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百年桜町奇譚  作者: 桜月黎
Class1『ドッペルゲンガー』
18/22

Sub 6( ジャスパー ) ~3~


   ***Function 6( フレゴリの幻想 ) as イオ***



 ん? おっと。

 このタイミングで私に話を振る? ふむ、まぁいいでしょう。たまにはレイにもしゃべらせないとね。

 さて、時間をあまり飛ばしてしまうのも良くないから順を追って話そう。

 突如、あまりにも不自然にタイミングよく現れた、優男然とする人間に声をかけられたレイ。

 彼女はすでに、そのタネや仕掛けが判らなくともとりあえず自分がどんな現象に巻き込まれているかを大よそ把握しているようだ。なればここでどう動くのか。

 実を言えばかなり最初の方から事態の真相を知っていた身としては、ただ坂を転がり落ちる玉の行き着く先を注視して楽しむばかりだったが、レイはことこのタイミングで言えば私の予想をかなり面白い方向に外してくれた。

 いや、やったことは至極真っ当ではあった。

 道を訊いたのだ。

 百年桜公園へ行く道である。

 実のところ百年桜公園へ向かう道など、遠くに見える百年桜を目指せばいいだけなのだから少々間抜けな発言だったと言える。もっとも、受けた側も怪訝な顔一つせず快諾し、道案内を買って出たのだから、端から見たらそのボケっぷりはどっちもどっちである。

 もし、レイの行動が相手の出方を見るための鋭い心理戦のカードであったのなら感心せずにはいられないが、残念ながら彼女はテンパっていただけの様だ。表情にあまり出さない娘だから、あまり知らない人間から見たらレイは人並み外れて落ち着いて冷静な人間に見えることだろう。蓋を開けてみればとっさのイレギュラーに滅法弱く、真顔でドジを踏むようなタダの子供なのだが。

 対する優男仮面は……っと、これは今私が言ってしまって良いところではないかな。

 ただ、結果論で言えばレイの行動は概ね良好な事の運びを促した。都合よく感じているのは実は私だけなのだが、そこは彼らにとって知らぬが仏である。もちろん今の発言はオフレコードとなる。

 しばらくはレイが相手の五歩分ほど後ろを黙って付いて行くという味もそっけもない時間が費やされた。

 そのまま営業職に就いてもやっていけそうなスマイルマスク君は実はしきりに声をかけてきていたのだが、レイがその悉くを黙殺していたというワンサイドコミュニケーションが図られていたのはどちらにとっても伏せておいてやるべき事実だったかもしれない。

 もう私がこうしてしゃべってしまったが、これももちろんオフレコード。

 しばらくするとベッドタウンの呼び名に相応しく大多数が寝静まっていた住宅街から一転開けた場所に出る。

 そこは百年桜市の北西部に位置する、百年桜公園には含まれないが一種の公園のような場所だ。遊具などはないがそこそこに開けた面積と等間隔に設置されたベンチ、そして南東の方角にはほとんど障害物無く、市の中心にそびえる百年桜を望むことができる。屋外としては一応、市内で最も海抜の高い場所で、百年桜に面した方向はちょっとした展望台の様相を呈している。

 あまり背の高くない手すりの向こうは人口の崖のようになっているが、せいぜい四階建ての屋上くらいの高さしかない。が、前述したとおりほとんどその向こう側には障害物になる高層建築物が百年桜より手前側にないため空間的に広く見え、ゆえに実際以上に高い場所に居るように人間には感じられることだろう。

 その展望ゆえ、『百年桜町』が賑わいを見せているこの時期には、昼夜を問わずここは花見客で相当に賑わう場所だ。──本来ならば。

 今現在この場所には、レイ達以外の人影が全く見えない状況だ。

 明らかに異常である。

 レイもそのことには気づいたようだ。そしてそれ以上の事にも気づいている。すなわち、この異常な状況をちっとも訝しんでいないらしい案内人の態度について。


「いやぁ、壮観だね、この時期ここから見る百年桜は」


 そんな何の変哲もない言葉を、変哲だらけの状況でにこやかに言ってのける歪さは、己の常識にとらわれて生きる人間にはさぞ気味の悪いことであろう。

 或いはそれすらも気づかぬふりをしてしまうことができたなら、レイももっと落ち着いた状態で事を後日に仕切りなおすこともできたかもしれない。ほぼ間違いなく、この舞台を整えた張本人が居る事を鑑みれば、そうしてここで逃げに徹することを許さない可能性も否定できないから、もしかしたら背を向けることが一番の悪手であるかもしれないが。

