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百年桜町奇譚  作者: 桜月黎
Class1『ドッペルゲンガー』
7/22

Sub 3( ヴァルデガー ) ~1~

ようやくこの辺から話がトンデモな方向になり始めます。

   ***Function 3( ローゼンタール・エフェクト ) as ???***



 おれにとって、『そいつ』は全く恐るるに足らない存在だった。

 夜中、そして私室。何の前触れも無く『そいつ』は現れた。

 いや、出現するところを見たわけじゃないから、いつの間にか居た、というのが正しい。

 ほぼ例外なく十中八九の人間が恐れおののく場面だろう。

 だが他の誰でもない、このおれにとって『そいつ』は一ミリだって恐怖の対象にはなりえなかった。

 理由は簡単、見慣れていたからだ。

 『そいつ』に会ったのはその時が初めてだったが、『そいつ』の姿は目を瞑っていても正確に描けるんじゃないかってくらい見慣れていた。そして空気や水もかくやという身近な存在でもある。

 そんなもんにイチイチ恐れを抱いているようでは埒が明かないだろう?

 ジハイドロジェン・モノオキサイドの話を真に受けて、水を飲むたびにビクつくくらい滑稽な所業といえる。

 流石に驚きはした。

 真夜中ふと目が覚めたとき、常夜灯の下にぽつねんと立ってこちらを見つめている奴が居たのだ。この状況でこれっぽっちも血脈に乱れを起こさない人間が居るとすれば、そいつは肝が据わっているのではなく単に動物としてなくてはならない生存本能がぶっ壊れた真性の自殺志願者だったというだけの話だ。

 当然、まだまだ命が惜しいおれは久々に自分の心臓が一瞬縮こまる感覚を味わったさ。

 だが恐怖という感情は全く沸かなかった。

 恐怖と驚愕は同じもののように捉えられることも多いが、前者はどちらかといえば諦観に近く後者はまだあがく気概がある証拠である。少々、特殊な家柄の生まれなおかげで鍛えられているおれに怖い物など……あまりない。

 そうだな、本気でおれを怖がらせたかったら母上殿を連れてくるんだな。

 あの人を人とも……いや、人を何とも思っていない無機質な視線にさらされて恐怖しない生き物など居るはずがない。獲物を映す狙撃銃の望遠スコープでさえもっと人情があるだろうと思えるほどなのだ。

 まぁ母上殿の事は良い。自分でうっかり連想しておいて難だがあんなバケモノのことなど想像するだけでも腹が冷える。

 しばらく睨みを利かせてやっても『そいつ』は相変わらず部屋の真ん中に突っ立ったまま微動だにしない。

 おれにとってはもう取るに足らない存在でしかないが、かといって無視しておく訳にもいかない。ここはおれの部屋なのである。見慣れたやつの生きた等身大フィギュアを自室にディスプレイしておいてやるほど、おれは人形偏愛王(ピグマリオン)をリスペクトしていない。

 ぶん殴ってさっさとご退場願ってもいいのだが、真夜中と言う時間帯がネックだ。

 ご近所迷惑を考慮するほど殊勝な心は持ち合わせていないし、そもそもこの家は丑三つ時にバンド演奏してたってどこからも抗議文など届かない。

 だが深夜に自室で侵入者騒ぎを起こしたなどと言う情報が、まかり間違って母上殿の耳に入っては堪らない。セキュリティの不備をメドゥーサさえもメンチで射殺せるに違いない目で淡々と説教されるに決まっている。間の悪いことに今契約している警備会社の株はおれが先月買い占めたばかりなのだ。

 どちらかというと趣味と主義に反するが背に腹は代えられない。

 ここは一丁、穏便な手段に訴えようじゃないか。

 無血決着=穏便と捉えていいのならピストルでもあれば話は早いのだが贅沢は言ってられない。正攻法で行くとしよう。

 すなわち対話である。


「おい」

「………………」

「おい、聞いてんのか?」

「………………」

「……ちっ」


 折角このおれが声をかけてやったというのに、うんともすんとも言いやしない。

 唐突に目の前に現れやがったくせにひたすら無言でいる『そいつ』に、早くもおれは加減イラついてきた。何か言いたそうにガラス球みたいな眼をまっすぐ向けてくるくせに、だんまりを決め込んでいる。

 なんだこいつ、アスペか?

