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百年桜町奇譚  作者: 桜月黎
Class1『ドッペルゲンガー』
11/22

Sub 4( シェイプシフター ) ~2~


   ***



 言われるままに身だしなみを整えた私は、改まった様子で普段の飄々とした態度すら押し殺した真面目な表情のイオに向き合った。

 こうなればこちらとしても真面目に拝聴するのが礼儀というものだろう。

 そう思っていたのだけれど。


 ……

 …………

 ………………


 とりあえず一通りのことをただ相槌を打つだけに徹して聞き終えた私は、聞き終えた総括として、

 一笑に付した。

 判りやすく言えば鼻で笑った。はっ、とか、ふっ、とかそんな具合に。


「……アナタ、実はかなり性格悪いでしょう?」


 私が性格の良い人間に見えていたのだろうか?

 だとしたら随分と過大評価してくれたものである。


「信じられない?」


 と訊いてくるイオに、首を横に振るくらいに、私は捻くれているのだ。

 不可解そうな顔で美しい柳眉を歪めるイオ。

 そういう表情をするだろうことも織り込み済みなあたりも、我ながらいやらしい性格だと思う。

 ただ、そんな顔を見るために虚言を呈したわけではない。

 この辺の線引きは私自身としても具体的に説明できないのだけれど、私は自分の理解を超える事柄に関して強い否定の姿勢を取れないという変な習性がある。

 信じるか否かの二択であるならば、確かに否と私は答える。但し、信じられないのかと問われれば私はイエスとは答えない。

 だからこそ、イオなどという自称妖精さんが自分に引っ憑いて居るという事実も、半ば無視しつつも認めているわけだ。

 つまるところ私は、どんなに突飛な話を聞かされてもとりあえずは、一つの話として受け入れるのである。


「じゃぁ、さっきの態度は何よ」


 不機嫌そうに言って、少し肩を怒らせて両肘を抱くように腕を組むイオの姿は不必要に胸のボリュームが強調されていて、そのあたりにフェティシズムを感じる人々にとっては目の毒に違いない。もちろん人形偏愛アガルマトフィリア的な意味で。サイズがサイズなので。


 まぁ、ニッチな趣向へのサービスはともかく、どうやら気を悪くさせてしまったらしい。

 そういう誤解を受けるだろうこともわかっていたけれど、もちろんそんなつもりがあったわけじゃないので弁明しておくとしよう。

 私が吐息一つでこき下ろしたのはイオの話に対してではない。

 自分に対してだ。

 要するに私は自嘲したのである。自分の理解力のなさに。

 なにせ、イオの言っていることがさっぱり判らなかったのである。

 だがここは自己弁護せずにはおれない。だって唐突に──



 世界は《存在界層オブジェクト・クラスタ》と《意味界層コード・クラスタ》が《絶対座標イデア・グリッド》上で一致することによって実装されていて──



 とか言い出したのである。

 話の腰を折るのも悪いかと思って適当に最後まで聞いたがちっとも理解できなかった。

 或いはもう二年ほど早く教えてくれたらもう少しは喰いつけたかもしれないが、残念ながら感性の枯れた今の私には荷が重かったらしい。

 そういうことを極力やんわり進言したら、コレでも大分噛み砕いて説明しているんだとか言ってたけれど、それが本当なら歯ごたえがありすぎる話である。

 それで判らないならと、今度はイデア論だとか唯名論だとかそういう聞いたことだけはあるような哲学的単語も色々引用してみたりしていたようだけれど、それでもやはり私にはピンと来なかった。

 哲学自体はそこそこ興味のある分野だからイオの着眼点は狙ったならば非常に鋭かったのだが、あいにくとまだ勉強はしたことないので、理解できるはずもない。


 ようやくとおぼろげながらイメージが掴める表現が出てきたのは、一体何度説明しなおさせた頃だったか。

 最初はとても真面目な顔をしていたイオが、すっかりやる気を喪失していた。


「あー、じゃぁ、何でも良いからシステムを思い浮かべなさい、広義的な意味でなくプログラムのね。POSシステムでも端末のOSでもなんでもいいけど……あぁ、いっそゲームとかでもいいわ、それが一番簡単でしょ」


 空が青い理由を聞いてきた子供に対して真面目に答える気のない母親みたいな投げやりっぷりである。

 ちょっと不真面目ぶり過ぎたか。

 これ以上不貞腐れていても進まない、というか始まらないのでイオの言葉に改めて耳を傾ける。

 ……POSシステムってなんだろう?


