Sub 1( 双子 ) ~1~
一投稿で何文字分くらいが妥当なのか判らないので、大体5000~10000以内位を目安に、最初はやっていってみようかと思い、その関係で第一章にあたる部分も切りよく切り分けることに。
計画性にはあまり自信がないので上下や上中下でなく、融通の利く通し番号を。
***Function 1( 今日の占い ) as 聖園巳祷***
今日のおひつじ座の運勢は、絶好調だった。
血液型占いのO型も大吉だった。
巳年の評価は『◎』だった。
毎朝チェックする三種類の占い。大体いつも、どれかが良くてどれかが悪い。だから一番良いのをその日の指標にする。真剣に信じているわけじゃないけれど、なんとなくそうやった方が毎日を有意義に過ごせる、そんな気がしていつの頃からか続けている日課だ。
だから今日はなんだか本当に良い事がありそうだと思って、ちょっとうかれていた。何年くらい、何回くらい続けていた日課だったか数えていないからわからないけど、こう三つとも最高評価が並んだのは初めてだったのだ。
ちょっとポジティブになってしまっても仕方が無いよね?
玄関を開ければ桜香る春風が、朝の挨拶に来たみたいにふわりと舞って心地いい。
空は澄み渡る蒼、文句なしの快晴。
幸先がいい、占い通りだ。ますます、何か良い事が待っている予感が強くなる。
通学路では、なんと一回も赤信号に引っ掛からなかった。
だから、辿り着いたいつもの教室の扉すらも、ちょっぴり普段より煌びやかなものに見えたりして。
さぁ、素敵な一日の始まりだ!
そんな気分でくぐった扉の向こう。
そこにはなんだかいつもより明る気な教室が広がっていて、
いつもより楽しげなクラスメイト達がいて──
──いつもはないモノがあった。
「……?」
何か、目の錯覚かと最初は思った。
ソレは丁度、カメラのフラッシュが目に焼きついてしまったときのような、無いはずの光……みたいなモノだったからだ。
ぱちぱち。
何度か瞬きしてから、再度見る。やっぱり視える。
こしこし。
手の甲で目をこする、再度見る。……やっぱり、視える。
「うん?」
首を傾げる。
世界が斜めに傾いても、やっぱりソレはそこに在った。
「……っ!」
いや、居た、と言うべきのかもしれない。なぜなら、ソレは動いたから。
不規則に動きつつも一定範囲内から出ず、宙を飛び回るその光は、生き物のようだとあたしは直感的に感じた。
その光の移動範囲、それは丁度、あるクラスメイトの周囲に固定されているように見えた。
もっと勝手に想像したことを言うなら、その机に突っ伏しているクラスメイトにまとわりついているようだった。
机に半身を寝かせているクラスメイト──彼女の名前は確か、桜月……黎さん、だったはず。
シンプルだけど綺麗な名前だなと思ったのを覚えている。
名の当人は、どうもあまり明るい性格ではないらしく、おしゃべりもあまり好きじゃ無さそうで、いつも大体自分の席で本を読んでいたり、ああして眠そうにしている姿を良く見かける。
そういう意味では普段とあんまり変わらないけれど、謎の光がまるでまとわりつくかのように彼女の周りを動き回っているのは全然いつもどおりじゃない。
教室の中には他にもクラスメイトが何人もいるけれど、その光を気にしている人がいる様子がない。
あたしにだけ視えてる?
中学生に上がったくらいからは誰にも言ったことはないのだけれど、あたしにはどうやら霊感みたいなものがあるらしい。だからこうして、不可思議な光とか影を視かけるのは実は初めてではなかったりする。
だからこそこうして落ち着いていられるんだけどね…… 多分、こんなのが初体験だったなら、あたしはすぐにでもパニックになるか、失神でもしてしまっていたに違いない。
大概……というか、今まで私が視てきた『そういうモノ』達は、視えるだけで何か起こるわけでもなかったから、気にしないようにしていたのだけれど……今日のは何か、普段視るモノとは違う気がした。
まず、一人の人にずっとついているのを見たことが無かったから、もしかするとこれがいわゆる『取り憑かれている』っていうやつなのかな? と思った。
そうして見てみると、なんだかいつも通りに机に突っ伏している桜月さんが、いつもより身体を重そうにしているような気がする。
もしかして、具合悪いのかな?
……もしかして、あの『光』に取り憑かれているせい?