 それとも……と、おれにはもう一つの可能性を、真実味を以て考えることができる。むしろこの状況、姿からして相手を常識の尺度で測る方が現実逃避になるだろう。


 ──人間とは違う『概念』


 妖怪だとか化物だとか、或いは神だとか、そういう人ならざる存在。

 この世の陰日向に、そんなオカルト染みた法則や連中が在る。そういうことをおれは昔から散々と聞かされてきた。

 幸か不幸か、おれの家はそういう世界の裏側の存在みたいなモノに浅からぬ縁がある一族であるらしい。

 子供ならば英雄譚やおとぎ話にはしゃぐように、ある程度分別の分かるような歳ならばからは何を大の大人が真顔で中学生みたいなことをと、反応の違いこそあれ聞いた者達の大半は本気にしないであろう、実に非常識で非現実的な話である。おれだって他人だったら絶対に関わりに会いたくないと思ったに違いない。

 だがそんな世迷言を、おれは信じざるを得ない。

 何せその証拠の一つは身の内という何処へも逃げようがないところに居座っているのだから。

 我が一族の人間は、無知な大衆共の貧困な常識力では想像も付かないだろう特殊な力を持っている。

 特殊な力とは言っても、魔法だ超能力だというバカげたオカルトなんかではない。おれ達が有するのはれっきとした心理学や医学利用の技術だ。少なくともおれはそう認識している。

 高度に発達した技術は魔法と区別がつかないってのは昔の偉い学者様の言葉だったはずだ。……ん? 作家だったか? まぁどっちでもいい。

 要するにおれたちは潜在的に高い『技術力』を持った集団なのである。


 そんな中で育ったおれは必然的に人外の存在にも、肯定的ではないが理解はある。

 血統としては申し分ないはずなのだが持って生まれる才能にはむらがあるようで、残念ながらおれは『視力』に関してはあまり恵まれなかった。

 だから今日まで明確な視覚情報によって人外どもを認識したことはなかったのだ。

 しかし『そいつ』はどうだ。

 あまりにもはっきりとそこに存在しているため、最初は人間だと思った。

 だが現れた状況やその姿、気配こそそこらの人間と明確な違いは感じられないもののどう見たって普通ではない。今最も羽振りのいい警備会社のセキュリティを無表情でかいくぐるアスペ野郎でないならばやはり、おれが今まで伝え聞いては居たものの視ることの叶わなかった裏側の法則に住む奴ということだ。

 ただの光学情報では捉えられないような存在でも、その存在自体があまりにも強大な力を有していたり、或いは明確に他者に視認されようという意思がある場合は特別な視力などなくても視えることがあるという。

 こいつは果たしてどっちだ?

 前者ならばおれは何らかの自衛を考えなければならない。おれも一族由来の『技術』を持ってはいるが、それは直接的な暴力になるようなものではない。『そいつ』にもし害意があるならば、この状況だと遁走するくらいしおれにとってか有効な手段はない。

 後者ならば何かしら用があるはずなのだが、いくら睨みを利かそうとも声をかけようとも相変わらず反応がない。

 負ければ相当に部の悪い賭けだったがおれは後者であることにベットした。

 理由は二つある。

 一つは純粋な興味だ。

 伝え聞くばかりだった向こう側の奴らがいったいどんな存在なのか、確かめてみたくなったのだ。

 もう一つは、思いついたことがあったから。

 少し前に母上殿に言い渡されていた仕事。

 あの、自分以外はすべて雑音であることをを疑いもしないような傲慢チキが、わざわざ雇い入れた『虎の巻』と共同で進めようとしている次代の大プロジェクト。

 その準備作業の一端をおれも担わされている。

 どれもこれも無理難題ばかりでどうしたものかと思っていたのだが、そのうちのいくつかを『そいつ』を使うことでうまい事解決出来るかもしれない案がふと浮かんだのである。しかもおれの『技術』を有効に利用するのに『そいつ』はかなり便利そうに思えた。

