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百年桜町奇譚  作者: 桜月黎
Class1『ドッペルゲンガー』
22/22

Sub 7( 生霊 ) ~2~

まさか推敲に数年かかるとは……。

   ***



 場になんともいえない空気が流れる。

 一人は絶句し一人は呆け、一人は堂々と問いに答えて満足げにと三者三様に口を閉ざしているため、状況をそのまま描写するなら静寂と言えなくも無いのだが……どう表現するのが正しいのだろう。あるべき流れが途絶してしまったというか取られるべき間を外してしまったというか……あぁ、そうか間が抜けてしまったというのが的を射てる。

 そう、なんだか間抜けな空気が場を支配してしまったのだった。


 どうすんの、コレ……。


「……ふざけてんのか?」

「まさか」


 激情に震える聖園架折の声に対して返されたのは真顔の即答である。

 ここで「ふざけていない」という方が正気の沙汰ではないのは私にだってわかることだが、応える声と態度に揺らぎが全く見えないところからすると、本当に本気で言っているのかもしれない。

 そうだとしたら狂気の沙汰の腕の中に居るこの状況をどう解釈すべきなんだろうか。

 ふと視界の端でキラキラと瞬くものがある。

 眼を向けると、幻想的な光を纏う自称妖精様がお腹を抱えて空中で丸くなり、顔を伏せてなにやらプルプル震えていた。どう見ても笑いをこらえている。


「女を喰う趣味があるとは知らなかったな」

「あら、そんな了見が狭いつもりはないわ。ただわたしは生物学的雌雄にはこだわらないの」

「………………」

 ………………。


 二の句が継げず、聖園架折は閉口する。

 そりゃ閉口もするだろう。私も開いた口がふさがらない気分だ。字面は真逆だけれど意味するところは大体同じである。


「おまえらいつの間にそういう関係になってたんだ?」


 シラケた視線があろうことか私に向けられたので、私は力なく首を横に振る。

 私だって知らない。


「この数日をもってわたしは確信を得たのよ! あぁ! 私の護るべき存在はここにあったんだって!」


 一方質問に対する答えなのか、単なる独白なのか判らないことを識視さんは随分と高揚したテンションで叫んでいる。多分、独擅場(どくせんじょう)とはこういうのを言うのだろう。場の空気を独占し、独擅している。

 識視さん以外、状況にまったくついていけない。

 私のために動いてくれたことは確かであろう。ただ私には身に覚えがまるでない、あるはずがない。

 なにせ彼女はもう何日も前に故人となっていたのだから。

 いったい何が彼女を動かしているのだろうか。そのあまりに晴れ晴れとした表情には、誰かにやらされているようには見えない。が、自発的に私を助ける動機もよくわからない。

 適当なテンションで本人すら状況を置いてけぼりにしている……などということではあるまいな。


「ちっ」


 舌打ちに目を向けると、表情からすっかり熱を消した聖園架折が、苦いものでも噛んだ様な顔をしている。それは、もう怒るのにも疲れたというような表情にも見えた。


「やる気が削げた」


 溜息のように、そんな言葉が御園架折の口からこぼれた。


「もともとあんたみたいな一般人に用はないんだ。余計なことを言わないと約束するなら見逃してもいい」


 譲歩というよりはあきらめのような口調で彼女はそう言った。

 どちらだとしても、死ぬ気などもちろんない私は口をつぐむ程度の要求に首を縦に振らない理由はない。

 元々脅されたり襲われたりせずとも言いふらす気なんて雫一滴ほども無かったのだから。そもそも言って信じる人も居なかろう話題だったし、そんなことをして得られるメリットも無い。正義感で動くような人格も、残念ながら持ち合わせていない。

 私の様子をつまらなそうに見た聖園架折は、今度はすぐ後ろに居る識視さんへ目を向けて言う。


「榊識視」

「なあに?」

「おまえも俺達のしたことを全部忘れろ、そして二度と表舞台に現れるな。正直もうおまえみたいなのとは関りあいたくない」

「ふふっ、随分と勝手な物言いね。一応貴女はわたし自身の仇でもあるんだけど。まぁいいわ、わたしもその部分には特に執着するつもりもないし」


 あまりにも身勝手で一方的なことを言われた識視さんはしかし、気分を害した素振りも見せず肩をすくめて承諾する。寛容というよりは無頓着といった風に見えるが、或いはもしかするとこの場を乗り切るために譲歩してくれているのかもしれない。私のために今後、故人として生きていくことになってしまうというのに。