そう考え出した途端、どうしてもそわそわしてきてしまった。
使命感とか、そういうかっこいいものじゃないけれど、なんだか「視えてるあたしが、助けてあげられないかな」なんて気分が、湧いてきてしまったのだ。
実を言えば、前からちょっとお話してみたい人ではあったのだ。
彼女はクラス内では、実はちょっとした注目人物だ。あからさまに噂されたりとか、皆に声をかけられるとか、そういうことは不思議とないんだけれど。
あたしも密かに彼女を気にしている一人だ。
キッカケは名前の印象で、というのがあったのだけれど決定的だったのはいつだったか、普段は重たげに長く垂らされている前髪を不意の春風がさらりと散らしたときに一瞬見えた彼女の顔だろう。
それは胸のうちに残って、なかなか離れてくれないのだ。
でも、引っ込み思案なところがあるあたしは、彼女のちょっと近寄り難い雰囲気に押されて、どうしても声をかける勇気が出なかった。もっともクラスのみんなも、声をかけられないという点では同じなんだけどね。
だからこれは、丁度良いキッカケなんじゃないかと思った。
あたしは自分の席へカバンを置くと、一歩、彼女の方へ足を向けた。
周りでいくつか、息をのむ気配がした……気がする。
今日のおひつじ座の運勢は、絶好調だった。
血液型占いのO型も大吉だった。
巳年の評価は『◎』だった。
きっとこれは、彼女とお友達になれる素敵なキッカケだ。
そう信じて、そう確信して、あたしは彼女の元へ歩み寄った。
──どう話を切り出すかを考えていなくてちょっと焦ることになってしまった。
***End Function***
さて、まぁ。
高等学校一年次の、春先の授業などに特筆すべきことなどなく──ノート的な意味でも──気づいてしまえば、時間はもう昼休みである。
全く自慢にもならない事だが、私は物事を常にネガティブな方から考える人間である。今言及すべきことと言えばもちろん、巳祷さんとの昼食の件だ。
ああして半ば脅すようにして誘ってはみたものの、正直に言ってしまえば成果は期待はしていなかった。
四時限目終了のチャイムとともにそそくさ逃げられてしまうか、怖がられたり気持ち悪がられたりして、今後の交友関係が絶望的な事になるだろうという想定まで、わりと高い期待値──もちろん悪いほうへ転ぶことを期待なんてしていないが──を持って考えていた。
だから、
「あ、あの……」
なんて、向こうから声をかけて来るという事態は、予想しうるパターンの一つではあったものの、最も意外な展開だった。きっと誘われた手前、勝手にぶっちぎるなどということができない素直な性格なのだろう。
言葉巧みに誘導すればあっさり誘致出来そうだ。私が心配する義理などないが、甚だ将来が不安である。
試しにここはひとつ、鼻歌交じりにテイクアウトしてみても良いだろうか?
「レイの、ミノリに対するテンションが明らかにおかしい……」
何故か引きつった顔をしているイオが視界の端に映った気がした。すぐ近くに居るのに妙な距離を感じる、なんというかこう、心理的な。
まぁどうでもいいけれど。
何に対してか全く判らないが、ドン引きしているらしいイオを鬱陶しく視界の外へ追いやりつつ、思っていた以上にすんなりと再び訪れた巳祷さんとのやりとりを続行する。
──そしてもたらされた彼女の言葉に、私は遅まきながら失敗に気付くこととなった。
私と違って、巳祷さんには先約があったそうだ。
正しくは先約でなく習慣らしいのだが、彼女はどうも毎日の昼食を一つ上の学年にいる姉とその友人達の輪に加わって摂るのだそうだ。
二人きりで話す機会を設けるためのとっさの思いつきはあっさり失敗したようだ。
そういうことなら、と私は速やかに身を引こうとしたのだが……
「え、遠慮しなくていいよ? 皆きにしないから」
どういうわけか、むしろ誘い返された。
正直、他人が既に形成した輪に加わって食事など気まずいだけなので、この場における遠慮は決して気を使った上でのことではなくむしろ切実な本心だった。
その辺の機微が判らない歳でもないと思うのだけれど、もしかして巳祷さんは空気とか読めない方面の娘なのかしら。
ん? それともこれはもしかして己のホームにアウェーな私を放り込む事で心的負荷をかけるという、彼女の復讐なんだろうか? ……というのはさすがに考えすぎか。
相手の意図が善意にしろ悪意にしろ、私が取るべきは丁重かつ断固としてこのお誘いを断ることのはずだったのだが……
気づいたら、うっかり首肯してしまっていた。
