099:変わり果てた故郷
「リカちゃん」こと菊地先生が運転する車に酔ったのは、青木麻衣だけじゃなかった。
「大丈夫か? ちゃんと行けるか?」
トイレから出てきた僕を見て、ここのコンビニのオーナーである神永さんが声を掛けてきた。普段は決して車に酔ったりはしない僕でさえ、リカちゃんの運転はハードだったという事だ。
半月ぶりに会った神永さんは、相変わらず人懐っこい笑顔で僕らを迎えてくれた。リカちゃんは二度目だけど、麻衣は初めてだ。でも、その麻衣は僕以上に酷い状態で、バックヤードにある休憩室で今は休んでいる。
いったん胃の中の物を出した事で、だいぶ気持ち悪さが薄れた僕は、何とかリカちゃんが用意してくれたサンドイッチを口にできるようになっていた。
「八月に入ってからは、いよいよ配送が来なくなっちまってな。実は、お盆明けで遂に店仕舞いなんだわ。いやあ、今回は酷い目に遭ったわ」
神永さんの言葉で店内を見回してみると、空いている棚が目立つ。当然、弁当やお惣菜とかの棚には何もない。
その神永さんが、リカちゃんの髪の毛を見て言った。
「今回、この辺は隔離地域から除外されてはいるんだが、そっちのお嬢ちゃんみたいな髪色になったのが、ぼちぼち出始めるようになってな。当然、そうなったら病院送りなんだが……、もう七、八割は避難したって感じかなあ。今回の『未知の病原菌』って報道で、避難が加速したって訳だ。このままだと、今月の終わり迄には、誰もいなくなっちまいそうだな」
「そうですか」
その神永さんの髪も、既に随分と淡い茶色になってしまっている。それと顔にマスクをしているのも、前回とは違う。それで僕も、慌ててマスクをした。
「政府は隔離地域以外は安全だとか言っとるんだが、そんなに都合良く、汚染地域がハッピーアイランドの中だけに納まるわきゃねえわな。ホント、お役人さんには困ったもんだわ」
神永さんは、、そんな悪態を吐いた後、僕に貸してくれるバイクを裏の倉庫から運んで来てくれた。金森さんは原付バイクと言っていたけど、昨日、タマ川で練習したのとはサイズからして違う。それに、これってスクーターって奴なんじゃ……。
思わず僕が、「なんか、全然、昨日のと違うんですけど」と言うと、隣に立っていたリカちゃんが笑った。
「当ったり前じゃない。昨日のは練習用。別に操作自体は違わないから、大丈夫だと思うわよ」
「そ、そうですか?」
「ふふっ、これなら何とか、三人乗りできるわね」
そう言いながらもリカちゃんは、そのスクーターの周りをあちこち見て回る。そして、実際にエンジンを動かして駐車場をグルっと回ったりして、乗り心地を確かめていた。
一方の神永さんはリカちゃんの言葉に眉を顰めていたけど、それでもヘルメットを三つ用意してくれた。
更に僕用にと、黒いサングラスを渡してくれる。「今日みたいに晴れていたら、絶対に必要だから、持ってけ」という事だ。
僕は、神永さんにお礼を言うと、受け取ったヘルメットの二つをタンデムシートに括り付ける。それから、自分のリュックから白いウィンドブレーカーと手袋を出して、きちんと着用。当然、暑い。だけど、仕方が無いんだ。これから僕が行くのは、そういう危険な場所なんだから……。
最後にマスクを付けて、神永さんから貰ったサングラスを掛ける。その途端、リカちゃんに笑われてしまった。
確かに、黒のサングラスと白いマスクの組み合わせは、怪しい事この上ない。それでも、マスクをしないってのは、自殺行為だ。
「ガソリンは満タンだからな。頑張って、お前の女を連れて来いよ」
神永さんは、そう言ってくれたけど、本当に三人乗りが可能かどうかは未知数だ。いや、それより前に、どうやって瑞希と菜摘を説得するかだよな。そんな事すら、今の僕にはノーアイディアなのだ。
まあ、由希さんか朱美さんが車を出して一緒に来てくれたら、一番なんだけど……。
僕は、そんな不安を気力で胸の中に押し込んで、皆の前で出発を宣言した。
今更、悩んだってしょうがない。まずは行ってみるしかないんだ。
神永さんが、お茶とコーラのペットボトルが入った保冷パックを持たせてくれた。僕は、それを小さめのリュックに入れて、ヘルメットを被る。
未だに青い顔をした麻衣が、ようやくバックヤードから戻って来た。
「樹くん、約束して。たとえ瑞希や菜摘がこっち側に来てくれなくても、必ず樹くんだけは戻って来てね」
「そうだぞ。それと、今日中に帰って来い。でないと、最悪、お前までイルージョンに侵されて、戻って来たくなくなっちまう」
「私からも、お願い。何があろうと、自暴自棄にはならないで。自分も向こうの世界に行きたいだなんて思わないで。こっちの世界にも、香山くんを必要とする人がいっぱい居るの。その事を、絶対に忘れないでね」
神永さんはともかく、麻衣とリカちゃんの言葉は、僕の胸に強く響いた。僕は、二人の真摯な眼差しに晒されて少し怯えながらも、「分かりました」と頷くしかない。
そして、再び僕は、キッパリと言った。
「それじゃあ、行って来ます!」
