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百年桜町奇譚  作者: 桜月黎
Class1『ドッペルゲンガー』
19/22

Sub 6( ジャスパー ) ~4~


「いいだろう、なるほど、御見それしたよ」


 開き直ったかのような言いぐさで両掌を見せてくる聖園架折。

 ほらやっぱり、この兆候は危険だ。

 推理小説なんかでは、犯人の自白は降参の印であることも多いが、現実で公権力も何もない人間相手に自分の手の内を見せ始めるのは相手を仲間と認めた時か、そして敵と認めた時かの二種類しかない。しかも後者は、自分が圧倒的に有利であると確信している証拠でもある。

 レイはそのことに気付いているだろうか。


「いいじゃねぇか、面白いぜあんた。それなら答え合わせと行こうや。俺の質問に答えられるだけ答えてみな」

「………………」


 明らかに「どこまで知っているか」を測る意図が見える。

 なんだかんだ言って察しが良く、そして人の挑発に乗るような愚かさもそして気概もないレイは、もしかすると今になって、相手の触れてはいけない部分に不用意に近づいてしまったことに気付いたかもしれない。

 だがもうここまで来てしまえば、あとはもう開き直って相手に乗る形で詳らかにして行くしかない。少なくともレイはそう考えるだろう。どこまでも思考や行動にアクティブな性質を持ち合わせていない彼女は、相手がまだ問答ありきの姿勢を見せている限り全力で逃げるという発想ができないのである。

 良くも悪くも聞き上手過ぎる。

 一体どんな生き方をすると、そういう半端に不器用にできていくのやら。


「最初から行こうか。さて問題です、俺はいつから行方一をやっていたでしょーか?」

「……放課後皆で立ち寄った洋服の量販店でしょ?」

「ほぉ……こいつは驚いた。そこまでピシャリとあてられるたぁ思わなかったぜ。畜生、自信なくすな。ちなみになんでわかった?」

「今あなたが『最初から行こう』って言ったんじゃないですか」

「っ…………」


 あ、揚げ足取ったよこの娘。

 もしかしなくても、レイはただ単に性格悪いだけな気がしてきた。見た目にほとんど出ないだけでうっかり挑発に乗ってしまっている節が見受けられる。しかもさりげなく嫌味でやりかえしてるし。


「それにあの時から、あなた……じゃないのか『聖園架折』さんの様子が一層おかしくなってましたよ。まるで巳祷さんの鏡像でも見ているみたいに。そういえばそのペンダントもそのあたりからつけてましたね」

「なるほど……そいつは迂闊だったな、もっとうまくやるんだったよ」


 今の部分だけ言えばよかったモノを。

 最初に余計な言葉を付けたせいで、聖園架折はもう額に青筋でも浮かべそうな雰囲気である。

 さらにそんな様子を察して何故か訝しむ風ですらある。もしかするとさっきのも挑発の仕返しなどではなく天然でつい言っちゃっただけの可能性も出てきた。底の測れない娘である。


「ならこれも聞いておこうか。あんたは俺が一体『何をやっている』のかも感づいちまってるのか?」

「それは…… さっぱりわかりません。むしろどう考えても普通の人間にはできないようなことをしているとしかお思えない程度で」

「……よくもまぁ、そんな認識でアレコレ言えたもんだな」

「可能性の話をするだけならタダですからね。それで、もう一つ気になったことがあるんですけど、逆に聞いてもいいですか」

「言ってみろよ」

「あなた…… というか『聖園姉妹』は一体いつから、百年桜学園の生徒だったんです?」

「………………」


 真顔になる聖園架折。

 無理もない反応かもしれない。何せ今のレイの質問は問いの形をした確認である。

 しかも、恐らく規模的に見て彼女らが最も力を注いだであろう部分をあっさり言い当ててしまおうというのだから。

 ある意味こちらも開き直ったのか、レイは自分が考えたことを世間話みたいな気軽いノリでこぼして言ってしまう。


「巳祷さんが私に声をかけてきた日、あれが二人にとっての初登校だったんでしょう?」

「……根拠を言ってみな」


 あの時、レイは何の迷いもなく声をかけてきた巳祷を、四月から同じ教室で学ぶクラスメイトの一人であると認識していたはずだ。にもかかわらず、あまりにあっさりと自分の記憶すら否定してみせる。

