090:隔離された故郷(2)
八月に入った初日の月曜日、政府がハッピーアイランド州の西部を除く地域の隔離を発表した。理由は、新型発電所事故で外部に流出したイルージョンの作用によって発生した、「未知の病原菌」の拡散を押さえる為。
僕の率直な感想は、「バカげている」だ。事実を知っている僕からすると、滑稽としか思えない虚偽の理由を真面目な顔で読み上げるアナウンサーが、とても哀れに思えてしまう。たぶん、仕事と割り切ってはいるんだろうけど、これが茶番劇に過ぎないのは明らかなんだ。
今朝の食卓には、久しぶりに揃った僕の家族三人の他に、祖父母と香澄叔母さん、従妹の萌香ちゃんがいる。普段の祖父は、老人会の集まりやゴルフにパチンコにと忙しくしているが、さっき、今日の午前中は暇だと公言していた。
昨夜、祖父は昔の友人達との食事会で帰宅が遅かった為、久しぶりにナコヤに来た僕の父さんとは、まだ顔を合わせていない。それで、今日の午前中に話をしたかったのかもしれない。
もちろん、その場合の内容は、祖父の目から見た母さんの奇行としか思えない振る舞いだろうけど、それと合わせて、父さんの変わり果てた外見についても問い質したいに違いない。
ちなみに、その祖父がダイニングに入って来た時、父さんを見て最初は誰なのか分からなかったようだ。直ぐに祖母が「この人、弘道さんだがね」と言ってくれたのだけど、それでも最初は訝し気にしていた。
その祖父は、その父さんが今日から大学病院に入院すると聞いて、ようやく事態を把握した様子。だけど、それが「イルージョンの影響」だと聞いた途端に、祖父は顔を強張らせた。
「そういや、樹。さっきから気になっとったんだが、髪の毛、染めたんか?」
「染めてないよ。てか、昨日、椿叔母さんにも言ったんだけど、僕も母さんも、ヒカリ市に行った後は入院してたんだよ。髪の毛なんか染めてる余裕なんて無いと思うんだけど」
「だったら、その髪の毛は何なんだ!」
そこで口を挟んできたのは、香澄叔母さんだった。
「そんなの、イルージョンの影響に決まってるじゃない。それより、テレビ、みましょうよ」
その後、僕らは、次々とチャンネルを変えて新たな報道がされていないかを確認して行ったが、ほとんど成果は得られなかった。どの放送局も、枝松長官が記者会見で言った事を繰り返すばかりで、それ以外の情報を持ち合わせていないようだった。
母さんは、スマホでネットを確認していたが、ハッピーアイランドに関する書き込み自体がほとんど見付からないと言う。やっぱり、ヒカリ市に一緒に行った金森智哉さんが言っていたように、ハッピーアイランドに関する情報には、ウェブ上で何らかの規制が掛かっているみたいだ。
痺れを切らして声を上げたのは、香澄叔母さんだった。
「お姉ちゃん、ニホンの政府が情報規制を行ってるのは、ずっと前からじゃない。今更、驚くことじゃないでしょう?」
「それはそうなんだけど、こんだけ大きな発表があったんだから、ある程度の情報は出回ってると思ったのよ。書き込みの数が多ければ、そんなに直ぐに削除できないだろうし……」
「そんなの、検索機能で簡単にできちゃうわよ。それに、今は月曜の朝でしょう? ネットへの書き込みが一番少ない時間でもあるわ」
「言われてみれば、そうね」
「お前ら、何をごちゃごちゃ喋ってるんだ?」
突然、祖父が娘達の会話に割り込んできた。途端に、食卓の雰囲気が険悪なものになる。
祖母が、退屈し出した萌香を連れて静かに出て行った。
その後は、案の定、祖父と母さんの言い合いになった。やがて、祖父の話の焦点は、政府が発表した「未知の病原菌」と父さんの病気との関係になった。
「……だから、さっきから何度も言ってるじゃない。病原菌なんてのは、全くの出鱈目。イルージョン自体が身体には良くない物なの」
「だけど、イルージョンについては、政府が何度も安全だって……」
「そんなの、嘘に決まってるじゃない。てか、そうやって嘘をバラ撒いてるうちに、隠し通せない程の被害が出ちゃったから、『未知の病原菌』なんてのを持ち出してきたの。全くの茶番劇だわ」
「何を言っとるんだ。お前も樹くんも、実際に病気に罹って病院に入院したんだろうが!」
「入院したって言っても、検査を受けただけよ」
「それだって、病原菌の有無を調べたんじゃないのか?」
「違うわ。調べたのは体内に取り込んだイルージョンの影響で、そうした学術的なデータを取る為の検査を受けたの。だから、入院費用だってタダだったわ。まあ、弘道さんの場合は、もっと症状が進んでるから、これから治療が必要になってくるでしょうけど……、とにかく、人にうつるような病気とは違うの。身体にイルージョンを取り込まない限りは、絶対に罹ったりしないから安心して」
「うつるとかは心配しとらんが、そんでも、弘道君の症状は異常だぞ。大丈夫なのか?」
そこで、ようやく僕の父さんが口を開いた。
「あの、一応、簡易検査の結果では、それほど重篤な状態ではないと言われてまして……」
「そうなのか?」
「そうよ。だって、私はもっと重篤な症状をいっぱい見て来たもの」
