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ハッピーアイランドへようこそ  作者: たらみろ
▼第十三章:焦燥(夏休み)
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096:樹の決意


ハッピーアイランドのヒカリ市で、緑川瑞希みどりかわみずきとあんな風に別れてしまったことを、僕は今、もの凄く後悔している。

こないだから僕が考える事と言ったら、いつだって、その事ばかりだ。


最初は、なかなか認められなかったけど、今だったら分かる。あの日の僕は、本当に最低だった。

これは言い訳になってしまうけど、あの日の僕は、どこかがおかしかった。ヒカリ市に戻ってからの出来事のどれもが、あまりにも衝撃的で、たぶん動揺していたんだと思う。もう少し冷静になりさえすれば、僕が何をすべきか、何を一番に考えるべきかの答えはちゃんと出せた筈なのに、あの時の僕には出来なかった。そして逃げるようにして、あの不思議の国から出て来てしまった。


僕は、あの日の瑞希の様子を思い出してみる。確かに彼女は、最初からずっと変だった。まるで僕が知っている瑞希じゃないみたいに振るまったりもした。でも、そんな彼女が時折僕に見せたあの淋しげな表情は、いったい何だったんだろう?

イルージョンに侵された人は、みんな、笑ってばかりいるようだ。僕がハッピーアイランドで会った人達のほとんどがそうだった。

イルージョンは、人を幸せ(ハッピー)にする。そんな事を誰かが言っていた気がする。でも、それは偽りの幸せ(ハッピー)だ。僕は、そんな風に幸せ(ハッピー)になるのはまっぴらごめんだ。


僕が一番気になるのは、最後に瑞希と別れた時のことだ。瑞希が僕と指切りをしようと言った時、ひょっとして彼女は、一瞬だけ正気に戻ったんじゃないだろうか? あの約束は、僕に何かを期待したんじゃないか?

僕は、今どうしても、そんな風に想像してしまうのだ。


瑞希は、僕に助けを求めていたのかもしれない。だって、彼女を救うことが出來るのは、この僕以外にいないじゃないか。

僕は、瑞希との約束を果たせなかった……。


あの日から僕は、夢の中で何度もうなされた。いつも最後は消えてしまう瑞希の他に、僕の夢の中には、あの猫が出て来た。公園の桜の木から、最後に首だけを残して笑っていたあの猫だ。

猫は、約束を破った僕の事を責めるのではなく、ただ単純に馬鹿にしているようだった。猫は木の上から全てを見下ろして、この状況にあたふたしてる馬鹿な僕等を絶えず嘲笑しているみたいだった。


人間は、馬鹿だなあ。猫は、こんな事なんかでじたばたしないのさ。だって、幸せ(ハッピー)の国に行けるんだぜ。なのに、いったい何の不満があるんだい?


そうやって、僕が同じ悪夢から何度目かに目覚めた今朝、僕は突然に気付いてしまったんだ。


僕は、瑞希に謝らなきゃいけない!


その為には、もう一度、ハッピーアイランドに行かなきゃなんない。そして、できたら今度こそ、僕は瑞希を、こっち側の世界に連れて来ようと思う。その時は、どんな手段を使ってでも、僕はあの奇妙で馬鹿げた世界から彼女を引き摺り出すんだ。

それと、もう一人、菜摘なつみも一緒に連れて来よう。やっぱり、菜摘も僕にとっては、とっても大切な女の子なんだから。


ああでも、今は幸せ(ハッピー)な菜摘が、もし正気に戻って愛奈あいながいなくなったって知ったら、どう思うだろうか? 愛奈を探しに、再びあっちの世界に行ってしまわないだろうか? 