 そして、幸か不幸か、レイにはどうやら少々忍耐が不足していたようだ。


「──もういいですよ」


 だいぶ準備不足のまま、話を前に進めてしまう言葉を、普段は堅いその口からこぼし始めてしまう。

 迅速であることは、少なくとも私からすれば願ったりである。そういう意味ではやはりこの状況もただ私にとってのみ都合のいい展開であると言える。ゆえに私は多くを知りながら、黙することをこの場の是とする。


「ん? そうかい? まぁ、ここまでくれば百年桜公園も見えるしね。駅舎も見えるから──」

「いやそうじゃなくて……」


 反対にレイは、普段は思いその口を、恐らくは逸る気持ちに押される形で開いてしまう。

 しかも、焦りから生じた行動であるにも関わらず、中途半端に冷静さを捨てきれないレイは、実にあっさりと到達してしまうのだ。相手にとって、クリティカルな事実に。


「──行方一の『フリ』のことですよ」


 ピシリ。

 優男の仮面が引きつる。


「……なにを」

「とぼけたら見逃してくれるんですか? ──聖園、架折さん」

「────……。」


 完全に表情が停止する行方一……否、そこに居るのはレイの言うとおり聖園架折だ。

 人間の目ではそこに居るのは確かに行方一に見えているはずである。レイの目にだったそう見えているはずだ。

 だから聖園架折も、まさか相手から看破されることなど想像だにしていなかったのだろう。その点で彼女はレイの性質を見誤っていたわけだ。まぁ、無理からぬことと対岸からではあるが弁護しておこう。レイの性質や能力をを違わず見極められる人間など、そう居るものではない。

 本人すら知らないくらいである。

 もっとも、レイが自身について無自覚なのにはまた別の要因があるのだけれど。


「……ふふっ」


 時を止めたかのように固まっていた聖園架折が、ふっと表情を緩めて微笑する。

 それと同時に彼女の雰囲気が一変した。

 いや、そういう感覚は私から視た感想か。レイからは、今目の前で行方一が聖園架折へ瞬時に変身したかのように見えたことだろう。


「………………」

「あれぇ? おかしいなぁ……」


 それはもう単に立ち振る舞いや演技というレベルではない。言うなれば他者に与える認識そのものの切り替るという現象だ。相変わらず表情をニュートラルに留めているレイだが、内心では相当に混乱しているに違いない。

 ああして行方一のフリ──と言うにはあまりにも超常的なまやかしだが──をしていた聖園架折を看破したレイだが、実際はどうしてそうなっているのかは全く判っていないはずである。


「絶対にバレたりしないはずなのに。なんでわかったんだろ?」


 タネも仕掛けも判らないまま、しかし一足跳びに事実へ到達してしまうその性質──能力と言うモノとはまた少し違う──は必ずしも手放しで称賛できるところではない。

 一を聞いて十を知る。という言葉は、基礎から応用へ発展させることのできる力を指すが、レイのそれは、一を聞いてなぜか次に十を起想してしまう、というモノだからだ。それは優れた力と言うよりは、ズレた力と言った方が良い。

 しかも、レイはそれが何を意味しているかの自覚も無い。

 だから実にあっさりと、彼女はさらに先へ、まるで地続きであるかのように到達してしまう。


「……それももういいですよ」

「………………」

「この状況で、もう『猫被る』必要も無いんじゃないですか?」


 今までは辛うじてにこやかな表情をその面に張り付けていた聖園架折が、今度こそその偽りの表情を砕かれる。

 人形のように、まるで生気すらも抜けきってしまったかのような無表情はしかし、次の瞬間にまた一転する。


「…………くっ、くふふ」


 肩を震わせ、その顔を伏せた聖園架折。


「ふふっ、ふっ……ふは、ふはははははははははっ!!」


 哄笑。


「………………」


 その、今まで見てきた聖園姉妹、そのどちらからも引き出せるモノとは思えない攻撃的とさえ言える姿に、レイは何を感じただろうか。

 驚き、慄き、怖気づいただろうか?

