Sub 5( バイロケーション ) ~2~
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***Function 5_1( 気が利く私 ) as 噺心縁***
「四人以上の部屋で…… 機種はこれで……、ドリンクバーのグラスは四つで、後から三人きますから──」
みんなより一足先に駅前のカラオケ店に着いた私は、代表して部屋を確保した。
一人で歌い始めてもおもしろくないし、第一歌っている最中に入ってこられたらいくら仲間内だって気恥ずかしい。だからおとなしくフリードリンクのコーラを注いできてちびちび飲みながら待つことにした……んだけど、
「遅い」
すぐに手持ち無沙汰な気分が湧き上がってきてしまった。
携帯の時刻表示を見る……うげ、まだ十分くらいしか経ってないじゃん。歌も歌わずカラオケボックスに一人で居るのがこんなに退屈だなんて思わなかった。
みんな何やってんだろ、ホントに私だけちょっと先に出た程度のはずなんだけどなぁ。どうせすぐ来る、はずだから落としてあるゲームアプリを起動するって気分にもならないし。
……仕方ない。
脇に置いていたカバンを取って私は席を立つ。
たった十分ちょっとの時間も待っていられないのかって? いやいや、別に帰ろうってわけじゃないし。流石の私もそこまで短気じゃない。
じゃぁ何処に行くのかといえば、そりゃぁ…… 女子の口から言わせんな。ま、みんなが来てから中座するようじゃカッコつかないし、今のうちにね。
割り当てられた部屋を出てあたりを見回す。探すものはすぐに見つかった。
整然と同じ意匠の扉が並ぶ若干狭い廊下の先、天井にぶら下がった案内表示だ。
上向きの細長い三角形とその上に円が乗っかったの赤い図形と、下向きの細長い三角形の上に円が乗っかった青い図形が並んでいる。その横には矢印。
私はその表示で示されたほうへ歩を進める。
部屋を留守にしてしまうけど、まぁ花見の場所取りでもないし、受付にはちゃんと名前を通してあるから大丈夫でしょう。カバンもって出ちゃったけど、部屋には人数分のグラスもあるし受付したときの伝票もある。伝票には会員カードに登録している私の名前も表示されているし間違うこともないはず。
……
…………
………………
で、用事を済ませて戻ってきてみれば案の定というか、予想通りというか、むしろ狙い済ましたかのようにと言うべきか、丁度部屋の前に友人三人がそろっていた。
あれ?
何で部屋の前でたむろってんだろ?
扉の前に居るのだから部屋がわからないってことはないと思うんだけど…… もしかして、中に誰も居なかったから間違えたかと思って出てきちゃったのかな。
ちゃんと確認すればすぐわかるのに。でも確かに、居ると思ったらもぬけの殻っていう状況になったらとっさにそこまで頭回らないかもね。
「やっほ! 案外遅かったじゃん」
数部屋分くらい離れたところから声をかける。誰もこっち見ないんだもん。
大きな声を出したわけじゃないけど、防音の行き届いたカラオケ店内の廊下は軽くBGMが流されている程度だから大人しいもので、声を遮るものがあんまりない。だから三人とも私の声にすぐ気付いたこっちを見てくれた。
……んだけど、
「…………。」
「……えっ?」
「ヒトミ……?」
三者三様に返ってきた反応は、あまりにも不自然だった。
意外なところから探してた友達が現れて驚いた……という感じじゃない。
喩えるならまるで──
「なによみんなどうしたの? 幽霊でも見たような顔しちゃって」
もちろん冗談で言ったんだけど、なぜか全員の顔が引きつった。
あれ? 何この反応。
「え、でも……え? 何? ひ、ヒトミ、だよね?」
一番後ろにいたカオリが、目の前の扉と私をなんだかものすごい勢いで交互に見比べている。
しかも何かおかしなこと言ってるし、どうしちゃったんだろう。
「そりゃぁ、見ての通り、みんなの友達、ヒトミさんですよ」
いくら予想外の方向から現れたからって、正体を確認しなきゃならないほど動揺することかな? でも驚かせてしまったなら悪いことしたかも。そんなつもりはぜんぜんなかったんだよ、ホント。
「だ、だよね~! も~、脅かさないでよ~」
「まったく、心臓にわるいんだからぁ」
「エンターテイメントが過ぎるぞ!」
続いてフミやイチカ達もそんなことを言う。
まさかみんなそろってこんなに驚くだなんて思わなかった。やっぱりみんなが来るまでちゃんと待ってた方が良かったか。これはちょっと反省だ。
「で──」
とフミが言う。
「いったいどうやったの~?」
「何が?」
訊かれた私はもちろんそう答える。
っていうか何を問われたのかもわからないわけで。
「またまた、とぼけちゃってぇ。いったいどこで覚えたのよ──瞬間移動マジックなんて」
「……はい?」
「さっさとタネをげろっちゃいなさいよ。今日はそれを教えてくれるまでマイク渡さないぞ」
「……瞬間移動? タネ? え、何のこと?」
私の発言によってまた四人が顔を見合わせる事となった。
なんだろう、何か会話が噛み合ってない?
