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百年桜町奇譚  作者: 桜月黎
Class1『ドッペルゲンガー』
20/22

Sub 6( ジャスパー ) ~5~

多大に間を開けてしまいました。いっちょ前にスランプとか。せめて一度何かを完成させてからにしいようよ、私。

もはやだれも何も期待していないだろうけど、せめてこれだけはひと区切り付くまでは頑張りたい。


「………………っ」


 なんでもない風に返ってきた答えにレイが押し黙る。

 驚き、絶句していた……というものとはどうやら少し違うようだが、二の句が継げなくなったという表現が、程度を表す意味では適当だろうか。


「いやぁ、ホントはこんなことしたくなかったんだぜ?」


 取り繕う言葉はこの場合些か、と言うよりむしろ実行してしまった段階で遅い。が、仮に何か同情に足るやむを得ない事情というものがあるのならば、或いはわずかばかりには受ける悪感情を軽減できるかもしれない。そういう自己保身は、たとえ本当に正当で誰からも情状酌量を得られる事情があったにせよ、姿としては美しくない。と、私は思うのだが、まぁそれを咎めるほど狭量でもないつもりなので口を出さずにいておく。レイ自身も恐らく似た心境で居るのだろう、表情は小揺るぎもしていない。

 が、さすがに次の言葉には、眉の一つも動かさずには居れなかったようだ。


「だってよ、ろくに知りもしねぇ奴を殺したって、なんも面白くねぇだろ? ガキ向けの特撮で怪人が正義気取った奴らに蹴り殺されるシーンを見てんのと大差がねぇよ」


 やりたくなかった理由が人らしい罪悪感などではなく、ただ単に娯楽性が低いからだという言葉にさしものレイも不快をあらわに眉間に浅く縦皺を刻む。だがもはや、聖園架折にはその程度の相手の反応等取るに足らない些事だったのだろう。彼女の暴言は続く。


「しかも相手があの化物女だぜ? 俺らの母上殿も人間としちゃぁ大概なキチガイだが、榊識視もぶっ壊れ具合じゃ負けてねぇ。おかげで俺らはいらん苦労の連続だったさ……一つだけ都合がよかった事があるとすれば、今が『百年桜町』開催期間だったってことだ。──予行演習相手には事欠かなかったよ」

「……まさか、最近百年桜市内で騒がれてるドッペルゲンガー騒ぎは、」

「だろうな、俺たちの練習台にされた間抜け共のなかでも飛び切り──運の良かった奴らだろうさ」

「運の…………」


 レイはその言葉の意味が分からぬ娘ではない。

 きっと彼女は、聖園架折が『誰かに成り済ます』『面識のない集団に溶け込む』練習をしていた可能性には気づいていたはずだ。今日の昼、噺心縁の話の中に一度だけ「カオリ」という名が出て、しかもそう呼ばれたはずの人物が途中から登場しなくなるという不自然な語りがあったことには気付いていたのだから。

 だがそれが結果としては「まだマシ」な方だった、までは想像していなかったのだろう。そして、その『運の良い』例だけでもこれだけ話題になっているのだ。『運の悪かった』例がどれほど居るのかは想像に難くない。


「そこまでして、なんで識視さんを……?」


 確かに榊識視は大物ではあるだろう。

 だが、これほどのリスクと犠牲を払ってまで排除しなければならない事情とは何か。凡百の中流階級世界でしか生きていたことのないレイには想像できないようだ。

 しかしまたしても、聖園架折はレイの予想を容赦なく裏切る。


「知るか」

「……え?」

「理由なんぞ知るかよ。《思考水槽シンクタンク》聖園真紅の考えが判る奴なんてそうそう居ねぇよ」

「聖園、真紅?」

「俺らの母上殿さ。そしてミソノ・シンクタンクの頭脳トップでもある」


 その名とその肩書きは、この時代において『世界で最も頭の良い人物』とほぼ同義である。

 時代を改革し、導いた人類の上位種とまで称される人物の意思によるのだと、そう言っているのだ。それが意味するのは、もはや人は動かせても世界を動かすほどの力を宗教が失ってしまったこの時代において、まさに最後の神託と言うにふさわしい重みがある。……と、もちろんこれは大げさな表現なのだが。