「そのシステムにはね、バグがあるのよ──」


 とりあえず判らない部分はまた保留にしつつ今度はさっきよりもなるべく理解を得るようがんばって聞いてみた。

 イオの話で判ったのは大体こんな感じだ。


 曰く、この世界は決して完全ではなく多くのバグを内包している。

 曰く、そのバグは多くの場合素養のない一般人には気付かれることがない。

 曰く、但し稀に何らかの物理現象を伴う大きなバグが発生することもある。

 曰く、その大きなバグの代表格を『ヌル』と呼ぶ。

 曰く、『ヌル』は口伝、つまりは噂話や怪談・都市伝説を具現がする危険な存在である。

 曰く、イオはその『ヌル』を除去することが一つの存在目的である。

 曰く、その作業場としての役割がここ百年桜市にはある。


 背景はこんなところか。

 百年桜やイオの存在からして潜在的に疑いはしていたものの、やはりこの町そのものが普通ではないらしい。

 いわくつき物件を引き当ててしまったような気分だ。

 このタイミングでこの話を聞けば、流石の私でも『ドッペルゲンガー=世界のバグ』くらいの結びつけくらいは出来る。

 イオがそれを何らかの手段で取り除こうとしているというのも理解できた。

 そこまではいい。

 だが、まだ納得のいかない部分が残っている。


 もちろん、私の存在についてである。


 今までの話を聞いた限り、何処を切っても私が関りそうな部分が見当たらない。

 実際そんなトンデモ事情など毛ほども知らないのだからそれが当たり前だ。

 でも、さっきイオは言った。責任は私にもある、と。

 つまりはドッペルゲンガーの出現──畢竟、識視さんの死についても。


「アナタはねレイ、バグに対する疑似餌なのよ」


 ……今なんて言った?

 何か今までで一番理不尽な事実をさらっとカミングアウトされた気がするのだけれど、気のせいだろうか。


「アナタには、バグを……その中でもとりわけ厄介で、かつ私が第一目標として除去を目指している『ヌル』を引き寄せる体質がある」


 そこまでならばまだ素直に言葉の意味を考えることもできたのに、


「──というより、そういう体質作りのしやすい珍しい存在だったのよ、アナタは。事後承諾で悪いけれど、だから利用させてもらうことにしたの」


 そんな補足が入った所為で逆に訳が分からなくなった。

 いやむしろ意味は理解できてしまった。

 私はイオの都合によってワケノワカラナイモノ達を釣るルアーにされたということだ。

 これほどの理不尽があっていいのか。

 最悪、本当に最悪、まだ私だけが被害を被るだけならいい。いや良くはないけれど、少なくとも己の不幸を嘆きながら諦めるくらいの事は出来る。

 でも、ことはそんな閉じた状況ではない。

 私としてはある意味、自分の命がかかわるよりも避けたい事態。

 つまり、私が居るだけで周りを危険に巻き込む可能性があるということだ。

 ……いや、もう可能性なんかじゃない。だって──


「まぁでも安心なさい、最悪放っておいても大事には至らないはずだから」


 私を気遣っての言葉だったのかもしれない。

 が、その言い草に、私が少しばかりカチンと来たのを許してほしい。

 大事に至らない? 馬鹿をいうな。すでに大事に至った後ではないか。

 識視さんの死は、小事だとでもいうのか。


「いっておくけどね、レイ。この件、つまりバグ……いいえ、ヌルに対して、先入観や思い込みは危険よ」


 何か見透かしたように、ピシャリとイオは言い放つ。

 どういうことだろうか。

 その問いに、イオはなぜか答えなかった。

 代わりに、一つ前の言葉を補足するような言葉を続ける。

 私は不意に機先を制されたせいで黙り込んでしまった。


「良く考えてごらんなさい。世界のバグは昨日今日発生したばかりなわけじゃないのよ? レイの産まれるずっと前から、世界中にあったんだから。それでも世界では、超常現象に溢れたりなんてしていないでしょう。何でだと思う?」


 納得はいかなかったものの、私は意識を切り替えて再度姿勢のいい聴衆に成り下がった。

 文句を言うにも反論するにも、今の私には圧倒的に予備知識が足りなかった。


 世界には私が生まれる前……どころかもっと太古からバグは存在していて、今も昔も変わらず不可思議な現象を起こしていた。

 にも拘らず、今でも世界は常識的に機能している。

 わざわざ対処しなくても、なべて世はこともなし、と。

 ……つまり、世界のバグは実は放っておいても自然に消滅する、或いは自動修復するような仕組みが存在するとか? 世界をシステムに例えるくらいなのだからいかにもありそうである。


「そういうのも無いわけじゃないけど、もっと単純な話よ」


 放っておいても解決する、以上の単純な話なんてあるだろうか。


「アナタが考えたのは単純な話じゃなくて、簡単な話でしょう。そうじゃなくて、つまり、専門家が居るのよ。バグによる現象に対処することを生業、もしくは副業にしている存在が、古今東西にね」