「私、その、先に部屋取って待ってたのにみんなが来るのが思ったより遅かったもんだからちょっと、ト、トイレに行ってただけなんだけど……?」
あぁもう、言っちゃったじゃん『トイレ』って。なるべくその単語出さない様にしてたのに、乙女として!
とにかくこれで「なぁんだ」とか言って笑いあう展開になるはずだったんだけど、あれぇ? さらにみんなが変な気配を漂わせてる!
「ちょ、ちょっともぉ、いい加減冗談は止してよぉ」
「冗談て? 私別に変なこと言ったつもりないんだけど?」
代表するようにしてイチカが、なぜか少し非難のこもった目で言うのでつい私もちょっと硬い言葉を返してしまった。
ていうか何。
さっきからみんなの様子がホントにおかしい。
まるで私が今ここに居るのが変だと言っているみたいな雰囲気がある。部屋取りさせておいてなんかあんまりな態度じゃない?
でも、次に発せられた言葉で、私はさらに混乱することになる。
「だ、だってヒトミ、途中で合流してここまで一緒に来たじゃない」
ほわっつ?
一緒に来たって……いやいや、確かにいつもはそうするところだけど、今日はたまたま私だけ少し早く手が空いたからってことで先行して来たんじゃん。
「ほら、部屋んなかにある伝票見てみなよ、あれ受付した時間も書いてあるから」
言って私は確保していた部屋の扉を開き、すぐ前にあるテーブルの上に置かれた伝票を拾い上げてみんなに見えるように掲げる。
みんなしてすごい勢いで伝票の時間表記と自分の腕時計や端末の画面を見比べる。
そうして確認し終えると──みんなして顔を真っ青にした。何が起きた?
「ど、どういうことよ、も~~!!」
「意味わかんないんですけどぉ……」
「いくらなんでも人違いなんてありえないぞ……どうなってんの」
「ねぇ、何? 何なのみんな、さっきからおかしいよ?」
私を置いてけぼりにしておそろいに顔色を蒼白にしている面々に痺れを切らして問う。
「……さっきまで、ここに居たはずなのよ」
「誰が?」
今日の面子はこれで全部だったよね?
「あんたが」
「はい?」
「だからぁ──」
そうしてやけっぱちになったように、イチカは叫んだ。
「つい今さっきまでここに居たはずなのよ! わたし達と一緒にきたヒトミがっ!!」
***End Function***
……おや?
何か少しディテールが違う。
以前巳祷さんから聞いた話だと確か、先に来ていたのがドッペルゲンガー(というかヴァルデガーだっけ)だったはずだけれど、どうも今聞いた話は後からみんなと一緒に来たほうがドッペルゲンガーっぽい。
素直な巳祷さんがわざわざ聞いた話を改変して伝えるなんてことをするとは思えないから、単純に記憶が曖昧なまま語った所為で細かい部分が変わっちゃったのだろう。噂話の又聞きなどそういうものだ。
でまぁ。
一応この話を聞きに来たのは何か新しい情報はないかと思ってのことだったわけだが、話の細かい部分に食い違いがあることが知れた以外はあまり有効な新情報はなかった。
と思う。たぶん。
何か引っかからないでもないんだけれど、今聞いたことを反芻してみてもせいぜいがちょとディテールが鮮明になった程度だ。
早くも当てが外れたようだ。
さてじゃぁ、次はどうしようかね。
「あ、似たような話にこんなのがありましてね~」
あれ、次があるの?
