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四季の童話

木槿(むくげ)と五円玉

作者: yamayuri


「ねえ、お宮さんのお祭りに行こうよ!」


 歌穂が、私と茜を誘ったのは、先週のことだった。


「お宮さん?」


「そうか~。夕深ゆうみは去年の秋に引っ越してきたんだものね!


 お宮さんのお祭りは知らないんだ。


 この町では、有名なお祭りだから、


小学生の頃はみんな当たり前のように行くんだよ。


 中学生になったら、あまり行く人いないけど……」


「来年は受験だし、遊べるうちに、遊ぼうよ!」


「ちょっとスリルのあるお祭りだしさ~……」


 歌穂が、語尾を伸ばして声を震わせ、


幽霊のように手をひらひらと振ってみる。


「やだ! もう! 私は会ったことないよ!」


 茜が寒気がするみたいに、両腕をさすって体を震わせた。


**********************************************************


 駅の改札の向こうから、


 青い浴衣の歌穂とクリーム色の浴衣の茜が揃ってやってくるのが見えた。


「おまたせー!」と手を振りながら、私の浴衣を見つめる。


「夕深の浴衣、珍しい模様だね。紫色の大きな花。なんていう花?」


「むくげっていうんだけど。この柄、古臭いでしょ。これしか無くて」


 私は恥ずかしくなって、浴衣を隠すように腕を前に組んだ。


 突然お祭りに行くことになって、母は自分の浴衣を出してきた。


 白地に、朝顔のような丸い薄紫の花が、大きくいくつも描かれている。


「こんなんじゃ嫌だよ! 新しいの買って!」


「そんな余裕はないの! これでも十分きれいなんだから、


これにしなさい!」


 楽しいはずのお祭りの前も、また喧嘩になってしまった。


 母とは、ここのところ衝突してばかりで、会話をするのも面倒になる。


 体を包む母の浴衣から、


 わずかに樟脳(しょうのう)の匂いがして、ますます苛立つ。


 母のことを毛嫌いするようになったのは、いつからだろうか。


 まだ小学校の低学年のとき、植木屋だった父が事故で亡くなり、


 それからふたりで助け合って生活してきたはずなのに……。


*************************************************************


 駅を出ると、『お宮さん』と呼ばれる丘の上の神社まで、


 まっすぐに提灯の灯りが並んでいる。


 道の左右を屋台がひしめき合い、


屋台の前の裸電球の黄色い光がさらに明るく輝いている。


 夕暮れの日の色を少しだけ残した空を背にして、


 提灯や屋台の灯りは、一層まぶしく感じられた。


 私たちは、飛行機の滑走路に降り立つように、


人がごった返す参道へと入っていった。


 人の波をかき分けて進もうとするが、なかなか思うように進めない。


 歌穂と茜の姿を見失わないように、必死でついていく。


 しかし、大事な目的も忘れていない。


 二人の姿を追いながら、もうひとりの姿も探す。


***********************************************************


「スリルがあるお祭りって、何?」


「お宮さんのお祭りに行くとね、死んだ人に会うんだって!」


「もう、やめてよ歌穂! 