 問題があるとすれば、その案を採用するにはまず『そいつ』におれの技術が通用するかどうかが最初の壁になる点だ。

 幸い、おれが扱える『技術』の前提条件はすでにいくつも整っている。相手が一般人なら、まず失敗などあり得ないだろうというぐらい、この状況はおあつらえだ。

 はたして人間以外に通用するのか、かなり未知数なところではあるが折角だ。一つ、試してみるのもいいだろう。

 放って置くにしても放り出すにしても、どのみちおれに益はない。

 ならば成功したら儲けものと思っておくべきだ。

 立ち上がったおれは静かにそいつの前まで足を進める。近づいてもやはりそいつは無反応だった。ただその目は一時もおれから放そうとはしない。──好都合だ。

 一度目を瞑って意識を集中し、ゆっくりと目を開けて『そいつ』を真正面から見つめる。

 『そいつ』も同じように見つめ返してくるのを確認して、おれはおもむろに口を開いた。ここからはもう、ひたすら畳み掛けるのが成功のコツである。



「おまえはおれだ、そうだろう?」


「………………」


「おまえはおれだ、そうは思わないか?」


「………………」


「おまえはおれだよな?」


「………………」


「おまえはおれだ!」


「…………──」


「おまえはおれじゃないのか?」


「……────」


「おまえはおれじゃないと言えるのか?」


「──────」


「おまえはおれじゃなきゃ何なんだ?」


「わた……──」


「おまえは何だ?」


「わた……──た」


「おまえは、誰だ?」


「わたしはあなた」


「違うな、そうじゃないだろう?」


「わたしは──」


「おまえはおれだ、なら、そうじゃないだろう?」


「──────」


「言ってみろ、おまえは誰だ?」


「わた──……お────えだ」


「聞こえないぞ、おまえは誰だ?」


「……おれは、おまえだ」


「…………くくっ、上出来だ」


「誰にモノを言ってるんだ? おまえの前に居るのは誰あろう、このおれだぞ」


「そうだな、あぁ、良いぜ、よろしくやろうや。

 ──都合のいい(いとしい)もう一人のおれ(ガラテア)



   ***End Function



 待ち遠しい時間は長く感じるものだとよく言うけれど、私にとってのこの土日は特に一日が千秋せんしゅうのように感じるでもなく、体感時間は真っ当に平常運転だった。

 週明けが楽しみだと思っていた私の気持ちは単なる気のせいだったのだろうかと自分の淡白さに寂寥を感じたりもするが、まぁそれはそれ、効果には個人差がありますというやつだ。

 むしろ下手をすれば、私は独り部屋で自分の影(ドッペルゲンガー)に怯える休日を過ごさなければならなかったかもしれないのである。それがニュートラルな精神状態のまま平穏無事に乗り越えられたのは、巳祷さんや識視さん達との出会居によるところが大きいのは言うまでもない。

 うまい事、ネガティブな現状とポジティブな出会いで収支トントン(ゼロサムゲーム)と相成ったわけだ。まだまだ打ち鍛える余地がある程度には、私の心も熱を持っていると判断できる。こう見えて私はまだ情緒豊かな女子高生なのである。……女子高生を自称することに薄ら寒さを感じてしまった己の精神年齢は、さて年相応なんだろうか。

「そこまで自己分析ができるような人間を、情緒的、とは表現できないわよ?」

 完成され過ぎて外見からは年齢を推量する要素を一片たりとも抽出できない美貌と艶容とを持つ自称妖精サマが、情緒もへったくれも容赦もない言葉を吐いてくれる。

 おかげで春のように穏やかだった私の心は、あっという間に晩秋の寒風が吹く荒野と化した。



 予鈴の十分前に教室へ入ると既登校者は六、七割といったところだった。

 この時間にこれだけ集まっているならば優等生クラスと言って差し支えなかろう。

 大学卒業まで半エスカレーターとはいえ進級にはそれなりの成績を要する我が校は一応『進学校レベル』という売り文句を掲げているはずなので、あまり世紀末されては困るのだけれど。