***Function 5_4( 初めて入った行き着けの店 ) as 噺心縁***
「賑わってるなぁ」
百年桜町。
年に一度、百年桜市の名物である百年桜が咲き誇る時期に開催される国内……どころか世界的に見ても最大級の祭り。
主役たる百年桜を擁する百年桜公園全域を舞台としたこのお祭りは、そのあまりの賑わいと規模、そして「まるで新しい町が一つ興ったかの様」という評からいつしか百年桜町と呼ばれるようになったという。
死ぬ前に一度は行くべきと言われ、実際自分でも是非来たいと思っていたこの場所に、念願叶ってようやく来ることができた。
そして思った。
なんでもっと早く、行動に移さなかったのだろう。
念願叶ったと言ったが、実のところ本気で来ようと思えば今までだって来ることはできたのだ。
開催期間もかなり長いし、休暇もまともに取れないような前時代的な違法企業に居る訳でもないのだから。
ただ百年桜市は実家からも勤め先からもかなり遠いし、この時期は俺の勤める会社も書入れ時なのだ。
そんな事を言い訳にするともなくして結局ずるずると、来たい来たい詐欺をしていた。
それがどうして今年になってようやく、こうして足を運ぶことができたのかと言えば、偶然近くまで仕事の都合で来ていたからである。我ながら恥ずかしいほどに主体性が無いものだ。
だがそのおかげでこうして来ることができた。
まったく、俺は人生の半分くらいは損をしていた。そう思うくらい、俺は百年桜町と言う祭りの有様に深く感動したのだった。
悔やんでばかりもいられない。
時間は限られているのだ、満喫しなければ。今まで来なかった分を埋めるくらいに。
この圧倒的な人出による賑わい、荘厳で瀟洒な桜の花、こう来ればこの空気を楽しむために最後のピースは一つしかない。
酒だ。
盛況を友に、花を肴に、良い店で良い酒を飲もう。それが最高の贅沢だ。
善は急げとばかりに、俺は百年桜町を練り歩いて自分の琴線に触れる店を探す。
百年桜町内の店はそのほとんどがこの時期限定で現れる出店らしいが、そんな中にも毎年同じ場所で同じ店を構える者達も多くいるらしい。
ならばせっかくなら、そういう店を探して、毎年の行き着けにしようじゃないか。
年に一度出現する幻の店の常連になって、気のいい店主と意気投合したりして、一年間の労を酒気で飛ばす。
実に乙じゃぁないか。
「お?」
ふと一軒の出店に目が留まる。
『ひじりや』
と言う名が墨字風に施された看板を下げた屋台である。
その横には間に合わせですと言わんばかりの、廃材や空き箱、空ケースなんかを並べてこしらえた机と椅子が数組ほどこしらえてある。
ただそれは、決して勝手がわからずこうなってしまったという雰囲気ではない。
むしろその逆。いかにもそのスタイルが慣れ親しんでいるのだと感じさせる手馴れた空気を感じさせる。
もう一度看板や屋台に目を向けてみれば、なるほど真新しさとは無縁の、しかし廃れた感じでもない着実なる年季が染みついている。
これは、さっそく常連組を見つけたかな?
もう少し近づいて屋台をのぞいてみる。扱っているのはおでんのようだ。
それに──と、俺の目は屋台の奥へ吸い寄せられる。
通りに面した前面には区分けされた方形の保温機の中でよく味がしみていそうなおでんが湯気を立てているが、その奥。豪気そうなしかし客商売に慣れた人好きする笑顔を浮かべる店主の背後、そこには地酒と思われる粋な一升瓶がずらりと並んでいた。
ふと振り仰いでみれば、うん、桜の花を愛でるのにもここは絶好の場所にある。
思い描いていた理想の店にピッタリではないか。
俺はもう、迷うことなくその屋台『ひじりや』へ足を運んだのだった。
「店主さん、いいかな?」
「へい、まいどぉ!! おっ」
注文のために声をかけると、予想通りの野太くも気のいい返事が返ってきた。
目を上げた彼は俺を見るとより一層破顔し、威勢よく声を返してくれる。
「いやぁ! 神楽さんじゃないか! そろそろ来るころだと思ってたよ! 待ってな、今いつもの用意すっから!」
「……は?」
あまりにも予想外なことを言われて、俺はあっけにとられてしまう。
確かに俺の苗字は神楽だ。いったいなんで名前が知れているんだ? しかも、店主の反応はただ名前を知っているだけというようには見えない。
そう、まるで長年の常連客を迎えたような。
ちょうど、俺が今後数年かけて築きたいと思っていた理想の乙な関係の者同士のような、そんな空気を孕んでいた。
どうなっているんだ?