 しかし今や有識者の代表格とも呼べる人間が、一個人を亡き者にせよと、自分の娘に命ずるということが、想像の枠を超える話であることは間違いなかろう。

 レイも今日何度目ともわからぬ困惑で黙する以外のリアクションを取れずにいる。


「だがまぁ、今回に限って言えば想像できない話でもない。又聞きだが、榊識視はミソノ・シンクタンクへの入会を拒否したって話だからな。目障りだったんじゃねぇの?」


 という聖園架折の予想がもしも正解だったのならば、世間は聖園真紅への評価を改めねばならないだろう。


「じゃぁ、他の二人は?」

「はぁ?」

「……霊界堂神無さんと、行方一はなんで──」

「あんたやっぱりバカなのか?」

「…………」

「道にゴミが落ちてたら片づけたってだけだろ。俺は善良で道徳的な市民だからな」


 要するに目的達成の際に目障りだったからついでに、という意味だろう。

 実に小悪党めいた行動原理だが、それを道徳的な行為だろと胸を張れるあたり、聖園架折は大物かもしれない。

 ちなみにレイはどんな顔をしているかと言えば、今の言葉を聞いた段階でもう完全に表情が抜け落ちていた。

 何処か斜に構えている風に見えるレイだが、その実、意外と曲がったことを嫌う彼女──例えば車通りがほとんどなく、誰も順守しようとしないような小道の歩行者信号すら頑なに守っていたりする──は、あらゆる道理を蹴り飛ばしながら歩くような聖園架折の言動の数々にもはや理解を示そうという気が完全に失せたのだろう。

 しかし、それで「はい、さようなら」とはならない。

 レイは気分的にそんな感じだろうが、残念ながら相手はそういうつもりはない。

 でなければこんな不毛な会話など、初めからする必要などなかった。


「何、他人事みたいな顔してんだ?」

「………………」

「いくら綺麗な顔してっからって、自分がお花みたいに大事にされると思うんじゃねぇぞ」

「……なにを言って──」

「あんたも俺にとっちゃ、掃除すべき道端のゴミなんだよ」

「──っ」


 と、普通に考えればこうなるだろうと誰もが予想しうる方向へことは収束し始めたわけだ。

 当たり前の展開ではある。

 仲間でもない相手に自らの手の内をさらしたのだから、あとはもう始末する以外の事があるはずもない。

 レイもそのくらいはわかっていたはずだが、さっきから続いていた聖園架折の暴言の数々に中てられて失念していたようだ。意識していればどうこうできたという話でもないのだけれども。

 私としても、今ここでレイに居なくなられては都合が悪い。だから、助言なり或いは直接働きかけて助けてやるのが、せめて勝手に私の都合に巻き込んでしまったことに対する果たすべき責任ということになる。

 が、今回私が出るべき幕はここではない。

 自分の立場について忘れてしまっていたレイだが、しかし悪運が良いのか日ごろの行いが良いのか、長々と聖園架折相手にお喋りしていたのは結果的に最良の選択だったと言える。

 ふむ。

 これ以上は、私の視点から見ているのは少々邪道だろう。

 何せ、私にとっては聖園架折の使うまやかしも効果が無いし、それに──



 ──折角、出待ちしている『彼女』にも申し訳ないからね。



 ***End Function***



「おっと、逃げようなんて考えるんじゃねぇぞ? いや、考えてもいいが無駄になるからやめときな」


 無駄だろうとは思いつつも一応こっそりと半身後ずさってみたのだが、目ざとく釘を刺されてしまった。そりゃ一対一で向かい合っているのだから、その行動が筒抜けなのは当たり前である。

 さて、どうしたものだろう。

 私と架折さんとの距離は五メートルほどといったところか。単純に走って逃げたところでどうにか出来そうにも無い実に微妙な距離である。

 しかしだ、すべてを楽観的かつ都合よく考えてみるとどうだろう。

 例えば彼女の身体能力は私よりもひ弱で、あの自信たっぷりの態度もすべてハッタリであったとしたら? 案外、ちょっと不意をついて逃げ出してみたらあっさり振り切れてしまったりしないだろうか。……まぁ、そんなことは無いよね。世の中そんな都合よく出来ていたら、誰も苦労はしない。

 そこまで冷静に(自称)考えてみた私は──踵を返して全力で駆け出してみた。

 ちょうど元来た道へ飛び込む形になる。折角場所がわかるところまで来たのに戻ってしまってはまた道に迷いかねないがそんなことを気にしている場合でもないだろう。

 五つ数えるほど走ってみてから少し後方を確認してみる。

 ……あれ?

