です。
第二話です。
いかがでしたか?
今回は、この作品でキーワードになってくるダンスにちなんだはなしになりました。
私自身は踊れはしないんですが、パフォーマンスを見るのは大好きです。生で見たりすると本当にどきどきしますよね!!
これから先で、そんなどきどきを伝えていきたいと思います。
「春とあゆ」、これからも、よろしくお願いします。
それでは、第三話でよろしかったらまたお会いできることを祈ってます。