 私小さい頃死んだ頑固者のおじいちゃんに会ったら、こわい!!」


 ふたりが冗談で怖がっているときに、私は真剣に考えていた。


『お父さんに逢えるかもしれない』


***********************************************************


「ここだよ! 五円駄菓子屋!」


 ひとごみを掻き分け掻き分け、ようやく参道の中ほどに来たとき、


茜が指差した。


―― 五円駄菓子 ばあちゃんの店 ――


 屋台の列が切れて、参道よりちょっと奥まったところに、


 古い木の看板を掲げる小さな店があった。


 今にも崩れそうな古い家屋には、開け放した店先から覗くだけでも、


 小さな駄菓子がところ狭しと置いてあるのが見える。


 店の中は、いくつかの裸電球で照らされていて明るい。


 意外にたくさんのお客さんが狭い店の中にいる。


 値段は、五円、十五円、二十五円と、必ず五円が付いている。


 歌穂と茜は、さっさと品を選んで買っていた。


「夕深! 買うときは奇数買うんだよ」


 品選びをする私に、茜が教えてくれた。


 結局三個の飴を選び、清算してもらおうと


おばあちゃんのところに行った。


 三個で十五円。二十円をおばあちゃんに払う。


「お宮さんにしっかりお祈りしておいで。ご縁があるように」


 おばあちゃんは、そういってお釣りの五円玉を私の手に握らせた。


『このおばあちゃん、


私がお父さんに逢いたがっているのが分かったのかな?』


*************************************************************


 おばあちゃんに渡された五円玉を手に、


神社の境内へ続く長い石段を上っていく。


 境内に続く階段は、上る人、下りる人の行列が、


左右に分かれてのろのろと流れている。


 参道よりも暗い提灯の下で、人の流れにまかせて上っていると、


 自分がどこに向かっているのか分からなくなってくる。


 石段を上りきったとき、ふと気づくと、近くには歌穂も茜もいなかった。


『どうしよう……』


 薄暗い森に囲まれた境内は、たくさんの人がいるのに、


 参道の賑わいとはまったく違って不気味に静かだ。


 異次元の世界に迷い込んでしまったような不思議な感じがする。


 私はふと、何かに導かれるように、


境内の脇に続く林の中の道に入っていった。


***********************************************************


 林の道の先に、白くぼんやりと光る一本の木があった。


 私の背よりも少し高いその木には、たくさんの白い花がついている。


「あれ? この花は……」


 私が言いかけたとき、後ろのほうで誰かがその続きを言った。


「おや、木槿(むくげ)だ。


 この花は夜になるとしぼんでしまうのに、


なんでこんな時間に咲いているんだろうなぁ」


 振り返ると、甚平を着た男の人が、


 赤い浴衣の小さな女の子を肩車して、木槿むくげの木を見つめていた。


「なんで、夜になるとしぼんじゃうの?」


「お花には、昼だけ咲く花や、夜だけ咲く花、いろいろあるんだよ。


 でも、このむくげという花はたった一日、


それもお日様が出ている間しか咲かないんだよ。


 夕方、花がしぼむと、ぽろんと落ちてしまう。


そして次の日には、別の花が開くんだよ」


「一日しか生きられないの?かわいそう」


「そんなことはないよ。一日だけの命だから、


 一所懸命開いてどれも一番きれいな姿をしているんだ」


 私は、その親子の会話を耳にして、『おや……』と思った。


 植木屋だった父は、夕深によく植物の話をしてくれた。


 ずいぶん前、小さい頃に父から聞いた『木槿(むくげ)の話』と同じだ。


「毎日がその日しかないんだと思ったら、一所懸命になるだろう?


 そうしたら、その姿はとてもきれいだ。


 ……も、そう思って一日を大切に生きるんだよ」


『……』の名前は聞き取れなかった。


 振り返ったときには、その親子の姿はなく、


 境内のほうから提灯の灯りが、薄く道を照らしているだけだった。


 でもその会話は、夕深と父が昔かわしたものに違いない。


「お父さん……」


 木槿のほうを振り返ると、さっきまで開いていた白い花は、


 みんなしぼんで小さくなっていた。


***********************************************************


 境内に戻ると、歌穂と茜が睨んでいた。


「どこ行ってたの? 遊ぶ時間がなくなっちゃうでしょ!」


「あれ? 夕深の浴衣の花の色、さっきとは違う色だ」


「本当、紫色に見えたのに、きれいなピンク色になってる!」


「提灯の灯りの色でそう見えるんだよ」


 そう言いながら、本当は私もこの花のいろが変わったのだと思っていた。


「あのおばあちゃん、会いたい人に会えるおまじないを知っているのかな?」


 私が手の中の五円玉を見て言うと、


歌穂と茜が不思議そうに顔を見合わせた。


「だって、ご縁があるように。って……」


 二人はそれを聞いて笑い転げた。


「何言ってんの! あのおばあちゃん、あれが決まり文句なの!


 ほら、私たちにも同じこと言ったよ!」


 と、二人とも手の中の五円玉を見せた。


「もしかして、夕深、会ったの? ゆうれいに~?」


 二人は同時にきゃあと叫んで、げらげらと笑った。


「まさか! きっと、ご縁って、すてきな人に会えるようにってことだよ」


「あれ~。夕深ったら、おとめちっくー!」


 それから三人で、お宮さんの賽銭箱に五円玉を投げ入れてお参りした。


 五円玉がちゃりんちゃりんと小さな音を立てて落ちていった。


************************************************************


 木槿むくげのように、一日を一所懸命、大切に……。


 父はその言葉を思い出してほしかったのかもしれない。


 帰ったら、母に『浴衣をありがとう』と声をかけてみよう。


 もしもたった一日しかなかったら、どんなことにだって勇気が出せる。


 どんなことも大切に思える。


 そんなことを考えながら、参道に下りて


『ばあちゃんの店』の前を通りかかったとき、


 店の奥のおばあちゃんと目が合った。


おばあちゃんは、私を見てにっこりとうなずいた。


「まーた! 夕深はぐれないでよ!」


 私はおばあちゃんにうなずき返すと、急いで二人のあとを追いかけた。                      


                          (おわり)



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― 新着の感想 ―
[良い点] 優しい童話ですね。とても懐かしく、ノスタルジックな背景の中に仕舞い込んだ想い出・・・たった一回しか咲かない木槿の花。少し勇気を頂いたような気持ちになりました。有り難うございます。
2014/04/26 22:57 退会済み
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