 背後には誰も折らず、しかも誰かが追いかけてくるような音や気配も無い。てっきり、さっさと追いつかれてジ・エンドとなるものだとばかり想像していただけに、拍子抜けである。いや、私はまだ死にたくは無いので逃げ切れることこそがもちろん最良の展開なのだけれど。

 それでも念のため私の少ない体力が持つ限り全力疾走してみた。……十秒も経たない内にバテた。インドア人間に分単位の全力疾走なぞ望むべくも無い。

 ペースを落とし再度後方を確認するがやはり誰も追いかけては来ていないようだ。もちろんここで立ち止まったところで何の解決にもならないのだが、とりあえず息を整えて次にどう身を振るかを考えるためにも、という免罪符をもって私は足を止めたのだった。

 深呼吸とため息を合成させて一つ大きく長く息を吐く。


「よう、ご苦労さん」


 空気を出し切った肺へ新鮮な空気を取り込もうとした瞬間に背後から声をかけられ喉をつかえさせてしまった。人間はどうやら空気を喉に詰まらせるという器用な芸当が出来るらしい。咽る。

 咳き込むのを何とか収め、声のした背後へ目を向けると、声の主である架折さんがニヤニヤと人の悪そうな笑みを浮かべている。まぁ、悪い人には違いないがそれよりも私が驚いたことは彼女の存在とは別にある。

 彼女はさっき百年桜の見える展望広場に居たときと全く同じ姿勢で立っていた。まるで一歩も動いていないかのように。そして彼女の背後に見えるのは転落防止用の柵と、見事に咲き誇る百年桜の威容。

 一歩も動いていないかのように……ではない、彼女は真に、先ほどから一歩も動いていなかったのだ。

 散々走ったはずなのに、今私が立っているのも先ほどまで架折さんと会話をしていたときに立っていた場所から一メートルすら離れていない。

 ……どうなっているのかは判らないが、嫌な予感しかしない。


「体力のねぇやつだな何を──たった一歩後に下がるだけでそんなに息を切らせてるんだ?」


 ………………。

 もはや言葉も無い。意味がわからない。何が起きた?

 きっと逃げられないだろう事くらいは予想していたが、起きた現象がさすがに予想外過ぎる。これではまるで、私がうまく逃げ切った妄想をして現実逃避していたところを、架折さんの声で現実に引き戻されたみたいではないか。


「妄想過多ってのも立派な精神病の症状だぜ? 大丈夫かい、良い心療内科を紹介しようか?」


 そういって心底面白そうに笑う架折さん。

 問う意図でイオに目を向けてみるも微妙な苦笑いで肩をすくめるばかり。

 どうにも完全に遊ばれている風である。なるほど、どうやら私は本当にこの場から逃げるということは出来ないらしい。

 仕方なく、私は架折さんともう一度正対する。言っておくが、何か格好良く覚悟だとかそういうものを胸に抱いたわけではない。単に開き直っただけである。

 もうここまできたらなるようにしかならないだろう。

 ただ、そのなり様がデッドエンドになるのはいただけない。せめてそのルートだけは回避したいところだが、さて逃げれないのならばどうやって結末を分岐させればいいんだろう。

 とりあえず考えるための時間が必要だ。話をつないでそれを稼がなければならない。

 できるだけことを先のばすように話を進めなければならない。

 が、残念ながら私はおしゃべりな方ではないし、そもそも得意でもない。なら私がアレコレしゃべって時間を稼ぐという策は無しだ。それをすると、下手をすればあっさり寿命が短縮させられかねない。

 なら相手にしゃべらせるしかない。

 そのためにはこちらから絶えず問の言葉を放つ必要が有る。

 どれだけ続くか判らないが、幸いなことにまず一つ問いかけるネタがある。

 今の、聖園架折の言い回しに引っ掛かりを覚えたのだ。

 明らかな嘲笑が癇に障ったとかそういう意味ではない。

 そもそも私は自分自身に対する侮蔑に対して憤るという感性など、とっくの昔に失っている。

 だからかけられた言葉尻の意味に注意が向いたのだ。

 私の身に起きた現象が何なのかを正確に把握しているらしい口ぶり、これは判る。この状況で、一方的に架折さんにとって有利な現象が全く偶発的に起きるなんてそうそうあるわけがないのだから、彼女が何かした結果であることは殆ど間違いないのだから。

 だが彼女は、わざわざ言わなくてもいいような、妙に具体的なことを言わなかったか?