久々の、イオ以外を相手にした会話にテンパっていたのかもしれない。
元の、私の意図した目的から見ればこの状況は完全に自爆だった。
しかも自ら設置した地雷を踏み抜く類の。
「うんっ、えへへ」
色よい返事を得られたと思ったらしい巳祷さんは、弱々しくもキラリと光る可愛らしい微笑みを、やはり素直に浮かべて見せてくれた。
……それを見て、これはこれでまぁいいか、なんてちょっと思ってしまった私も、大概安い人間である。
「金曜日はいつもここで集まってたべてるんだよ」
そうして案内されたのは、大学棟の空き教室だった。
私と同じように拍子抜けした感を抱いた方はたぶん、友達がいなくて一人昼食が当たり前になっている人間か、創作世界に心の大部分を傾倒させている人間のどちらかだろう。ちなみに私は前者である。
年頃の学生が友人知人と教室を離れて昼食、と聞けば、学校の屋上とか洒落た中庭だとかをつい想像してしまうことは、ティーン向けの娯楽作品に触れたことがある人間ならば無理からぬことだと思う。そんな場面など現実にはほとんど存在しないモノだとわかっていても、だ。
ましてや。
この学園には日当たりの良い噴水のある洒落た中庭も、整備が行き届き生徒に解放された瀟洒な屋上も、実際にあったりする。
だから、てっきりこの学園に身を置く者たちは皆、そういうところを積極的に利用しているのだとばかり思っていた私は、まぁそういうのを少しばかり期待してしまっていたことを、残念ながら否定できなかった。
私が籍を置くこの『私立百年桜学園』は高大一貫学校という、割と珍しい形態を持つ学園だ。
高等部・大学部が同じ敷地内に併設されているので、一貫というよりは一体とでも言った方が私としてはしっくりくるのだけれど。
カリキュラム的にも、高二の時点から既に選択履修のシステムが導入されていて、毎年ある進級審査さえ通れば大学部へも特別な試験もなくエスカレータで進学できる。
また同じ敷地内という関係上、高等部生も大学部の施設をある程度利用できる……というよりも高等部生専用の施設などホームルームのある通常教室棟くらいしかないので、敷地内の物は殆どは高大共有である。
見方によっては、七年生の大学ととらえてもあながち間違いではないだろう。
その所為というかそのおかげというか、この学園に高等部生として入ると一足早いキャンパスライフへ、文字通り片足を突っ込めるわけだ。
そこそこに充実した購買、洒落た学生食堂のおかげで五百円もあれば昼食も豊富な選択肢が与えられるし、食べる場所だって広い学園敷地内にはいっぱいある。
上記した食堂はもちろん先ほど挙げたような気の利いた中庭や屋上も何箇所かあるし、それ以外にも日当たりの言いオープンカフェテリアや一般解放していない桜公園なんかもあるのだ。
まぁ、そんなわけで若者が憧れるキャンパスライフ的昼食風景にマッチする気の利いたロケーションが豊富に用意されたこの学園である。
私のようなぼっち根暗人間でもない限り、青春の一ページに花を添えるのにふさわしい舞台背景を昼食時でも手抜かり無く選りすぐるのは百年桜の生徒として、とても自然なことなのだ──と思ってたんだけど。
だから、清く正しい女子高生である巳祷さんとその連れの方々が、わざわざこんな他人目を避けて避けて避け続けた結果に行き着いたエアポケットみたいな日当たりの悪い空き教室を昼休みの居所に据えるなんて、甚だ予想外だった。
信じられなかった、と言い換えてもいい。
ノコノコ付いて来ておいて今更だが、この空き教室に入った途端、朝からかった──私にはそんな意図微塵も無かったが──報復が何かしら浴びせられるのではないかとちょっとばかり警戒心を強めたのを、だから攻めないでやって欲しい。純粋に人の善意を信じきれない、人間不信気味な私であった。
あからさまに警戒心を剥き出しにして巳祷さんの気分を害してしまうのも本意ではないので、表面上には平静を保っていた私だが、さりげなく彼女に入室の順番を先に譲ると言う姑息さを呼吸の如く自然に発揮できてしまったあたり、我ながら複雑な心境に陥る。
「まだ、架折ちゃん達きてないみたいだね」
言う巳祷さんに続いて教室へ足を踏み入れる。カオリちゃんというのは姉の名前だろうか、中に先客は居なかったようだ。
窓の配置が北向きな所為で昼間であるにもかかわらず随分と暗い。
「電気、つけるね」
慣れた風に照明のスイッチへ向かう巳祷さんの背中を見つつふと考える。