 普通であればそうあるべきだ。が、彼女の様子を見ればそんなありふれた情緒をこの場で引き出せずにいることは容易に見取ることができる。恐らく、レイは今こんなことを想っているのだろう。


 なるほど。と。


「いやいや……ふふっ、まさかまさか! なんだよ、見てくれだけの根暗女かと思いきや! ずいぶんと目端がきくじゃねぇか、あぁ?」


 聖園架折という姿のまま、しかし先ほど行方一から聖園架折に変わったときよりもいっそう激しい落差の豹変がそこにはあった。

 ギラギラと瞬く瞳には獰猛な肉食獣のような好戦的な光が宿り、全身から放たれる威圧感は小柄な少女の身体という物理的に覆すことのできない事実すらも認識上で塗り替えるほどの巨大さである。

 口調は男性的……と言うよりはただひたすらに自分が上位の存在であることを誇示するような野蛮なものになり、にもかかわらず、それこそが自然であるかのような奇妙なフィット感がある。

 その点を、レイも感じているのだろう。

 なるほど、これが聖園架折か。と。


「なんだなんだ? えぇ? どうなっていやがる。いつだ? いつから気づいてやがったんだ、俺が猫被ってたって。自慢じゃねぇがただの演技じゃねぇんだぞ」

「いつも何も、最初からですよ」

「あ?」

「あなたは最初に会ったときからずっと、ワザとらしかったんですよ。素直な巳祷さんと並ぶと余計に際立ってたくらい」

「……はっ、マジで言ってんのか? 後からなら何とでも言えんだろソレ」

「そうですね。その点に関して反論できる材料はないですけど」


 そんなことを言うが、レイは実際のところ本当に最初から、聖園架折に対して一定の不信感をもって接していたところがある。

 一見して聖園姉妹は姿かたちだけでなく立ち振る舞いや声、言葉遣い、すべてが鏡写しのように相似していた。それは聖園架折自身が言うとおり、演技で猫を被るというのよりも数段は高度な『成り済まし』だったと言って良いだろう。にもかかわらず、レイは巳祷に対しては『素直』なんて言葉を使ってしつこいくらい多様していた。いっそ奇妙なくらいの好感を持って。しかし、ほぼまったく同じ見た目で同じ性質を持つように『成り切っていた』架折に対しては一度だって『素直』という評価を下さなかった。


「じゃぁなんだ? 俺が全く別の人間に成りすますことが出来るってのも最初から判ってたとかほざくのか?」

「いいえ?」

「あぁ?」

「あなたが他の人に成りすましたり、それどころか『もっと広い範囲で人の認識をある程度示威的に誘導できる』んじゃないかなって気づいたのは、今朝ですよ」

「今朝? ……まさか階段で話してたときにはもう、お見通しだったとでも言うのか」

「正確には、あなたが私の声に振り返って返事をしてくれた時です。こう見えて私はあの時かなり動揺したんですよ、何せ──振り返った架折さんが当たり前のように自分が巳祷であるかのように話し出すんだもの」


 確かに、あの時のレイは、聖園巳祷として会話をしている相手の事を一度たりともそのようには認識していなかった。

 だからこそ、そこで全てに気付いたというわけではないが、そこに今まで時々湧き上がっていた『違和感』の正体を考え直す大きな材料を彼女は手に入れていたのだ。

 もしかすると、その時にようやく、かの『赤い女』が残した「良く考えなさい」という言葉の意味にも思い至ったのかもしれない。


「…………ちっ」


 忌々しげに舌打ちして押し黙る聖園架折。

 レイの稀有な性質によって、あまりにもあっさり自信の力を看破されていくのはさぞ屈辱的なことだろう。

 しかもレイ自身が「してやった」という感情を全く持たず、ただ見聞きしたことを話しているだけと言う態度で居ることも聖園架折の神経を逆なでする要因に違いない。

 彼女が今までやっていたことはそもそも「バレない」事が前提のものなのだ。

 ある種、アイデンティティを悉く否定されているようなものである。

 そういうことを、そういう自覚がないまましてしまったレイは、やはり──少々準備不足だった。


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