「そんなもん、信じられるか!」
「だから、別に信じなくても良いんだってば」
「あのな、葵。お前が言っとる事は、全然、ニュースで言っとるのと違うじゃないか……」
「あのね、私は実際に自分の目で見てきた事なの。それを頭ごなしに否定するのって、親としてどうなの? 弘道さんの場合は工場に籠ってたみたいだけど、それでも、こんな外見になっちゃったのよ」
しびれを切らしてか、そこで再び父さんが口を挟んだ。
「あの、私の外見が不愉快に感じられたのなら、謝ります。どのみち、この後は大学病院での入院になりますので、そろそろお暇しようかと……。早めに行く分には大丈夫でしょうし……」
「あ、いや、別に弘道くんの事をどうこう言っとる訳じゃないんだが……」
「言ってるじゃないの。彼こそが典型的なイルージョン症候群なの。今のヒカリ市にいた人は、誰もがこうなってるの。身体中から色素が抜けて行って、最後は死んじゃうんだからね」
母さんは、消えてしまうとは言わなかった。
「やっぱり、俺には信じられんな」
「別に、お父さんに信じてもらいたいとは思わないわよ。でも、既に何十万人も亡くなってるわ」
そこで、仕方なく僕も話に割り込む事にした。
「あの、祖父さん。別に僕も祖父さんとケンカしたい訳じゃないから、あんまり言いたくはないんだけど、僕のクラスメイトだって、もう何人も死んじゃってるんだ。それに、ハッキリとは言いたくないけど、僕の親しい子だって……、あ、ごめん」
結局、僕は最後まで言うことはできなかった。だけど、無言のまま涙を流す僕を見て、それ以上、祖父は何も言って来なかった。
その後、母さんは、父さんを大学病院に送って行った。
★★★
僕は、いったんは自分に割り当てられた部屋に引っ込んだものの、それから直ぐに僕に架かってきた電話で、祖母に呼び出される事になった。
電話の相手は、青木麻衣。彼女は、まだトキオにいるそうだ。
『樹くん、枝松長官の記者会見のニュース、見たでしょう?』
「ああ、見たよ。酷いな」
『そうよね。とんだ茶番だわ……。でも、まさか『未知の病原菌』なんてのを持ち出して、ハッピーアイランドを隔離するだなんて……』
「でも、そのトンデモなでっち上げの理由を、アナウンサーが真面目な顔で言ってる所、ちょっと面白くなかった?」
『ふふっ、言われてみれば、そうかも。だけど、あんなの誰も信じないと思うんだけど』
「うちの祖父さん、信じてたよ」
『うーん、お年寄りの場合は、仕方がないのかもね』
そんな話をした後で、いきなり麻衣が本題を切り出した。
『あの、樹くん。ハッキリとは言い辛いんだけど、このままだと瑞希と菜摘は、どうなっちゃうんだろう?』
僕は、黙り込むしかなかった。全く答えを持ち合わせていなかったからだ。
結局、この時の僕は麻衣の質問に返事をしないまま、当たり障りのない話をして受話器を置いた。
★★★
それから僕は、自分の部屋に戻って麻衣の言った事をじっと考えた。
今朝の報道からすると、隔離された地域については、人の移動が制限されると言う。それじゃないと隔離の意味が無いのだから、当然だ。
だけど、そうなると隔離された地域にいる人達はどうなる? 政府は、何かしてくれるんだろうか?
いや、そんな筈はないじゃないか。今までだって、何もしてくれなかったんだ。そんなの期待する方が間違ってる。
てことは、見殺しって事だろうか?
もちろん、外に出ようとする人に対して、銃を向けてくるなんて事はない筈だ。せいぜい言って、病院送りになるくらいだろう。
でも、イルージョン症候群の患者は、自ら外に出て行きたがらない。瑞希だって、そうだったじゃないか。
つまり、強引にでも外へ連れ出すしか、助かる道は無いんだ。
ひょっとすると政府は、その事を考慮に入れた上で、病原菌なんて言葉を持ち出して隔離という手段を取ったんじゃ……。
てことは、政府は本気で、ハッピーアイランドに残ってる人達を見殺しにする気なんだ!
僕は、自分が考えた事の裏付けを得ようと、再び部屋を出て電話の受話器に手を伸ばした。
END090
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
あと一話、「隔離された故郷」の話が続きます。
できましたら、次話も引き続き読んで頂ければ幸いです。
尚、ストーリーが終盤に近付いた事で、この後、投稿のペースが遅くなってしまう事があるかと思います。大変申し訳ありませんが、ご了承下さい。
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★★★
本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。
(ジャンル:ローファンタジー)
銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~
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