スクーターのエンジンは、一発で掛かった。きちんと神永さんが整備しておいてくれたおかげだ。ダダダダと小気味良い音が、僕の股の下で響く。心が揺さぶられて、闘志が漲ってくる音だ。
「では、後で会いましょう。何時になっても私達、ここで待ってるわ」
リカちゃんは、そう言って僕の肩をポンと叩いた。
その直後に神永さんが、「頑張れよ!」と声を掛けてくれる。
最後に麻衣が笑顔で、「樹くん、グッドラック!」と叫んだ。
僕は、スロットルを慎重に開けて、スクーターをゆっくりと進ませた。ミラーの中で、神永さんが優しく微笑んでいる。麻衣はと言うと、少し厳しい表情だ。リカちゃんは、大きく両手を振っていた。
時刻は、正午を少し過ぎた辺り。天気は、雲ひとつ無い快晴だ。
僕は、コンビニの前の国道に出ると、いったんヒカリ市とは逆の方向にタイヤを向けて、スロットルを全開にした。そして、二百メートル先の細い道で右へ回る。
そこからは、リカちゃんが教えてくれた裏山へと続く細い道を、ひたすら前へ前へと進んで行った。
★★★
スクーターの旅は、快調だった。初めてのクネクネ道にも直ぐに慣れたし、心配していたように道を間違える事も無かった。
所詮は、スクーター。元から僕には、スピードを出そうなんて気は更々ない。
蓋を開けてみれば、「こんなの小学生だって乗れる」と言ったリカちゃんの言葉は、充分に正しかった。
しばらくすると、僕の知っている道に出た。国道と平行して走っている旧道だ。つまり、この時点で、検問とかはクリアした事になる。
その後は、ただ真っすぐ行くだけだった。
市街地に入っても、全く人気が無い。車とすれ違う事も皆無。前回から半月しか経っていないのに、街はっ不気味に静まり返っていた。
それでも、信号機は動いていたけど、僕は赤信号を無視して先を急いだ。
やがて、前方の道路が銀色に輝き出した。銀色をした粉が、路上にふんわりと積っているようにも見える。
最初は滑るのを警戒したが、そうでもないらしい。粉には見えるけど、何だか実体が無いって感じだ。それが夏の強い陽射しを浴びて光るから、強烈に眩しい。
つくづく僕は、『サングラスをしていて良かった』と思った。
その時、金森さんから聞かされた情報を、僕は改めて思い出していた。
本来、イルージョンは目に見えない微粒子だけど、空中の埃や塵に吸着し易く、次第に粒が大きくなる性質を持っている。それで政府は、できるだけイルージョンをハッピーアイランド州の外に出さない為、ヘリコプターで多量の塵を散布。その結果として、急激に粒が巨大化して行った……。
それでも前回来た時は、銀色に輝く粒が見えるかどうかといった感じだったのが、今回は明らかに見えている。つまり、前よりも更に粒が巨大化しているのだ。
やがて、道路だけじゃなく家々の屋根や野原など、至る所が銀色の粉で覆われているようになった。次第に僕は、サングラス越しでも目を開けているのが辛くなってきた。
だから、その看板が目の前に現れた時、僕は危うく見落とす所だった。眩しくて字が見辛いのだが、かろうじて「センターヒルズニュータウン」と読める。僕は、その大きな交差点を右に曲がり、センターヒルズへと続く長い坂道をスロットル全開にして登って行く。
さあ、いよいよ目的地だ。
そう思った瞬間、急に僕の心臓がスロットル全開になった。
僕は、逸る気持ちを懸命に抑えながら、見慣れた道を辿って行く。最後の角を曲がった時、目の前に我が家が見えた。その隣が鯨岡家だ。
僕は、その玄関の前に乗ってきたスクーターを停めた。そして、急いで玄関へのアプローチを駈け上がると、いきなりドアノブを回した。
END099
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、「学校の惨状」です。
できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。
尚、ストーリーが終盤に近付いた事で、この後、投稿のペースが遅くなってしまう事があるかと思います。大変申し訳ありませんが、ご了承下さい。
また、大変お手数ですが、ブックマークや評価等をして頂けましたら励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。
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★★★
本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。
(ジャンル:ローファンタジー)
銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~
https://ncode.syosetu.com/n9786lf/
また、ご興味ありましたら、以下の作品も宜しくお願いします。
【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~
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