 聖園架折は識視さんの言葉を聞くとなぜか、それに満足した──というのとはちょっと違う奇妙な笑みを浮かべた。


「それとな」

「まだ何か?」



「──今すぐそこから飛び降りて死ね」


 瞬間、何故か唐突に目の前に飛び出してきたイオに意識が向いてしまったのと、脈絡の無い強い言葉に意味を図りかねて私の体と頭は一瞬だけ硬直した。

 何事かと状況理解に頭を回そうとするがそれより早く周りは動く。

 私を抱きしめていた識視さんの腕から突如力が抜けた。

 予期せぬタイミングにその場で尻餅をつきそうになるのを、踏鞴を踏むようにして何とか立ち留まる。

 どうしたのかと振り返るが、その流れる視界とすれ違うようにして識視さんが一歩前へと踏み出していた。一瞬見えたその表情からは感情が完全に抜け落ちていて、つい数瞬前までとのギャップにゾッとする。

 しかし、その意味を考える間もない。結果は実にあっけなかった。

 ふらふらとした足取りながらも真っ直ぐ展望台の柵までたどり着いた識視さんは、特に何をためらう気も無くそこから身を乗り出し──


「……くくっ」


 向こう側へ消えてしまったのだ。

 それは建物四、五階分ほどの高さから無防備に飛び降りてしまったということになる。


「くくく、ふふ……あははははははははっ!!」


 意味が判らない。

 いや、起きたことは判る。識視さんは聖園架折に命じられたとおりに身を投げてしまったということだ。

 奇しくもその高さは、最初に彼女が転落死した場所とほぼ同じ程度である。識視さんは二度同じ死に方をさせられたのだ。

 まさか聖園架折に言われたから素直にそうしたわけはあるまい。直前の不可解な様子からして、自分の意思で動いていたようには到底見えなかった。

 つまり、これは薄々気付いてはいたのだが……もう認めるしかない。

 聖園架折はどうやら人を操ることが出来るらしい。

 最初の死も、もしかすると同じような手段で自殺を強制したのかもしれない。二度同じ死に方を選ばせたのがもし偶然でないのなら、聖園架折は随分と良い性格をしているようだ。

 その張本人は今、腹を抱えて笑っている。勝利の余韻に浸っているとでもいうんだろうか。

 さっきまでの張り詰めた雰囲気など微塵も無く、この隙にもしかしたら逃げられるんじゃないかというくらいの無防備っぷりである。きっと私などは恐るるに足らぬ存在と思っているに違いない。

 ……そしてそれは残念ながら否定できない。


「くふ、ふふふ……なんだよ、簡単じゃないか。間抜けなやつだ、天才が聞いて呆れるな」


 手で顔を覆い込み上げてくる笑いを抑えるようにしながら一人ごちる聖園架折。独り言が癖なので無ければ、うっかり声を漏らしてしまうほどに気が昂ぶっているんだろう。私には経験が無いのでよく判らない感覚だが……或いは大きな達成感というものはこうやって表に現れるのかもしれない。


「あいつを殺るために一体どれだけ予行演習で消費したか……、全く無駄な犠牲だったな。くくっ」


 私のほうには目もくれていない。

 もしかしてこの隙に逃げられるんじゃないか?