 『──立派な精神病だぜ?』

 つまり今起きたことが病気の一症状だというわけだ。

 今まで私がこういった幻覚症状を起こすような病気に罹患したことはない……と思う。

 にも拘らず、ここまで顕著な症状が突発的に現れたということはつまり──架折さんは、相手に任意の精神疾患を発症させることが出来る?


「……あんたは察しが良いのか悪いのかよくわかんねーやつだな。てっきりさっきの会話中に気付いてたもんだと思ったんだが」


 どうやら何か買いかぶられていたらしい。

 私にしゃべらせようなんて意図は無かったから、これは完全に架折さんの自爆なのだけれど……何故だろう、むしろ爆弾を抱えさせられたのは私のような気がしてならない。しかもどういうわけか、彼女はさらに火薬を上乗せするようなことをする。


「好きなようにイカれさせるっていうのとはちょっと違うな。超能力じゃねぇんだ、そこまで都合は良くねぇよ。俺は『自分の罹患している精神疾患を染す』ことができるのさ。こういう開けた場所で、即興でやるんだと一時的な効果しか出ないけどな」


 もしかしてこの人、ただひけらかしたいだけじゃぁないだろうな。

 タダで教えてくれるというのなら時間の許す限り聞き役に徹するのも吝かじゃないのだけれど……まぁ、向こうの態度からしてどう考えても「お代はてめぇのたまで払ってもらうぜ、ゲッヘッヘ」みたいな子悪党台詞がまかり通りそうである。文字で読む分にはあきらかにカマセ役の台詞だから滑稽に見えるのだが、高確率で実現してしまいそうな状況で自分にかけられる言葉だと思うと、これはなかなかおっかない。

 しかし、かと言って、慄くままに黙りこくって臆病な子犬よろしくしたところで事態は好転しそうにない。そんな温情で事をためらうような人格の持ち主であったなら、その大よそ女性にはあるまじき口調や態度とのギャップと相まってさぞ人望を集めることだろうが、そんな都合のいい展開を期待できるほど私は物語世界との親和性の高い思考回路を獲得していない。

 第一、そもそも論として、私が上目遣いでプルプル震えて怯えて見せたところで、心動かされる人間が居るわけがない。例えるなら、井戸やテレビモニタから這い出てくる有名な幽霊に睨め付けられて保護欲をくすぐられる人が居るわけがないというところか。そこで手を差し延べるような人間に遭遇したなら、私はそれこそ、己が命を差し出してでもその人の手から逃げ出す所存である。悪をも絆す同情心や保護欲を駆り立てることが出来るのは容姿や仕草の愛嬌が飛びぬけて優れた者だけである。身近なところで言えば巳祷さん辺りなら可能だろうが(少なくとも私には効果はあるだろう)、私が同じように演じたところでむしろ反感を買って命を縮めるだけという、本人だけが笑えないオチが待っている。

 ──後日、似たような話を『とある人物』にしたところ「それは死ぬわね、私が」という言葉を返された。良く判らないニュアンスを含んでいた気がするが、恐らく同意を得られたものだと、その時の私は解釈することになる。まぁ未来の話である。閑話休題──

 というわけで、私は当面の方針としてもう少しばかり会話が続くように仕向けることにした。

 物理的な逃亡は既に失敗に終わっており、かと言って黙したところでそれは座して死を待つが如し。となればもう、出来ることは一つ──時間稼ぎのみである。

 もっともそれが有効かどうかというのも、我ながら甚だ疑問である。

 何せこの町が最も賑わう花見の季節に、ここほど百年桜を何の障害物もなく眺められる絶景ポイントが完全に無人でしかも先ほどから人っ子一人通りかからないなんてことがあるはずがないからだ。つまりこの場所も彼女の手中にあると考えるべきである。時間稼ぎとはつまるところ、偶然的にしろ必然的にしろ、外部からの介入を待つ──期待する行為であるわけで、そして状況的に鑑みて外部からの介入が初めからシャットアウトされている可能性が高い。これが可能性でなく事実であった場合、私の行為はあるはずのない助けを待つという徒労以外の何物でもないことになる。

 そう考えると実にやる気が萎えてくる。が、どうやら私は思った以上に生き汚い用だった。

 普段どおりの省エネ的根性が発揮されるならここはあっさりと抵抗を諦めるところだろう。だが今の私は可能性がゼロと断定できないなら賭ける価値はあるかもしれない、なんて暑苦しいことを考えていた。

 ……かどうかは、我がことながらわからない。

 だからポロリと口からまろびでた質疑はもしかすると、生き残りをかけた打算ではなく、猫をも殺すという好奇心から生まれたものかもしれない。

 彼女は『自分の罹患している精神疾患を染す』と言った。それはつまり、先ほど私が体験させられたような幻覚──妄想というべきだろうか──症状や、他人を正しく認識できなくなるような病を抱えているということになる。

 別に、そのことに同情心が沸いたわけではない。先に行ったとおりこれは好奇心だ。彼女の言葉を聞いた私はとっさにこう思ったのである。


 ──この人は今、誰と会話しているのか正しく理解できているんだろうか?