同席者が出来てしまうことは致命的な想定外だったが、現状はどうだろう。彼女のお姉さん達があとどれほどで来るかわからないが、今のところ人気のない教室で二人きりというシチュエーションである。
しかも薄暗い……は関係ない。
イオに関する話題をさっと済ませられるなら今のうちに済ませてしまっても良いかもしれない。
が、だとするとどう切り出そうか。今更ながら、誘い出そうとしておきながらどう話をするかイマイチ考えてなかったことに気付く。
もともと、巳祷さんが誘いに乗ってくれる可能性を低く見積もっていたから……と言えなくもないが、言い訳なんてどんなに正当性のある言葉だろうと出した時点で正当性を失うものだというくらいは心得ている。
結局、無闇に先延ばししたり言葉を濁しても意味が無いだろうと結論し、丁度その瞬間教室に明かりがともった。口を開くなら今だろう。
「あれっ?」
背後からそんな声がかかったのは私が口を開いた後、喉が声を発する前という曲芸的なタイミングだった。我ながらよく言葉を飲み込めたものである。
代わりに、特に耐える必要もない反射行動として声のした方へ体ごと視線を向けた私は……さてどんな顔をしたんだろうか。鏡を見たわけではないので単純に自己分析するしかないが、おそらくはまぁ、ずいぶんと呆けた顔をしてしまっていたことだろう。
驚く……べき事態ではあったのだが、私は驚愕よりも先に疑問の方が視界と脳を占めてしまった。
──そこには、聖園巳祷が居たのだ。
背後に、である。
振り向く前には正面に居た聖園巳祷が、振り返った先にも正面に居るというのはいったいどういうことだろうか。
「巳祷ちゃん、その子は?」
私が硬直している間に続けられた鈴鳴りの声も、私の知る聖園巳祷と同じに聞こえる。
解けば肩甲骨辺りまで届くだろうセミロングの髪を左耳の後ろ辺りで簡素に纏めた小柄な少女である。
私見ではなかなかに整った顔立ちに思えるが、良くも悪くも垢抜けた印象は見受けられない。さっと頭頂から爪先まで目を走らせても制服に着崩したような点も校則違反も見つからず、かといってカッチリし過ぎた感も無いところに素朴な真面目さが垣間見えるが、それが気の弱そうな立ち居振る舞いと──いや待った、あまりに同じ外見だからうっかり以前巳祷さんを見たときの描写をそのまま繰り返しそうになったがここでようやく違和感を覚えた。
気弱そうな立ち居振る舞い? とんでもない、そこに立っている少女は随分と自信に満ちているように見える。
自信のない人間という者は、あらゆる行動が通常の人よりワンテンポ遅れるものだ。ドアノブをまわす前に一度静電気を警戒するような、そんなラグがほとんどすべての行動に現れる。
だが目の前に現れた聖園巳祷(?)の動きには全くよどみが見られない。
私とともにここへ来た巳祷さんが教室の明かりを点けたのとほぼ同時のタイミングで入って来たのだろう彼女は同じタイミングで声を出そうとした私よりもワンテンポ早く声を発している。
これが自信のある者とない者の差である。
では、この聖園巳祷──らしき彼女は何者なのか。
事此処に至って今更ながらに私は戦慄を覚える。
この不可解な状況を説明できる現象を、私は知っていたからだ。なにせ、今朝私が身を以て体験したことなのだから。
「あ、うん。クラスメイトなの。桜月さん。ちょっとお話するようになって……お昼一緒にって」
「ふーん、巳祷ちゃんから誘うなんて珍しいわね」
「まぁ、たまにはね。識視さんたちは?」
「識視は先生に質問受けてたみたいね。神無の方は、まぁ行方くん絡みで……いつも通りよ。二人ともすぐ来るでしょ」
「そっか」
………………ふむ。
どうやら直近の記憶をとっさに引用してしまったせいで無駄な冷や汗を流したようだ。
写し身が現れて本来一番動揺すべきはずの巳祷さん本人が何の疑いも警戒もなく会話をしている。つまりこの状況は彼女らにとっては驚くに値しない事態ということだ。
ならば下手な先入観さえ外してしまえば真相はどうということはない。『同じ顔』という認識を『非常によく似た顔』と訂正すれば、彼女らの関係性は何の違和感もなく導き出せる。
ここでようやく、自分が息を詰めていたことに気付いた私は、無駄な思考とともに肺に押しとどめていた空気を大きなため息として吐き出した。
「もしかしなくてもレイ、アナタかなりビビリでしょ?」
相変わらず遠慮のないイオである。せめて『考えすぎ』とか言ってほしいところだ。
──聖園架折。彼女が、聖園巳祷の姉、なのだろう。
……そういえば今回は本文にサブタイの文字が現れませんでしたね。
次週『Sub 1( 双子 ) ~2~』