復活祭
我が家の隣りには魔法学園がある。
春になると、学園は妙に浮き足立つ。
冬を越えた魔力がゆるみ、花も、人も、少しだけ正直になるからだ。
そして今年も復活祭がやって来た。
春の再生を祝う日。
壊れたものに息を吹き返し、眠っていたものを起こす日。
わたし――マクルシファーは、庭を見渡して満足そうに頷いた。
「今年は、うまくいくかな」
庭の隅では、去年「夏を詰め込まれた」瓶たちが静かに光っている。
そしてその横で、新しい芽が次々と土を押し上げていた。
春は、良い。
何かが始まる匂いがする。
魔法学園の掲示板に、またあの奇妙な貼り紙が出た。
【復活祭の手伝い募集。壊れたものを直せる人。春を信じられる人】
「……なにそれ」
声を出したのは、二年生のリナ。
手先は器用だが、性格は疑い深い。
「またマクルシファーさんじゃない?」と友人が笑う。
リナは少し迷った。
だが報酬欄を見ると、迷わず紙を剥がした。
――生活費、足りないんだよね。
◇◇◇
門をくぐると、いつもの普通っぽい家庭菜園だった。
だが、よく見ると何かがおかしい。
地面に並ぶ卵。
色とりどりの、大きな卵。
そしてその前に立つのは――
「ようこそ、春の再生へ」
マクルシファーさんだった。
「えっと、これ、なんですか?」
「復活祭だからね。これは『眠った春』だよ」
意味がわからない。
◇◇◇
説明はこうだった。
冬の間に傷ついた魔力や、壊れた道具、諦められた願い――
そういうものが、春になると「卵」の形で現れるのだという。
「この卵を割ると、中から春が生まれる」
「……危ないやつですか?」
「いや、だいたいは可愛いよ。たぶん」
たぶんってなんだ。危ないの別の言い方だろ!
◇◇◇
最初の卵をリナがそっと持ち上げる。
ひび。
ぱかん。
中から出てきたのは――
小さな花の妖精だった。
「寒かったぁ!」
妖精は伸びをして、ぷるぷると震える。
「誰? 起こしてくれたの?」
「……わたし?」
「ありがとう! じゃあ仕事してくる!」
妖精は勢いよく飛び去り、近くの枯れかけた木に触れた。
瞬間、枝に花が咲いた。
リナは目を見開く。
「ほんとに……春だ」
◇◇◇
そこからは大騒ぎだった。
卵を割れば、
壊れたジョウロが歩き出す。必死で追いかけて連れ戻した。
古いスコップが歌いだす。へたくそだった。
冬眠していた光が空へ舞い上がる。感動した。
学園生たちが次々に集まり、庭は春の暴走状態になる。
「これ、制御しなくていいんですか!?」
「大丈夫、大丈夫。春は少し暴れるくらいがちょうどいい」
マクルシファーさんはのんびりしている。
◇◇◇
その時だった。
一番大きな卵に亀裂が入った。
ごん。
ごん。
内側から叩く音。
「……ねぇ、これ大丈夫?」
誰も答えられない。
ぱきん、と割れて現れたのは――
巨大な影。
それは、冬そのものだった。
冷たい息を吐き、庭の花が一瞬しおれる。
「うわっ!」
学園生たちは杖を構える。
だがマクルシファーさんは、ただ静かに言った。
「春が来る時、冬は必ず最後に抵抗するんだよ」
仕事はこれかぁ!
◇◇◇
リナは震えながら前に出た。
魔法は得意だ。
でも、目の前のそれは魔法というより季節だった。
どうすればいい?
そのとき、さっきの花の妖精が戻ってきた。
「寒いの嫌い!」
小さな光がリナの杖に触れる。
あたたかい。
――春って、戦うものじゃないのかもしれない。
リナは目を閉じ、ただ思った。
「もう終わりだよ。休んでいいよ」
優しい光が広がった。
冬の影は、ゆっくりと溶けていく。
消える直前、それは少しだけ微笑んだように見えた。
◇◇◇
庭は静かになった。
花が揺れ、柔らかい風が吹く。
「合格だね」とマクルシファーさん。
合格ってなに?試験じゃあるまいし。
「復活祭はね。壊れたものを直す日じゃない」
彼は微笑む。
「終わったものを、ちゃんと終わらせる日なんだ」
◇◇◇
夕方。
学園へ戻る前に、リナは振り返った。
さっきまで大騒ぎだった庭は、ただの家庭菜園に見える。
普通すぎる。
でも確かに、春の気配が濃くなっていた。
「また来てもいいですか?」
「もちろん。また波長が合えばね」
我が家の隣りには魔法学園がある。
春になると、波長の合う学生がやって来る。
そして今年も、いくつかの冬が終わった。
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