若返り
エヌ氏は大富豪だった。広い屋敷に住み、大勢の召使いを抱え、毎日おいしいものを食べていた。目ぼしいイベントがあると世界のどこであろうとプライベートジェットで駆けつけた。世界各地にスキーやマリンスポーツを楽しむための別荘を保有していた。そんなエヌ氏だったが、最近ではため息をつく機会が増えていた。老いさらばえてしまった自分の姿を鏡で見る度にとても残念な気分になっていた。顔中皺だらけになり、髪の毛もすっかり白くなっていた。そして若者を見る度にその美しく若々しい肉体に嫉妬していた。
<若さを取り戻す方法はないだろうか?>
そう思ったが、お金を積んでも若さを手に入れることは不可能だった。それはあらゆる富と権力を手中にしたかつての皇帝たちでも不可能なことだった。老いを受け入れて生きて行くしかないのだろうか? エヌ氏はその事実を認めたくなかった。
そんなある日、エヌ氏の夢の中に妖怪が現れた。とても恐ろしい姿をしていた。
「私を食べようというのか?」
エヌ氏は恐れおののいていた。
「いや、私はお前の身体を食べたりはしない。私はお前の年齢を食べたい。食べてもいいか?」
妖怪は言った。年齢を食べるということは、もしかしたら若返るということだろうか? それは願ってもないことだとエヌ氏は考えた。
「よし食べてもいいぞ」
夢の中でエヌ氏は言った。そして深い眠りの中にまどろんでいった。やがて朝が訪れた。とても清々しい朝だった。エヌ氏はなんだか少しだけ若返った気がしていた。
「昨日指示された通り、旅行の手配が完了いたしました」
執事がやって来て告げた。そんなことを言った覚えはなかったが、まあいいかとエヌ氏は思った。それから毎日、夢の中に年齢を食べる妖怪が現れた。毎朝、鏡を見てエヌ氏は満足していた。もう10歳くらい若返ったような気がしていた。あの妖怪のおかげだと思った。その時ふと、壁に見慣れぬ絵が飾ってあるのに気付いた。
「これは何だ?」
エヌ氏は執事に聞いた。
「それは旦那様が9年前に購入された絵でございます」
執事は言った。9年前? そんなことがあったかなとエヌ氏は思った。それからも毎日、エヌ氏は若返っていった。もう50歳くらい若返ったような気がしていた。実際、肌の皺はなくなり、髪は黒々としており、筋骨隆々でとても70歳には見えなかった。そんな彼の下へ古い友人が尋ねて来た。
「懐かしいな」
友人はうれしそうに言った。だがエヌ氏はその男が誰なのかまるでわからなかった。その夜、エヌ氏はまた夢を見た。夢の中で妖怪が語り掛けて来た。
「今日もお前の年齢を食べてもいいか? 思い出のところが特に美味なのだよ」
妖怪は舌なめずりしながらエヌ氏をじっと見つめていた。