 合理的過ぎるというか、自分を信じていなさすぎるというか。

 しかし、彼女の次の言葉に、私は自分にも落ち度があったことに気付かされてしまった。


「絶対に物忘れしないっていう知り合いが言ったんですよ、巳祷さんを見て『誰?』って」


 確かにそう言った。まったく、無駄なことは良く覚えているものだ。

 私としてもあの時は本当に不意打ちだったのだ。

 突如、私が把握していなかった生徒がずっと以前から居るようにふるまい、周りもそう認識していたのだから。

 その時点で私はすでに彼女らがただならぬ人間であることはわかっていたが、害意があるわけでもないようだったから無視していたのである。

 あの時レイはまだ、私が物忘れしないことを知らなかったが、しばらくあとでそう教えてしまったのも私である。確かに迂闊だった。私にとっても、聖園姉妹にとっても。


「そうか……あんだけ準備したのに、まさか効かないやつが居たとは思わなかったよ」

「効かない?」

「『フレゴリの幻想』って言葉を知ってるか? 錯覚とか妄想とかも言うんだが」

「……いえ」

「じゃぁ『二人組精神病』は? 『三人の原理』はどうだ? 『百匹目のサル現象』なら聞いたことはあるか? 『同調現象』『全会一致の幻想』『虚偽記憶』『集団心理』『斉一性原理』、そして百年桜学園における『自薦の用心棒』は誰だと思う?」

「………………」

「くくっ……まぁ別に知ってても知らなくてもいい。今上げたのは心理学やら精神医学やら、或いは都市伝説なんかに出てくるもんだ。どれもこれも『誤った認識』を人間に強いるもんだと思えばいい。さてここでだ、そういう効果のある軽い精神病みたいなものを、ある程度恣意的に誘導発症させることができるとしたらどうなると思う?」

「……答えの範囲が広いですね」

「難しく考えんなよ、今この場で言った意味くらいわかってんだろ?」

「……それができるっていうんですか? あなたが?」

「俺はこいつの、最初に言った言葉から取って『フレゴリ・ネットワーク』と呼んでいる」


 眉根にわずかにしわを寄せ、訝しむ顔を作るレイ。無理もあるまい。それはもう人間の認識力や記憶をすべて否定するような力である。催眠術などと言うレベルではなく、それはもうほとんど魔法や超能力の領域だ。


「おいおい、今さら俺の言葉を疑うのか? 今まであんたが何の根拠もなく言い当てていた現象を簡単に説明できるだろう?」

「あなたは超能力者かなにかですか」

「そういう眉唾なのはよしてくれ、俺はこう見えて現実主義で合理主義なんだ。俺のは純然に『技術』だ。ファンタジーは漫画の中だけで事足りてるよ」

「…………」


 あまりにも無理のある発想だが、レイはそれ以上反論はしなかった。判らないモノは「ありえない」ではなく「そういうこともあるのか」と処理する彼女らしい順応力と言える。

 ……単に、急に饒舌にテンションが上がった聖園架折に気圧されているだけとも言える。


「……で」


 だからレイはまた別の論点へ移動する。

 元々、起きたことの原理よりもそっちの方が知りたかった事だろうから、彼女にとっては長い長い閑話休題だったかもしれない。


「一体何が目的なんですか? なぜ、私はこうして巻き込まれているんでしょう?」


 レイにしてみれば至極真っ当な疑問だったのだろう。

 だが、現実はいつも納得のいく回答など用意してはくれない。聖園架折は実にどうでもよさそうに言うのだ。


「あんたが今ここでこうして俺の前に居るのは、ま、運がなかったなとしか言えねぇな。俺にとってはあんたなんかどうでもよかった。邪魔なくらいだ。いや、邪魔だとも思わない存在だったはずだ。八つ当たり先に困るようならまぁ、せいぜい自分の顔の出来に関して神様に恨み節でも聞かせてやるんだな。『やりすぎだよ!』ってな」


 意味が理解できないという顔をするレイ。

 実際本当に何を言われたのか、彼女は判らないのだろう。彼女の自己認識力は、ある一点において極端に歪んでしまっている。

 簡単に言えば、自分に対するプラスの評価を受け入れられない。

 それは単なる自虐思考というよりも、いっそう信仰に近い。そのドグマは「自分は人より優れているはずがない」である。

 そして理解できないことは、深く考えないのもまた彼女の性質だ。


「じゃぁ、あなたの本当の目的はなんなんですか?」


 自分への言葉をスルーし、核心に触れる。

 ある意味それは逃避だが、しかし、状況的にはむしろ虎穴に飛び込んだというべきだろう。

 それを知ってしまったら、本格的に後には引けなくなるのだから。

 そして聖園架折もすでに、隠す気などない。彼女はあっさり言ってのけた。


「榊識視を消すことだよ。ちょっとした、家事手伝いさ、誰でもすることだろう?」


 まるで、買い物を済ませた話をするように。


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