 サブカルチャー的に言うならゴーストバスターとかエクソシストかしらね。

 なんて可笑しげに言ったイオの言葉を、たぶん私は正しく理解できていたと思う。

 『ヌル』が都市伝説や怪談を具現化したならそれは幽霊や妖怪になり、つまりはゴーストバスターの出番。

 民間伝承やカルト信仰なんかが元になれば悪魔や、神……つまりエクソシストの領分になる。

 ほかにも無数にパターンがありそうだが、代表例としては確かに端的で的確だ。

 だが、そうして理解を得られたことで別の疑問が沸いてくる。

 疑問というよりは、当然の帰結というべきなのだが要するに──


 ──それじゃぁ、私がわざわざ骨を折る必要ないじゃん。


 太古の昔から、数多の専門家たちによって『ヌル』の具現たちは服されてきた。

 それは真っ当に功を奏しているようで、世界の多くの人間は幽霊や妖怪、神や悪魔をフィクションや信仰の中だけに見ている。

 彼らの行動は決して無駄になっていない。

 とすると逆に、わざわざ素人が──イオの実績は知らないが少なくとも私はそうである──手伝う程度のことなど、それこそ無駄以前に危険な藪を突くような行為なのではないだろうか。


「言ったでしょう? バグによる『現象』を対処する専門家だって。バグそのものを処理できるわけじゃない。彼らは火消しではなく、煙とそれによる有毒物質の拡散を防ぐフィルタでしかないのよ」


 翻って自分は火消しであるというイオだけれど、そもそもその火──『ヌル』は果たして消さなければならないほどの大火なんだろうか。

 だって昔からあって、ずっと放置されているにも関わらず、別に世界が滅びるとかそういうことにはなっていないわけだし。


「何を言っているの。世界のありように大きく関わっていることよ?」


 ……しまった、藪を突いた。

 まさかそこに食いついてくるとは思わず対して深い意味もなく『世界』がとか言ってしまったが、どうやらそこにイオのスイッチがあったらしい。

 曰く、世界は『ヌル』が存在するがために不確実であるという。

 不慮の事故、不意の天災、不確実な未来。

 そういう、計算では導き出せない不確かで不規則な世界の在り様。それこそが『ヌル』による世界への弊害であるらしい。

 それを正し、世界をあるべき秩序だった法則の土壌へ戻すことこそが、自分の使命なのだと、イオは見たこともないような熱を帯びた表情で語った。それは義務感なんかでは到底作りえない表情のように見えた。

 使命だと、彼女は言ったが多分それは建前だ。

 『ヌル』を滅し、世界を不安定な混沌から救い出すという、これはイオの悲願なのだろう。

 そんな救世願望みたいなものがあるとは、何とも意外である。

 規則や規律が好きそうだということは何となく察していたけれど、まさか世界規模でも同じ気持ちを抱いていたなんて。


「考えてもごらんなさい! 不安な事なんて何もない、規則正しく誠実な世界を!」


 イオの言う不確かな物のない世界が果たしてどれだけ良いものなのかは正直よく判らなかったが、そのあまりの熱意に──或いは剣幕に、私は首を縦に振るしかなかった。


「判ってくれたのなら、さっそく出かけるわよ」


 はい?

 どうしてそういうことになるんだろうか。

 彼女の意見に賛同するかどうかはこの際置いておくとしても、今から外へ出ようというのはちょっと承服しかねる。

 まず時間を考えてほしい。

 目を覚ましてからアレコレ身支度して長々と話を聞かされたとはいえ、まだまだ早朝と言っていい時間である。

 ましてや休日。

 休日と言う日は普段と時間の流れが異なるものだ。例えば、午前八時回ったくらいでもまだ『早朝』だと判断できるくらいに。


「それはアナタだけよ」


 ………………いや、この際早朝でなくても、単に朝でも、ただの午前中でもどれでもいい。

 とにかく私は休日の午前中に外へ出るのが面倒だと言っているのである。

 だいたい何しに外へ出ようというのか。


「決まっているでしょう? ──バグ探しよ」


 散歩に出ましょう、くらいの気軽さすら感じる調子でイオはそういったが──そんな、ちょっと外へ出たくらいで簡単に見つかるもんなの? バグって。

 それとも何か心当たりでもあるんだろうか。


「無いわね」


 なかった。無いのか……。


「でも当てがないわけじゃない」


 どっちよ。


「さっき説明したじゃない。レイは疑似餌ルアーなのよ、水面へ投じずにいる道理がある?」


 ……そういうわけで。

 バグの渦巻く百年桜市の言う名の池へ身を投じさせられることになったらしい。

 イオの話など無視して居座ることもできたろうに、そうしなかった私は、我ながらウツクシイ自己犠牲精神である。なんでそんな柄にもない殊勝な行動を是としたのか自分でもよく判らないけれど、ただ一つだけ、ただの事実として書き足しておくとすれば──


 嫌だと言う寸前、私は識視さんの顔を思い出した、と言うことくらいである。



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