 まさか人間違いではあるまいな、という危惧である。

 それを指摘したところでもはや意味もないのだろうが、聖園架折のいう言葉が本当であるなら、それはつまり自分自身も人や周囲の状況を正しく理解できないのだと言っていることと同義ではないか。

 今さら人違いだったけど、秘密をしゃべっちゃったから仕方ないよね?

 なんて言われた日には、全く死にきれないではないか。


「良いところに気が付いたな」


 ニヤリとする聖園架折。

 やっぱり、彼女はどうにもおしゃべり好きと見える。会話で時間を稼ぐのが存外楽だ。おしゃべりが元来苦手な私ですらこうなのだから、もしかすると彼女も、双子の姉妹と同様根っこは素直な性質なのかもしれない。

 さて、また語りだすであろう聖園架折の言葉に耳を傾けよう。その中からまた次のネタを探す。あとどれくらい通用するかはわからないが、考える時間とチャンスの介入するタイミングはできるだけ引き延ばしてみるしかない、私にそれ以上の事は出来ないのだから。


「──だが、それはあんたには関係のねぇことだ」


 ……あっさり、アテが外れた。


「意味のねぇ事だから時間稼ぎにも付き合ってやったが、もう飽きたわ。残念だったな、タイムアップだよ」


 しかも完全にこっちの意図もばれていたらしい。その上意味が無い事だとハッキリ言ってきたところを見ると、やっぱり何らかの人払いがなされているということなのだろう。

 どうやら私は詰んだらしい。


「安心しろよ、俺だって拷問の趣味はねえ。ほら、この手を取りな、それで終わりさ。あんたは何を感じることもなくこの世から消えることができる」


 そう言って聖園架折はまるで握手でも求めるようにこちらへ手を伸ばしてきた。

 今までの現象から察するに、きっとこの手を取れば本当に後はもう私の意識の外ですべてが終わってしまうに違いない。本当に何の苦痛もなく逝けるというのなら、ある意味では望むべくもない理想的な最後と言える。

 が、だからと言って自らその手を取るほど斜に構えているつもりはないわけで。

 しかし相手も私が自ら進み出るのを待ってくれるはずもなく、というかむしろそんなこと期待もしていなかったのだろう。

 うっかり一歩後ずさると、──聖園架折は、数メートルはあった距離をすでにつめ終っていた。つまり、手を伸ばせば……いや伸ばすということもなく、ただ少し手を動かすだけで届く距離に。


「変なことに巻き込まれて、運がなかったな」


 そうして私は手を取られ、意識がシャットダウン──


「はいそこまで」


 ──はせず、ぐいと後ろへ引っ張られて体のバランスを崩す。幸い地面に放り出される前に何か柔らかいモノに受け止められた。

 あれ?

 聖園架折は私の目の前に居るのだから、手を引かれたら前に倒れこむべきでは……いや、そもそもこの場に居ないはずの声が聞こえなかったか?

 予想しうる状況とは全然違う状況に私はきょとんとしてしまう。

 身体は脱力したまま、倒れ際に受け止められたままだし、視線も特に焦点もあわさず真正面をぼんやり眺めている。

 その視界の中に、人が居るのを認識した。

 それがさっきまで対峙していた聖園架折であることも思い出す。

 そして──その顔が驚愕とも恐怖とも取れる表情に歪んでいることに、私はたっぷり十秒くらいかかった。


「な、……なん、で」


 随分と饒舌だった聖園架折が舌を絡ませてしまっている。一体何が起きたのだろう?


「なんで、あんたが此処にいるんだっ!!?」


 どうやらその眼は私でなく、私の頭上──というか私が倒れかけ状態で止まっているから、正確に言えば背後か──に向けられているらしい。

 聖園架折の視線を追って、私は顔を上げる。そこには──


「──榊、識視っ!!」


 校舎屋上から転落して私の目の前で死んだはずの、榊識視、その人だった。




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