確認するまでもないが、俺は今年、今日初めてここに来たのだ。
行き着けの店どころか知人の一人だっていやしない。
偶然、同じ名前の別の人間と勘違いされたのか?
だが客商売にかなりの年季を感じさせる店主がそんな、一歩間違えたらかなりの失礼にあたるようなヘマをするようにも見えないが。
「へいおまちどう! 神楽さんお気にの餅巾着、桜はんぺん、つくねに定番の大根!」
煮立つおでん汁よりも熱そうな声と威勢で差し出してきた皿の中には、確かに俺の好物ばかりが入っていた。
「そして毎年恒例! オレんち秘蔵! 門外不出のオリジナル地酒『エデンの園』の登場だぁ!」
ドスン!
と目の前に出現した一升瓶。
見覚えのない名とラベルの酒瓶だが、その手作り感の溢れる余白だらけのラベルの端には「ご予約:神楽さん」とマジックペンで書かれている。
ますます、訳が分からなくなってくる。
だが俺は間違いなく今日初めてここに来ているのだ、つまりこれは人違いに他ならない。その点はしっかり進言しなければ、店主が言う本物の『神楽さん』にも悪いことをしてしまう。
さて、どう切り出したものか。
「あの……」
「ん? どうしたんだい?」
威勢のいい店主に間違いを指摘するのが何となく悪い気がして、つい消極的な言い方になってしまう。
「確かに私は神楽という者ですが、その、人違いじゃないですか?」
「んん? どうしたんだい、変なこと言って……ははぁ、さては」
俺の指摘を聞いても、毛ほども自分の目を疑っていない店主はあろうことか
「うちに来る前にすでに一杯ひっかけてきやがったなぁ? 我が家の最強の酒を前に、感心しねぇなぁ!」
意に介さぬどころか、こっちがおかしいみたいな言い方をしてきたのだった。
そして続けて、大きな声で、自信満々に、こんなことを言うのだ。
「このオレ様が、まさか十年来の常連の顔を間違える訳がねぇじゃねぇか! はっはっはぁ!」
***End Function***
ふむ、行ったことのない土地に自分がすでに訪れていた、と言うパターンか。
これがヴァルデガーとしては一番正道なタイプなのかな?
というか、当初識視さんがヴァルデガーかと疑っていたカラオケ店の話は、心縁さんの語ったあらましが正しいのなら当てはまらないことになってしまうわけだから、身近な実例を聞いたのはこれが初めてになるかもしれない。
しかし……
なんとまぁ、よくもポンポンと色んな話が飛び出してくるものである。
最初は一例でも聞ければと思って接触しただけのはずなのに、気づいてみればもう四つも色んな、広義の意味でのドッペルゲンガー話を聞かされてしまった。
いや、目撃談とかいくつかあれば何か手がかりになるかも、とは確かに考えていたわけだから、都合がいいと言えばいいのだけれど。
だが私は話以上に面食らっていることがある。
目の前でさまざまな話を、まるで見てきたかのように……というかもうまるで当事者として体験してきたかのように語る噺心縁という人物にである。
第一印象は何か真面目そうな、悪い意味でなく『定規』めいた印象があった。
その後の自己紹介で言葉を交わしてみてもその印象はあまり崩れなかった。
軍人的……というほどではないにしろ、ちょっと機械的な堅い口調は、ギリギリ冷たさを感じさせるか否かと言う具合だったのである。
だが、しかし。
今目の前に居るのは、本当に最初に相対した噺心縁さんなのだろうか?
はっきり言って、ほぼ別人である。
百歩譲って、保有している噂話とやらを語っているときは、その登場人物になりきっているのだと納得できなくもない。
が、問題はその話と話の合間だ。
「それから~、あ、そうだこういう話もあるんですよ~」
こう言っては難だけれど。
まるで頭の軽いミーハー女子みたいなしゃべり方になってしまっているのである。
……って、まだストックあるんだ、ドッペルゲンガー話。
***Function 5_9( 対岸の笑み ) as 噺心縁***
──なんだ?