そうじゃなくても、あの我儘な菜摘なら、何も嫌な事を忘れていられる幸せ(ハッピー)な世界の方が良いって言いそうな気もする。


いや、まだ今は、そんな事を考える時じゃない。

そうと決めたら、急ぐべきだ。二人が消えてしまう前に行動を起こさなきゃ、意味が無いんだ。


僕は、祖父母の家の新しい自分の部屋で、これからの事を真剣に考え始めた。



★★★



僕がトキオから帰った次の週末、香澄《香澄》叔母さんがアメリカに帰る事になった。

帰る時、香澄叔母さんは僕に何度も「あんまり、思い詰めるんじゃないわよ。悩み事があったら、いつだって電話でもメールでも相談して頂戴」と言ってくれた。

母さんによれば、「昔は国際電話って、凄く高かったのよ」って話だけど、今はコミュニケーションアプリを使うとタダでいくらでも話せる。それに、チャットもメールも、国内にいる時と同じように使えるから便利だ。


その香澄叔母さんは、母さんの事も心配していた。父さんが入院中ってのもあるけど、何より痩せてしまったのが心配らしい。僕には、何となく分かる。たぶん、母さんだって、朱美あけみさんを始めとした鯨岡くじらおか家の人達の事が心配なんだろう。

いや、鯨岡家だけじゃない。母さんにとっても、ヒカリ市は第二の故郷だ。そこにいた人達が、みんな、あんな状態になってしまって、悲しくない筈なんか無いじゃないか。


祖父さんは、僕と真面目に話してから、あまり母さんに絡まなくなった。祖父さんなりに、きっと母さんの事が心配なんだろうと思う。

祖母さんは相変わらずだけど、母さんが心配なのは同じだろう。


さて、もう一度、僕はヒカリ市に行こうと思った訳だけど、実際に実行するとなると、とても難しい。JRは、一日に一往復しかなかった特急を遂に廃止してしまった。高速道路は通行証が無いと通れないし、そもそも僕に車の運転なんて不可能だ。もちろん、バスなんて通っちゃいない。

つまり、ヒカリ市に行くとなると、大人の手助け無しには不可能なんだ。

そうかと言って、安易に母さんや香澄叔母さんに相談しても、どうせ止められるに決まってる。


あれこれ考えた末に僕は、オサカの青木麻衣に電話してみた。昔から何か悩んだ時の僕は、いつも麻衣に相談するのが習慣だったんだ。


「……どうしたら良いと思う? 僕は、もう一度、ヒカリ市に潜り込みたいんだ。そして、瑞希に会いたい。会って謝らなきゃいけないんだ」


気が付くと僕は、自分の苛立ちまでも麻衣にぶつけてしまっていた。


「……なあ麻衣、僕一人くらいだったら何とかなるんじゃないか? ほら、メキシコとアメリカの国境線で、メキシカンが不法入国をするじゃないか。あれと比べるときっと格段に簡単だよ。山の中を歩いて行くんだ。あの辺は丘陵地帯だから、獣しか通らない道が探せば沢山ある筈だよ」


ところが、そっけなく麻衣は、『私は反対よ』と言った。


『樹くんにまで何かあったら、私は悲しい。小さい頃からずっと仲良しだった友達四人が、一人だけになっちゃうわ。そんなのは、絶対に嫌!』


いつも冷静な麻衣が急に湿っぽい声を出したことに、僕は動揺した。麻衣まで悲しませてしまうのは、良く無いと思った。


「ごめんね、樹くん」

「ううん、無理を言ったのは僕の方だから、麻衣は悪くない」


僕は、静かにっ受話器を置いた。だけど、他に相談する相手がいるかというと、僕には誰も思い付かない。そして、その間に日付だけが過ぎてゆく。

こうして僕が無駄に毎日を過ごしているうちに、あのイルージョンって悪魔が瑞希と菜摘の脳や身体を蝕んで行くんだ。細胞の核にイルージョンの獰猛な粒子が侵入して、DNAの鎖を次々と食い千切ってしまう。細胞レベルで身体が破壊され、彼女達の存在が徐々に希薄になって行く。そうして、心もまた壊されて行ってしまう。

最後にイルージョンは僕の大切な二人を別の世界へと引き摺り込もうとする。そこがどんな世界なのか僕は知らない。ただ幸せ(ハッピー)だけがある世界。天国っていうのは、本当にそういう所なんだろうか?


