第一幕 「報告は三段である」
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雨は弱くなっていた。
石畳に落ちる音は、もう静かだ。
謁見室の窓は閉じられている。
だが湿気は残る。
蝋燭の炎が細く揺れた。
女王は座っている。
王冠は動かない。
動いているのは、部屋にいる人間の視線だけだ。
ロバート・ダドリーは直立している。
その横顔は硬い。
窓際にはジョン・ディー。
外を見ているのか、見ていないのか判別できない姿勢で、雨の名残を眺めている。
扉が開いた。
外套の裾が濡れている。
エドワード・ケリーは、軽く一礼した。
袖が裂けている。
焦げ跡がある。
血はついていない。
それが逆に、生々しい。
「ご報告申し上げます、陛下」
声音は軽い。
だが室内の空気は軽くならない。
「舞踏会は――無事でした」
わずかな間。
「地上は」
蝋燭が一つ、音もなく揺れる。
ダドリーが口を開く。
「地下はどうした」
ケリーは視線を上げる。
一瞬だけ、窓際へ。
ディーはまだ振り向かない。
「音楽は三拍子でした」
間。
「爆発は、二拍目です」
謁見室が静まる。
女王の指が、玉座の肘掛けを軽く叩く。
「最初から話しなさい」
その声には、叱責も動揺もない。
ただ“命令”だけがある。
「地上から話せば、陛下も退屈しないかと」
ディーが、そこで初めて口を開いた。
「三段です」
振り向かないまま。
ダドリーの眉が僅かに動く。
「何だと」
「爆破は三段。第三段は――既に終わっています」
ケリーの口元が歪む。
疲労ではない。
皮肉だ。
「あなたが読まなかった部分です」
その言葉で、ディーがようやく振り向いた。
動きは遅い。
だが視線は鋭い。
「読めなかったのではありません」
一拍。
「置かれました」
部屋の温度が、わずかに下がる。
女王はそれを見て、微笑んだ。
「では、誰が盤を動かしたの」
ケリーが答える前に、ディーが言う。
「座らない者です」
ダドリーが低く言う。
「詩は不要だ」
ディーは平然としている。
「詩ではありません。配置です。
王冠にも、椅子にも触れない場所から盤を動かす者がいます」
女王は、わずかに目を細めた。
「名はあるの?」
「ありません。少なくとも、座る名は」
ケリーが小さく息を吐いた。
「あの夜、私は走りました」
視線は女王へ。
だが言葉は、窓際へ向けられている。
「あなたは屋根にいました」
ディーは否定しない。
「合理的でした」
「私は撃たれかけました」
「合理的ではありません」
「あなた基準でしょう」
ほんの一瞬。
女王の唇が上がる。
「続けなさい、ケリー」
蝋燭の炎が、少し強く揺れる。
ケリーは背を伸ばす。
「ワルツの三拍子が崩れたのは、天井からでした――」
そこから、舞踏会の夜へと記憶は遡る。
雨の音が遠のく。
音楽が戻る。
仮面が笑う。
そして、青い炎が天井を走る。
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