 私は決して模範的な生徒ではないが、小さな違反というものを嫌う面倒な性分なので遅刻なんかには結構神経を尖らせていたりする。

 これは自慢だが、私は小学校入学時から通算して無遅刻記録が今年度を乗り切ればめでたく十年目の大台に突入する。さすがに皆勤ではないが。

 今日も今日とてそのささやかな大記録への着実な一歩を踏みしめたことを……まぁさりとて深く感慨に浸るでもなく認識して、私はここひと月ばかりで十全になれた動作を踏襲し、自分に宛がわれた席に着く。


「おはよう、桜月さん」


 と、間もなくそう声をかけてきたのは巳祷さんだった。

 さて、私が挨拶を返すのに少し言いよどんでしまったことには理解をいただきたい。

 クラスメイトなのだし、先週末の帰り道は同行したくらいの交流はある相手だ。挨拶を交わすくらいの行為には特に驚くべき要素など含有していない。が、朝一に、わざわざ席の前に来てまで声をかけてくれるとは予想していなかった。

 誤解されがちだが私は決して人を避けているわけではない。だから顔を合わせたなら挨拶くらいはするつもりではいたけれど、それでも自ら出向くまでは考えていなかった。

 巳祷さんも人好きする性質を持ってはいても基本的にはおとなしそうに見えたので、席が近くもない彼女とは何か機会でもなければ朝のホームルーム前に言葉を交わすことなどないと考えていたのである。

 それも私の意表を突いたことには間違いない。

 けれど、私が驚きつつもすぐに声を返そうとして言い淀んだ最大の理由は彼女の表情である。


 何故か、妙に不安そうな顔をしていたのだ。


 何か言いたそうにしているが、どうも口に出すべきか迷っているように見受けられる。

 言い難いというよりは言っても良いのかと判断しかねているらしい。相変わらずその読み取りやすい素直な仕草や態度は苦笑ものだが、打算などが見受けられないので好感が持てる。ある種、私の対極に位置する人種かもしれない。

 しかしこういう反応はこちらとしても対応に困る。

 言っていいよと促してやるべきなのか、言いたくなったらで良いよと自主性を重んじるべきなのか、つかえさせている話題を聞かないことには何とも言えないからだ。

 でまぁ、当然というか、私がこういう時に取る行動は、口を閉ざす、である。

 沈黙とは全くどうして便利な『コトバ』だ。

 なにせこういう時に黙って待つ事だけで、相手にどちらの意味とも取らせることができるのだから。

 そうしてたっぷり十ほど数えた頃、おずおずと言った調子で巳祷さんは口を開いた。


「先週のお昼休みにみんなでお話してたこと、覚えてる?」


 はて、いったいどの話題について言っているのだろう。

 彼らの雑談はずいぶんと多岐にわたっていて、実のところその大半を右から左へ聞き流していたので記憶に残っている話題はそんなにない。

 百年桜公園内に時々出没するという幻の移動喫茶店の話だとか、百年桜学園の七不思議は十三個あるだとか、百年桜市内の小学生なら遠足で必ず一度は訪れるという久喜山くきやまの信仰の途絶えた神社に独りで住む巫女の話だとか、そういうちょっと現実味の薄いキーワードは不思議と耳に残っているが。

 もちろん一番記憶に残っている話題といえば──


「ドッペルゲンガーのこと」


 そうそう、それ。

 ………………。

 …………。

 またそんなピンポイントな話題を、まさか巳祷さんの口から聞くことになろうとは。我ながら読みの浅いことに予想だにしていなかった。うっかり彼女の表情がもう一段階不安の色を濃くしてしまうくらいあからさまに数瞬黙り込んでしまった。