 と思った私を誰が責められようか。だってどう見ても完全に無視されているのだから。

 そうっと足腰に力を入れて立ち上がる。無意識に呼吸だって殺していた。


「何処に行くつもりだ、桜月黎?」


 即効で目を付けられた。

 いやしかし、と私はここで一つ思いつく。

 ついさっきの会話だ。

 そう、私は今回のことを他言無用とする代わりに見逃してもらうということになっていたはずなのである。

 つまりもう、私はここに居る必要が無いわけで。色々あって疲れたし速やかに帰宅させていただきたい所存なのだ。


「んなもん、反故に決まってんだろ」


 空気読めよ、みたいな批難的ニュアンスを込めていわれた。

 ……まぁ、そうだとは思ったけど。


「安心しろよ。今俺はかなり気分が良い。だから特別に──」


 おやコレはもしや、悪役がちょっとした気まぐれとかで「慈悲をくれてやる」とかいう、物語において主人公がピンチ脱出の糸口を見出す展開だろうか。


「最後まで意識は奪ったままでいてやるよ。よかったな、痛みも恐怖も感じずに終われるぜ」


 この世に慈悲なんて無かった。

 物語的都合のいい展開など、現実には起こらないんだなと、私は改めてしらしめられたのだった。


「そうでもないかもよ?」


 と、すぐ傍らからイオのそんな言葉が聞こえた。

 どういう意味か、と問いただす余裕などは無かったが、幸いにもその答えはすぐ形と声を持って現れた。


「ああーっ、疲れたー、全力疾走なんて久しぶりよもう!」

「なっ!?」


 この展望台広場と眼下に続く百年桜公園を繋ぐ少し急な階段のところに、軽く息を弾ませてその人は立っていた。

 誰あろう、ついさっき柵の向こうへ転落してしまったはずの榊識視その人である。

 あまりにも付いていけない事象が蓄積しすぎてきたので、私はある程度考えることを放棄することにした。……何せ、冷静に考えるとそこに識視さんが立っていることが信じられない。起きたことはあるがまま見たとおり受け止めることにしよう、と逃避とも悟りともいえそうな境地に至る私である。

 ただ、そう簡単に目の前で起きたことを受け入れられない者もいる。この場ではもちろん聖園架折のことだ。


「なん……ど、どういうことだオイ」

「どう、とは?」

「どうしてここに居る!? おまえはそこから落ちて死んだはずだろうが!」

「わたしが? ここに居るじゃない、言っとくけど幽霊じゃないよ。もしそうなら階段駆け上がるのにこんなに疲れないものね」

「何をしやがった? 何で生きてるんだ」

「特別なことは何も? ただ安全に着地して、急いでここまで戻ってきただけよ」

「ビル四、五階分くらいの高さがあるんだぞ、無事で済むわけ無いだろうが!」

「たった十数メートルよ?」


 彼女らの会話を聞いていると、助けようとしてくれている識視さんには申し訳ないがどうしても聖園架折の言葉のほうにばかり共感してしまう。

 今の発言だってそうだ。

 識視さんは「たった十数メートル」なんて言ったが、コレが水平方向への移動か重力方向への移動かで大分印象が異なる。歩いて十数メートルなら確かに「たったの」と付けてもおかしくないちょっとした距離でしかないが、十数メートル落下するとなると大事だ。普通に死ねる高さである。

 ……まぁ、しっかり覚悟した上で己の意思とタイミングで飛び降りるのなら死なずに済むかもしれないが。でもさっき私が見ていた限りかなり無防備な体勢で落ちたように見えた。あんな状態から助かるなんて可能なのだろうか。


「あれで死なせたかったのなら、最後まで気を抜いちゃいけなかったわね?」

「っ! ちっ……なら、」

「──残念」


 ──間。が、あったと気づいたのは状況が一つ動いた後だった。


「……は?」


 何が起きたのか判らず立ち尽くす私の目の前で聖園架折はそんな呆けた声を漏らした。

 地面に組み伏せられた姿勢で。

 一瞬の出来事……というよりもまるでコマ落ちした映像でも見せられたような気分だった。


「なっ……くそ、何が」


 起き上がろうともがく聖園架折。だが彼女の背にまたがり腕を捻るように固定している識視さんがそれを許さない。


「何が起きたか、判らなかったでしょう?」


 イタズラが成功した子供の様に識視さんが無邪気に言う。

 本当に何が起きたというのか。

 聖園架折が数メートル先にいる識視さんへ何かを────おそらくさっきと同様に操ろうとしたのだろう────しようとした次の瞬間にはもう、互いの形勢は逆転していた。

 いや……本当にそうだったか。

 本当にことは一瞬で起きたのだろうか? 何か、不自然な間が開いていなかったか。

 そうまるで、比喩ではなく本当に『間が抜けてしまった』かのような、そんな不自然な感覚があった。


「仕方がないわ。自分の思考の外にあるものを対処するなんて不可能だものね?」


 聖園架折が、そして私が感じた戸惑いを識視さんは肯定した。ただし言葉の意味はまだ分からない。


「人間は晴れた日に、嵐の事を思うことができないものね」


 きっとその意味を知らせる必要はなかったはずだ。

 だが彼女は語った。

 思いを家族に知らせるように。

 無知な敵に、知らしめるように。


「だから恥じなくていい。貴女の敗因は貴女にはない。私がちょっと、存在感薄くなっちゃっただけなんだから」


 そんな、場にそぐわぬ間抜けな真実を。

続きも無期限未定。

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