信号待ちの群集の一構成員として折り目正しく前を向いて休めの姿勢を取っていたところ、私は対岸の雑踏の中に奇妙な人物が居ることに気がついた。
彼、いや彼女か? なぜだか性別がはっきりしないがその人物は何がおかしいのか、ニヤニヤと薄気味の悪い笑みを浮かべて、どういうわけか私を見ているようなのだ。
知り合いだったか? いや、私はこれでも記憶力自体にはそれなりの自負がある。確かに人の顔を覚えるのは苦手分野だが、こうしてがん見されるような人物ならばいくらなんでも思い出せないことはないだろう。
これだけ人が密集しているのだから、私の隣や後ろに居る人に対して視線を注いでいる可能性も大いにありえる。ここはシカトを決め込むのが現代社会に生きる者として正しい行動だ。
が、なぜか妙に気になる。
確かに記憶にない顔──だと思うのだが、しかし、見覚えがあるような気が、実のところしなくもない。
クラスメイトか?
それならば見覚えはあっても明確に顔を記憶していないというのもありえる。人付き合いがあまり得意ではない私は、まだクラス内でも面と向かって声を交わすような相手が居ないのである。
己の記憶領域を洗いなおしていると、唐突に私のすぐ横に居たサラリーマンらしきスーツ男が一人、ずいと前に踏み出した。
すわ、信号変わったのかと顔を上げてみると、まだ赤。
ただし、待ち時間を簡単にあらわすメモリが残りひとつになっていた。
どうやら見切り発車のようだ。
そんな微妙にフライングしなくても、ほんのあと数秒ほどおとなしくしていればいいのに、なんでわざわざそういう器の小さいことするかね。そんなんじゃ出世できないよ。いや、根拠はないけど。
などと見知らぬ社会人の未来の業績へ意識が向かった所為で一瞬、さっきのなぞのニヤケ顔から意識が逸れた。
その刹那である。
「な……っ!?」
あまりに唐突に思い出した、その顔を。
いや、ちょっとニュアンスが違う、ここはそう『気づいた』と、こう言うべきだろう。
あまりの衝撃に立ちすくんでしまった私を尻目に、周りの人々も一斉に動き出す。
どうやら信号が青になったようだ。
何かの間違いだろうと思い、もう一度あのニヤケ顔を確認しようとするが、行きかう人並みに阻まれて見失ってしまう。
いや、つい一瞬か二瞬か前までそこに居たのだ。いくらなんでも完全に姿をくらませてしまうなんてありえない。
だが、見つけられない。
まるで意識したとたんあっさりと消滅してしまったかのようだ。
道の真ん中で立ち尽くしている私はさぞ通行の邪魔になっているのだろうが、そんなことにかまっていられる余裕が完全に、それこそあのニヤケ顔の姿のように消えうせてしまっている。
「……なにしてんの? 信号、もう変わってるわよ?」
右後ろから声がかかる。
顔を向けると、連れのキョトンとした顔が目に入った。
「なに? 顔色悪いわよ? 信号みたいに真っ青」
言葉の割にはあまり心配そうな顔をしていなかったのは、或いは逆に気を使ってくれた結果だったのかもしれないが、今の私には正しい受け答えをするための思考力が圧倒的に足りていない。
「私が居た」
「はい?」
それは答えようとして出た言葉というよりは、うっかり考えていたことが口から零れだしてしまったというほうが近かったかもしれない。何かもう、その『事実』ばかりが、私の頭の中を渦巻いていた。
「……私が居た」
「……なんですって?」
うっかり同じことをもう一度繰り返して発言してしまうほどに。
今度は怪訝そうに、だが真剣さも混ぜたて、私の連れはその柳眉を傾いだ。
当然の反応だと思う。
私だって友人が突如そんなことを言い出したら真剣にもなる。紹介する心療内科をどうするか、とか。
でも、実際そう言うほかなかったのだ。
対岸に居たあのニヤケ顔。あれは、間違いなく私の顔をしていたのだ。
***End Function***
んんん??
ちょ、ちょっと待って。
今の話って……
「さらにはこんな話もありましてね~」
まだ続くの!?