 よく考えてみれば、彼女にはイオの可視疑惑があったり、そもそも先週彼らがその話題になった時も自らも情報提供していたのだから想定していなかった私の思考に穴があったことには間違いない。ただ何となく、彼女から私に対してこの話を振られるとは思っていなかったのだ。

 ……などと自分だけの驚きなど今は良い。

 問題はなぜ突然、しかもこんな朝の一番にそんな話題を持ってきたのか。

 先週の様子からして特別興味をそそられているわけでもなさそうだったし、新たに仕入れた情報をいち早く誰かに伝えたいなんて大衆誌的発想でないことは表情を見ればわかる。

 私の不意な沈黙におろおろしかけた巳祷さんをなだめつつ先を促す。

 どう見ても朗報と呼べるような話が聞けるとは思えないが、今の私にとってこの話題は些細な事でも有耶無耶にするのがはばかられる。

 たとえ今日中には、識視さんによって私の抱えた問題が解決する予定でも。

「識視さんがね、見たんだって」

 何を? という反問はこの場合ただの確認である。

 ついでに言うならこの流れで識視さんの名前が出てきた時点で私の思考は大半がショートしていたので反射行動に近い。

「ドッペルゲンガー」

 誰の? という反問は彼女の顔を見ればただの相槌にしかならない。


「……自分のを」


 帰ってきた答えは、やはり予想通りだった。

 予想通りだからと言って驚かない道理はない。

 識視さんが自分のドッペルゲンガーを見てしまった。

 そのことで彼女が弱々しくふさぎ込む姿などはどう頑張っても想像できないが、どうにも状況が入り組んできた。

 私としては助力を申し出てくれていた識視さんに対して、もうほとんど寄らば大樹の、という気分でいたのだけれど、どうやらその大樹にも火の手が回ってきてしまったようだ。

 一体いつ、どういう状況で彼女が自身のドッペルゲンガーに遭遇したのか、そしてその時どうしたのか、今どうしているのか。

 すぐにでも確かめたいところだったが、もうすぐホームルームも始まってしまうし、巳祷さんはあまり詳細を聞かされていないらしい。

 判ったことと言えば今日識視さんは昼前から大学棟の研究室にいるはずだということだけだった。そういえば私は識視さんが所属するクラスを知らなかったので居場所の分かる情報は地味に助かる。

 私が先週予想していた通り、多忙な彼女は毎日巳祷さんらと昼食を共にしているというわけではないらしく、月曜は大学の方に顔を出しているのだそうだ。

 ただ、識視さんはドッペルゲンガーの事を話した時に「月曜のお昼に」と、確か言っていた。

 適当なことを言う人ではなさそうだったから、てっきり彼女は私が巳祷さんに同行して来ると決めつけた上でまた昼に合流することを確信していたのかとも思っていたのだけれどそういう感じではなさそうだ。

 とすると、識視さんは今日わざわざ昼休みに私のところまで出向いてくれようとしているのだろうか。

 ならば入れ違いになってもいけないし、私が直接会いに行くよりも昼休み中は出歩かない方が得策かもしれない。各授業ごとの休み時間十分では大学棟まで往復するのには不十分だし、昼休み以前にはどこに居るのかもわからない。巳祷さんから彼女のクラスを聞くことはできるだろうが、もし午前中は学内に居ないなんてことになれば、ただでさえ敷居の高い他学年の教室へ出向くという行為が無駄になる可能性もある。

 急がば回れということわざもあるくらいだし、座して待つのが今私ができる最良の選択である。

 ──そう頭では分かっていたはずなのだが。

 土日という丸二日間よりも長く感じた午前中の授業を消化した私は、健気にもまた昼食を誘ってくれた巳祷さんに謝罪しつつ自ら識視さんのいるという大学棟の研究室へ足を向けた。

 こうして廊下を早足で進みながらも自分の行動があまり賢いものではない自覚がある。

 ただ何となく、予想というか予感というか直感というか、そういうものがあったのだ。



 識視さんは今日、いくら待っても現れないんじゃないかと。



本当はもう少し展開させる予定だったのですが、力及ばず。


次回『Sub 3( ヴァルデガー ) ~2~』

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