いったい、僕はどうすれば良いんだろう?



★★★



考えあぐねていた僕に電話をくれたのは、田中美佳(みか)だった。もし僕が暇だったら、今度こそ一緒に宿題でもしないかというお誘いだった。

だけど、正直、僕はそれどころじゃない。かなりテンパっていた僕は、それを彼女に漏らしてしまった。


「だったら、その悩みも、また聞いてあげるよ」


確かに彼女は、こないだ会った時、「僕の助けになりたい」って言ってくれた。

彼女は、ヒカリ市の住民でもないってのに、僕がそこに行った時の話を真剣に聞いてくれた女の子だ。普通は信じないような可笑しな話を真面目に聞いてくれた彼女なら、僕が気付かないようなアドバイスをくれるかもしれない。

その美佳が電話より会って話したいって言うので、僕は彼女と翌日の日曜の昼過ぎに、近くの公園で待ち合わせる事にした。


普通に良く晴れた夏の午後、僕らが待ち合わせた公園では、アブラゼミの啼く声がやたらとうるさく響いていた。

今日も美佳の服装は、こないだと同じノースリーブの白いワンピ。僕には、あの時の瑞希を思い出してしまうから嫌なんだけど、それを美佳に言う訳には行かない。


空にはナコヤの殺人的な熱量を誇る太陽が、今日も健在だ。

僕らは、できるだけ木陰にあるベンチを探して隣合わせに座った。


「ここは蚊とかいそうだから、気を付けた方が良いんじゃないかな。やっぱり、どこかファーストフードのお店にでも行く?」

「大丈夫、ちゃんとスキンガードしてきたから。それに今から移動するとなると、また暑い中、自転車を漕がなきゃなんないんじゃない?」


美佳の言うとおりだと思った僕は、その場所で自分の悩みを彼女に打ち明けた。

一通り僕の話を聞いた美佳は、アッサリと言った。


「そりゃ、行くべきよ」


そんな風に言い切った美佳の顔には、何か凜としたものが感じられて、僕は少したじろいだ。


「だって、行かなきゃ樹くん、後悔するよ。ずっとこれからの人生、後悔し続けるよ」


僕の内心の少なからぬ動揺を見透かしたかのように、美佳は続けた。


「次に、どうやってヒカリ市に行くかって事なんだけど、まずはトキオに行く事にしたら? トキオまで行けば、きっと次の方法が見付かるかもしれないでしょう? 少なくとも、ナコヤに留まっているよりは、目的の場所に近付くじゃない。とにかく、目的に向けて行動してみる事。考えられる事は何でもやって、『自分は、ここまでやったんだから』って納得できるギリギリの所まで、絶対諦めちゃ駄目だと思うよ」


美佳の言葉を聞いた僕は、『ああ、この子は強いんだ』と思った。そして今の僕は、強くならなきゃいけないんだ。


「分かった。何とかやってみる」

「うん。頑張って。私も応援してるから」


そうやって答えてくれた美佳の清々しい笑顔を、きっと僕は一生、忘れないだろうって思う。




END096


ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。


次話は、「再びトキオへ」です。

できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。


尚、ストーリーが終盤に近付いた事で、この後、投稿のペースが遅くなってしまう事があるかと思います。大変申し訳ありませんが、ご了承下さい。


また、大変お手数ですが、ブックマークや評価等をして頂けましたら励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。

「いいね」のリアクションだけでも有難いです。


★★★


本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。

(ジャンル:ローファンタジー)


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

https://ncode.syosetu.com/n9786lf/


また、ご興味ありましたら、以下の作品も宜しくお願いします。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

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